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その後の会話でーー
ブルクハルトの姉クラーラは
「婿養子の夫に裏切られて傷心状態だ」
という事が分かった…。
そして案の定、クンツ家の侍女がクラーラの夫エッカルトを寝取った犯人。
エッカルトは婿養子と言えどもダルマイアー伯爵家の出。
現ダルマイアー伯爵の弟だ。
立場的には弱くない。
今は開き直って侍女と愛を育んでいる最中という事らしい。
話を聞いて一番腑に落ちなかった点が
「侍女のデボラは騎士爵家の出で、身分的にも劣るだけでなく容姿的にもクラーラより遥かに劣る」
という点。
クラーラはブルクハルトの姉らしく整った顔立ちの美女だ。
ボルネフェルト伯爵令嬢レベルの容姿がバルシュミーデ人女性の平均だとするなら、クラーラはバルシュミーデ人としては破格の美人。
なのにクラーラの夫が美しくもない侍女を愛しているという話なのだから、色々と腑に落ちない…。
(人間の魅力評価基準において、顔の良さの比重は実は小さいって事かな?)
そう思うと、リリアンの容姿が抜群の割に自分がそれほどモテなかったのも納得がいく…。
(でもそうなると人間の魅力って一体何なんだろうなぁ…)
と分からなくなりそうで少し混乱する。
自分を好いてくれる性格の良い異性が見た目も平均以上なら
それだけで惹かれるというのも分かるのだが…
ランドル王国では貴族家の家人と異性の使用人との距離は決して近くない。
自分への好意とか性格の良し悪しが判る程に異性の使用人と貴族が近づく事自体がない。
バルシュミーデ皇国でも女性王族には女性騎士を近衛に付けるようになっているし、近隣国全体でそうした「使用人とのあやまち」を回避する方向へ慣習が舵取りされている時代だ。
距離が近づかない限り使用人に対しては
「見た目と履歴と仕事ぶり」
が相手の情報の全てになるのだから…
そこに恋愛感情が芽生えるような余地はない…。
使用人が素晴らしい美形なら一目惚れする事もあるだろうが
容姿以外の魅力を知るには距離が近づく必要があるという事だ。
となるとーー
侍女か夫のいずれかが
「確信犯」
という事になる。
私はクラーラが気の毒になった事もあり
「実は私には異母姉と自称する人が居ます」
と話し、父エリアルが女騎士ザラ・アシュトンに誑かされた時の事情を教えた。
「…そんな感じで、確信犯だと標的に近付いて閨を共にするのはそこまで難しくないんです。男の側の責任感次第ではそこから更に沼にハマっていく可能性も当然あるのでしょう」
私がそう告げると
クラーラは神妙に頷いて
「エッカルトは変に義理堅い所もあれば変に意固地な所もあるから、一度寝てしまえば、浮気を知った私の態度次第では関係を続けるのも難しくなかったでしょうね」
と答えた。
クラーラにも侍女のデボラが確信犯だと分かっているものらしい。
「ご主人と侍女には『真実の愛を貫く』という形で身分も職も手放してもらって出て行ってもらう訳にはいかないんでしょうか?」
「そうしてくれるのが一番ストレスも無くなるし嬉しいんだけど、『デボラとの間の子をクンツ子爵家の後継にしようとしてる訳でもないんだ。出て行かなければならない謂れがない』と開き直って、クンツ子爵家のお金でデボラとその子を養う気満々だから、こちらも頭が痛いのよね」
「なんていうか…。厚かましいですね…」
「実家に戻って、実家のお金で養ってあげて欲しいものだわ」
「ですよね」
「どうしたら円満離婚できて、それでいてダルマイアー伯爵家との仲も拗れさせずに済むのか…悩ましいのでハルトに相談したかったから、わざわざ終戦記念パーティーに出席する前に早めにランドル王国まで来たのよ」
「先代子爵様はなんと仰られてるんですか?」
「…我慢しろ、と」
「それはまた…」
「『夫は妻に気を使って当たり前』という妻優遇姿勢はあくまでもクンツ家の家訓であって、外から婿に入ったエッカルトには押し付けられない、という事らしいわ」
