62:ブルクハルト・クンツ視点20
王城へ行き、真っ先にエリアナを城の衛兵へ任せた。
いつまでも睨まれながら一緒に居たくはない。
(俺の言った言葉の意味が理解できなかったんだろうなぁ)
と思う。
ーーにしても
(レベッカ夫人。腹回りに詰め物してたのか…。しかも見られてたのか…)
という部分が気にかかる。
(人間を遣わすより、鳩使いのオイゲンを借りて手紙を辺境伯領まで届けてもらった方が早いな…)
鳩郵便の欠点は短い文章しか送れない事だ。
途中で天敵に襲われて手紙が届かない危険は人間を使者として遣いに出しても同じ事。
なので短文の指示なら鳩郵便で充分だ。
俺は皇子からオイゲンを借りる許可を得る事も念頭において皇子の居室へと向かった。
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「エリアナ・ベニントン嬢も随分と洒落の利いた事を言う女性だなぁ…」
と我らがヴィクトール皇子も随分と洒落の利いた事を宣う…。
「確かブライトウェル城には血縁関係看破魔道具があったんだったな?それなら、それを使って妹が赤の他人かどうか確かめてみれば良かったんだ。それをしなかったのだから、本当は薄々気付いていたんじゃないのか?」
「ですよね。それ、俺も思いました。アシュトン親子がブライトウェル城から逃げ出した本当の理由は血縁関係看破魔道具でしょうからね。
ワンダがエリアル・ベニントンの胤ではないとバレれば高位貴族の血筋を騙った罪に問われていた筈です」
「血縁関係看破魔道具の存在をレベッカ夫人は大々的に公表してたから、その娘のエリアナ嬢が知らない筈がない」
「単にリリアン嬢を疎み続けるネタを信じ続けたかっただけなんじゃないでしょうか?」
「だろうな。それにしてもミミック疑惑か。6歳児なら容易く信じるだろうが、流石に21でそれはイタイぞ…」
「エリアナの祖母は父方だけですよね」
「ああ。レベッカ夫人の母親は、名目上の母マリオンも、継母エリザベスも、エリアナが生まれる前には既に故人だ。
レベッカ夫人の本当の母親に関してはエリアナが何か聞いていたとは思えない。
もしも何か聞いていたなら私の所に『従兄弟なのだから』と押しかけて『誼を結ぼう』としたかも知れないだろうしな」
「…自信満々に讒言を諫言と称して聞かせてくるあの性格ならやりかねませんね…」
「エリアナの父方の祖母のナディアは、確か魔力で選ばれた貧乏子爵家の出だったな?」
「そうですね。アルヴィン・ベニントンは『辺境伯家の繁栄を維持するために魔力の高い女性しか妻にはできない』と言って、高い魔力を持っていたナディアを金で買ったようなものでした。
といっても結婚に際しての契約書でそういった内容になっていた、というだけで、実際には打ち解けていて、聞き取り調査によると夫婦仲は悪くなかった筈ですが」
「なのにナディアは内心で嫁を疎み、嫁の模倣体である孫を疎んだ…」
「女性の考えというのは不思議ですよね。どんなに与えられても満足せず、与えられなかった分にわざわざ着目して内心で怒りと憎しみを育て、それを使って弱い者を疎外し虐げようと目論む」
「陰湿だな」
「表立って虐げるのは無理だったんじゃないでしょうか?レベッカ夫人は侯爵家の出ですから、おかしな嫁いびりをやると、ナディアの方が逆に立場がなくなる」
「だから孫に妙な話を吹き込んで焚き付け、嫁にそっくりな次女を疎外させたと?始末におえないな」
「そう言えば、グラインディー侯爵家でもブライトウェル辺境伯家でも『使用人と馴れ合わない慣習だ』という事でしたね」
「…今にして思えば、そう言っていたのはお前の幼妻だろ?彼女は自分が家族から疎外されて『使用人からも相手にされずに放置されてた』から、『家訓としてそうなのだ』と思い込んでたのかも知れないな」
「どうなんでしょうね。ですがエリアナを見る限りでは、他人に物怖じしないタイプに見えました。
使用人に対しても気遣うフリをして手懐けて馴れ合う、という感じだったんじゃないでしょうか?
