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「さぁ、おいでなさい。私からハルトの事を話してあげるわ。侍女如きには教えてやらない話を義妹の貴女にだけは話してあげましょうね」
クラーラはどうやら私に含む所がある訳ではなく
侍女が貴族男性を誑かす行為に嫌悪感を感じているらしい。
(いや、ホント、何があったの?クラーラさん…)
「一番豪華な客室を綺麗にして用意といてくれてるなんて、ここの執事はなかなか気が利くわね」
とクラーラが一番豪華な客室へと私を招いた。
(…この前、皇子が泊まった時に綺麗にしたんだろうな…)
と予想がついたが、それを指摘する程野暮じゃない。
しかし、この客間のベッドは一つ。シングルだ。
「…クラーラ様のご主人、クンツ子爵代理はご一緒でいらっしゃらないのでしょうか?」
と確認のために訊いたらーー
クワッと歯を剥き出しにした鬼面がこちらを振り返ってきた。
(あ、やっぱり旦那さんが何かやらかしたんだ…)
と何となく事情を察して、あとは大人しく従う事にした。
クラーラは
「ランドル王国の文化には我が国とは異なる点も多く、非合理的に思えるものも多いですが、評価すべき点もあります。
ランドル王国では貴族の政略結婚に関して『結婚相手を愛そうと努力する義務がある』という価値観が浸透しているのはご存知よね?」
と尋ねてきた。
「はい。知っています」
それは当然ながら知っている。
バルシュミーデ皇国は一夫多妻が認められている国だがランドル王国は違う。
一夫一妻制なので、政略結婚相手と言えども結婚相手は一生連れそうパートナー。
結婚相手を愛そうと努力する義務が降りかかる。
だけど今現在。
結婚に関する法律も何もかもバルシュミーデ風に変えられているご時世。
ブルクハルトが第二夫人を娶って、その第二夫人との子をブライトウェル辺境伯の後継に指名しても法的に問題がない。
そして私はいずれこの屋敷を出ていくつもりでいる。
確実にブライトウェル辺境伯家の血はベニントン家の血から離れる事だろう。
ただ
「どんな女をブルクハルトが第二夫人として娶るのか?」
に関しては、やはりクラーラの感情が理解できる。
家や血筋や政略的利点やらが絡まずに
侍女を見初めて恋に溺れて
侍女を第二夫人として娶るなど
そんな事をされるのは嫌だ。
まるで
「お前に魅力が全くないから、お前の身近に侍る侍女に心惹かれたのだ」
と言われてるような気持ちになる…。
「…そういった政略結婚の心得という点はバルシュミーデもランドル王国を見習うべきだと思うのよ」
「バルシュミーデ皇国は一夫多妻制でしたね…」
「ええ。バルシュミーデ皇国の貴族は、関わる事で得になりそうな貴族家との友好の証として縁組をするので妻を複数迎える事が多いの。
私達の父はそうした政略抜きで平民の女性に手を出していたけれど、流石に平民の女性を第二夫人に召し上げるような愚は犯さなかった。
愛人として平民の住居区に家を与えて庶子のハルトを認知した」
「ランドル王国では庶子を認知して姓を名乗らせる事は稀です」
「でしょうね。でもバルシュミーデの場合は庶子を認知して姓を名乗らせるのは普通の事なの。特に愛してるからという訳でもない。
庶子にも爵位継承権を与える事も法的に禁じられてはいない。
だからハルトはバルシュミーデ皇国の貴族庶子としてはそれほど良い待遇だったという訳ではないわ。
子供の頃から近所の子達に『要らない子』呼ばわりで嗤われたりしてたらしいわね」
「そうだったんですね…」
ブルクハルトには姉妹しかいないのにクンツ子爵家の後継じゃない、という時点で庶子の可能性を考えていた事もあり、別に驚くでもなくクラーラの話を聞けた。