「ダルマイアー伯爵家って、そんなに気を使うべき名家なんですか?」
「今はそうでもないけど、エッカルトが婿養子に入った時点ではお世話になっているわね」
「ダルマイアー伯爵に事実を話して『迷惑している』と伝えるだけでも進展はあるんじゃないかという気はしますが」
「父上はダルマイアー伯爵が常識的対応をしてくださらない場合には泥沼の争いになると危惧していらっしゃるみたいで、私としてもダルマイアー伯爵の人となりを信用して良いものか分からないし、困ってるのよ」
「そうだったんですね…」
図らずもクンツ子爵家の現状の一端を知ってしまい、私は苦笑いしかできなかった…。
******************
ブルクハルトはクラーラを歓迎した。
とても仲の良い姉弟のようで羨ましいと思った。
「それにしてもエッカルト義兄上がそんな人だったなんてガッカリです」
ブルクハルトは侍女よりも婿養子のエッカルトの方に腹を立てたようだ。
「…エッカルトも悪気は無かった筈よ。デボラに騙されて誑かされてるだけだと思うの。大人しく2人で出て行ってくれれば良いのだし、あまり悪く思わないであげてね」
「姉上。こう言っては何ですが、使用人は貴族に性行為を無理強いできません。
誘惑自体は使用人の方でも仕掛ける事は可能でしょうが、強姦まがいの性行為は使用人の側からはできない。
つまりは義兄上に全くその気が無かったなら、そもそもそんな関係性自体が発生しないんです」
「…媚薬を使われれば、男性の方も抗えなくなるのではなくて?」
「そんな効果抜群の媚薬なんて、もはや魔法の薬でしょう?侍女如きの給金では入手できませんよ。それこそ大貴族や王族が使うレベルのモノでもなければ当人の意志とは関係なく発情するような事はありません」
「そうなの?」
「どんな薬にも言える事でしょうが、媚薬もまた効能にはピンからキリまである訳です。
平民が使うものなど気休め程度のもので、貴族家の使用人が使うものでも多少興奮が促される程度。
本当に催淫作用があって意志の力さえ捩じ伏せて快楽の虜にするような代物、そうそう出回りません。
要は義兄上が自分の意志で侍女に手を付けて、怒り狂った姉上の態度を逆手に取って逆ギレして、クンツ子爵家を乗っ取ろうとしてるという事です。
妻の許可もなく愛人を同じ家に住ませるなど婿養子が取る態度としては有り得ません。
当人が出て行かないと言い張るなら『愛人と結託して婚家を乗っ取ろうとしている』ものと見做し、罪に問うて騎士団刑事部へ引き渡すべきです」
「犯罪だと見做してしまうと彼の実家との仲が拗れたりしないかしら?」
「こちらがそう思って踏み出せずに泣き寝入りするのを予め計算済みで実家共々共謀している可能性もあります。
その旨をしたためた報告書を書きますから、それをヴィクトール皇子経由でバルシュミーデ皇国騎士団へ届けてもらうことにしましょう。
そうすればダルマイアー伯爵の内心はどうあれ、弟のエッカルト独断の犯行だと主張してエッカルトを切り捨てる筈です」
「ヴィクトール皇子殿下のお手を煩わせる事になるんじゃないかしら」
「良いんですよ。俺の戦功の殆どがヴィクトール皇子のものにすり替えられていますし、俺は充分にヴィクトール皇子の権力盤石化に貢献してきました。
俺が本当に護りたいのは家族だ、という事も了解していただいてます。
この際なのでエッカルト義兄上には『クンツ家に対してナメたまねをすると相応の報復を受ける』という見せしめの実例になって頂きましょう」
「頼りになるわね。ハルトは」
「…しかし、分からないものですね。俺にはエッカルト義兄上が心底からクラーラ姉上を愛しているように見えてたんですが…」
「…私もよ。愛されてると思ってたわ。だけど、あの人は変わってしまった。もう私を愛してくれていた頃のあの人はいないの」
「残念です」
「そうね…」
そうして夕食時の姉弟の会話はお通夜のような雰囲気で幕を降ろした…。