特にリリアン嬢の側で働く侍女に対しては『籠絡して監視させていた』のかも知れないし」
「私もそう思う。貴族家令嬢という生き物は、得てしてそういう陰湿な監視をするものだ」
「エリアナは祖母のナディアに似た、という事なのでしょうね」
「それにしても妹婿に妹の悪口を吹き込もうと近づくにしては、やり方が杜撰だな。まるで初めからお前に嫌われたがっていたかのようじゃないか」
「ああ。それはあるのかも知れませんね。あの女、俺にベニントン家の血を引く女を側室に迎えろという割には、自分がなろうという気が全くないように見えました。
父親の仇になんて身を許すものか、と腹の中では憎しみを滾らせていたのかも知れません。アレと結婚してたら、それこそ寝首を掻かれてたかと…」
「だろうな」
「それはそうと鳩使いのオイゲンをお借りできませんか?鳩を一羽融通して欲しいのです」
「辺境伯領と王都を行き来させるつもりか?」
「はい」
「それならわざわざお前用に出すまでもない。ルドルフはおそらくお前への報告よりまめに私へ報告してくれている。
既に一羽は辺境伯領と王都とを行き来してるのだから、お前の問い合わせの手紙は私からの指示のついでに持たせよう」
「…有り難う御座います」
「不満そうな顔だな?だが私とお前が仲が良いのだと示してやった方がルドルフのような男は御しやすくなる」
「かも知れません」
「それと、ブライトウェル城に忍び込んだ女の事だが、お前に直々に尋問してもらった方が良いだろうとの判断でこちらへ送ったそうだ」
「…厄介払いですか…」
「50の婆さんでも一応女だからな。死なれたら寝覚めが悪いのだと」
「生粋の文官はそういう面で使えませんね」
「どういう面で役立たずになるのかを、ちゃんと踏まえて人を使っていくのも、上に立つ者の務めなんだぞ」
「…了解です」
俺が色々諦めてそう言うと
皇子は少し楽しそうに
「ブライトウェル城が心配なら、一度辺境に戻ってみるか?」
と揶揄うように笑ってから
「…それにしても大収穫だったな」
と真顔で言った。
「はい」
「『人体複製魔道具』『記憶同期化魔道具』。そんなものがやり取りされていたのだとすると、バルシュミーデ皇国がランドル王国へ侵攻したのは契約違反だった、という事になるな」
「ジギスヴァルト先王が亡くなって直ぐの決定でしたよね」
「ああ。ランドル王国では元王子のドミニク・ケンジットが亡くなって一月くらい経っていた頃だ。
ランドル王国内のアザール系権力がバルシュミーデ皇国を後ろ盾に望むようになり『ランドル王国をバルシュミーデ皇国の属国に加えて欲しい』と打診してきたのを私が父上へ奏上した」
「密約だったから契約者が死んだら無効、とか、そういう感じで第二皇子派の連中はランドル王国への侵攻に賛成してたんでしょうか?だとしたら不義理過ぎますね」
「性根が元々腐ってるって事じゃないのか?」
「かもですね」
「まぁ、だがこれで双魚宮の謎が一つ解けたな」
「双魚宮の謎って、そんなのがあったんですか?」
「21年前。私が生まれた少し後にジギスヴァルトお祖父様によく似た叔父皇子ディートフリートが生まれていたんだが、そのディートフリートは7歳の時に毒殺で死んでいる。
そのディートフリートが暮らしていた宮が双魚宮だ。皆が『何故、双魚宮という名称を付けられたのか?』を不思議に思っていた。
双魚宮は双子を意味するが、ディートフリートは双子などではなかったし、誕生日の星座でもなかったからな」
「遺伝子が同じだから複製体を双子に擬えていた、という事ですね?」
「おそらくな。そしてディートフリートの死後、双魚宮は封鎖されたかと思いきや、そこが今度はジギスヴァルトお祖父様と側近達の秘密の集会場のようになっていた」
「…先代皇王の側近らのソックリな息子達がそこで生産されていた可能性がある、と?」
「ああ。私はそう思う。それはそうと、第二皇子フリートヘルムは13歳だが、その存在自体が5歳まで伏せられていた事をお前はどう思う?」
「暗殺を危惧して存在自体を伏せておく事は、貴族では、別に珍しくはないですよね…」
「それは貴族なら、の話だろ?皇族は暗殺の危険があろうともお披露目を疎かにする事は出来ない。皇族なら、命がけで自分という存在を周知しておかなければならない」
「それが第二皇子の場合には疎かにされていた、と?」
「…フリートヘルムに関しては慣例が悉く無視されている。しかも彼の後見を引き受ける事が、父上の皇位継承の条件にされた。
考えてみれば、父上が皇位に就いてまだ8年しか経っていない。ジギスヴァルトお祖父様が余りにも長く皇位に就いていたから」
「まるで亡霊ですね。死んでも尚執拗に権力にしがみつき続ける…」
「全くだ。結局、そんなのに憑かれた国では人々は自分の能力を発揮するのさえ窮屈だ。
だから他所へ活路を求めて侵略するしかなくなるのかも知れないな…」
「…それすらも執拗に権力にしがみつく連中の狙い通りなのかも知れません」
「ああ。だが私はせっかく手に入れたランドル王国を第二皇子派と分かち合うつもりはない」
「了解しております」
俺がすかさず返事をすると、今度こそヴィクトール皇子は満面の笑みで笑った。