「ハルトの母親は孤児院育ちで、しかも容姿が生粋のバルシュミーデとは違ってランドル人の血が混じってたようなの。
とても美しい人だったらしいから、父が彼女の見た目に惹かれた気持ちも分かるわ」
「ランドル人の血が混じっているからブルクハルト様は私のようなランドル人にも優しいのでしょうか」
「いいえ、そうじゃないわ。ハルトの母親はハルトが幼い頃に亡くなっているから、ハルトは主に父の再従姉妹の女性の元で育てられたの。産みの母親の容姿に関してもろくに覚えてないし、誰も教えていない筈よ」
「そうなのですか?」
「だからハルトが貴女に優しいのだとしたら、それは単に貴女を気に入ってるか、或いは妻に気を使うのが男の務めだと頑なに信じているかでしょうね」
「妻に気を使うのが男の務め、ですか…」
「父が母に気を使ってハルトをなかなか手元に呼び寄せなかったのよ。かと言ってハルトを嫌ってたわけでも冷遇してたわけでもない。
ただただ妻と恋愛結婚したからには、他の女と浮気してできた庶子に対して大っぴらに可愛がる事ができなかったという事よね。
ハルトはそうした父の事情をよく汲んで育ったから『夫は妻に気を使って当たり前』と思っている節があるわ」
「ブルクハルト様は女性に優しいんですね」
「ええ。とても優しい子よ。母が父の浮気を許してハルトを屋敷へ呼び寄せるように言って、ハルトが私達と暮らすようになってから、すぐに屋敷中の者達がハルトの事を大好きになった。
優しいだけでなく、とても頑張り屋で謙虚な性格の子だったから」
「クラーラ様もブルクハルト様を大好きなのですね」
「ええ。自慢の弟よ。でもあの子、ずっと女っ気がないままあの歳になってたから内心で心配だったの。実は同性しか愛せないような体質だったらどうしましょうって」
「…バルシュミーデ皇国だと同性愛はどういう扱いですか?」
「当然同性婚は認められていないわ。だけど処罰まではされないわね。人口過密気味だからかしら?
まだバルシュミーデ皇国が小国でバルシュミーデ人の数も少なかった400年くらい前だと同性愛者は『異端者』扱いで処刑されていたらしいもの」
「性的嗜好が原因で処刑されるというのも怖い話ですね」
「ええ。でも結局はウチの自慢の弟とは無縁の事態だったようだし、安心したわ」
「…私とブルクハルト様が政略結婚なのはご存知ですよね?」
「ええ。ハルトが文句の一つも言わずに受け入れてる事も知ってるわ」
「ヴィクトール皇子殿下の命令に文句は言えないと思いますが…」
「いいえ。あの子は不服な事にはちゃんと不服を唱える子よ。たとえ皇子が相手だったとしても。あの子はあの子なりの理由で貴女を気に入るなり大事にしようと思うなりしてる筈だわ」
「そうなんでしょうか?」
「言葉使いはちゃんと社会的に上位の人相手に敬語を使うけど、態度は誰が相手でもあまり変わらないのよ。
卑屈さが全くないから不遜にさえ見えるし、実際仕える相手がヴィクトール皇子じゃなければとうに首が飛んでるレベルで空気を読まない子よ。
だけどそれが誠実さと正直さゆえのものだと分かるからヴィクトール皇子に気に入られてる」
「…そう言われてみれば、そうなのかも知れません」
「貴女はもっとあの子に関心を持って『結婚相手を愛そうと努力する義務』を果たすべきよ。あの子を他の女に寝取られたりしないように」
「………」
(寝取られるも何も、白い結婚なんですが…)
クラーラはその後もこちらの心境などお構いなしに
「貴族男性を誑かす侍女や女中を早めに排除しておくべきだ」
とか
「他人の夫に色目を使う友人に対しては事あるごとにマウントを取り、どちらが上なのか早めに教え込んでおくべきだ」
とか、貴族夫人の心得を延々と説いて聞かせてくれたのだった…。




