61:ブルクハルト・クンツ視点19
リリアン嬢が学院へ登校してすぐに訪問の先触れがあった。
(随分と失礼な相手だな…)
と思った。
「今から伺います」という先触れをして「相手の了承を待つ事もなく訪問できるのは親しい友人か親族だけ」というルールは、バルシュミーデ皇国だけでなくランドル王国でも同様の筈なのだ。
(んー…。だが、一応「親戚」と言えなくもないのか?)
と少し首をひねる。
訪問してくるのはリリアン嬢の姉エリアナ・ベニントン。
俺にとっては赤の他人。
書類上の妻の親族。
彼女がリリアン嬢に対して了承も得ずに先触れだけして押しかけるのはありだと思うが…
(それを俺にされてもな?)
と疑問に思う。
しかもリリアン嬢の不在時を狙ったかのような訪問。
腹に一物ありそうな女に思えてしまう。
そんな俺の杞憂を後押しするかのように、エリアナ・ベニントンは胸元の露出した着飾った格好でやって来た。
「ご機嫌麗しゅう。ベニントン殿」
と俺は声をかけた。
独身に戻っているとは言っても、結婚していた女に対して、ベニントン「嬢」と呼ぶ気は起きなかったのだ。
だがエリアナはまだ若い。21歳だった筈。
嫡男だったナイジェル・ベニントンとよく似ている。
女性らしくはない中性的な美貌。
リリアン嬢とは似ていない。
「ご機嫌麗しゅう。クンツ閣下」
エリアナが優雅に挨拶を返してくれた。
「この度のブライトウェル伯爵位の継承まことにおめでとうございます」
と大真面目な表情で言ってくれるが…
(イヤミかな…?)
という感想しか起きない。
リリアン嬢は俺に対して複雑な感情を持ってる事が滲み出る表情と態度だが…
この女の場合は、心から何のわだかまりも持っていないように見えるのだから不気味だ。
寧ろ「女」を武器にして取り入ろうとしてくる「雌」特有の嫌な雰囲気を身に纏っている。
(まぁ、貴族令嬢として優秀だって事なんだろうな…)
腹の底が一切見えない…。
「今日はどういったご用件で?」
と単刀直入に訊くと
「リリアンの事で参りました」
との事。
「そうですか…」
一応、話を聞いてはみる。
どうせくだらない話だろうが…。
侍女が茶を運んで来て、そのまま侍従と共に室内に待機している。
客が女性の場合には用件を言い付けられる可能性を考慮して侍女を同じ部屋に待機させるものだ。
あと、貴族家当主と後継嫡男は妻以外の女性とは二人きりになってはいけない。
「内密のお話ですので人払いをしていただけないでしょうか?」
と言われても
「お断りします」
としか言いようがない。
「信用のならない使用人に聞かれるとリリアンが後で困った事になると思うのですが」
「本当にそういった向きのお話だというのなら、筆談でしてもよろしいですよ?彼らの居る場所からはこちらでやり取りする文字までは見えませんから」
「目が良いなら見えるんじゃないでしょうか?」
「口止めすれば良いだけの事です。どうぞ、そのままお話なさいますか?筆談になさいますか?」
「…このままお話させていただきます」
渋々といった体で納得した様子だが、それですら演技の可能性がある。
(「思慮深さ」の演出兼、あわよくば「二人きりになった」という既成事実作りといったところか…)
エリアナの駆け引きが何故かよく分かるので、とにかく二人きりにだけはなりたくないと思った。
リリアン嬢となら二人きりになっても苦痛じゃないのに
他の女とだとかなり苦痛だ。
それは多分リリアン嬢が書類上の妻だからというだけの理由からではない。
側に寄られただけで不快に感じられる何かを
腹に一物持って悪巧みに巻き込みに来る人間は発しているのだと思う。
俺が微妙に不快感に耐えながらエリアナを見つめると
エリアナは頷きながら
「クンツ閣下はリリアンをベニントン家の人間だと信じて妻に迎えられたと思うのですが…。それらは根本が間違っています」
と言い出した。
「…よく分からないが、ベニントン殿の認識ではリリアンはベニントン家の人間ではない、と?」
「そうです。そもそも『本当に人間なのか?』という部分からして怪しい生き物です」
(コイツ、自分の妹に関してよくもこんな言い草ができるな…)
「なるほど」
「まず第一に、あの子がお母様のお腹の中にいた筈の期間、お母様は腹部周りに詰め物をして妊娠を装っていました。妊娠していなかったのです」
「ほお」
「あの子はお母様から生まれていない。勿論、お父様の血も引いていない。それでいてお母様にソックリに『擬態』している」
「不思議な話だな」
(まぁ、あの手紙を見た時から予想はしていた。リリアン嬢はレベッカ夫人のクローンなんだろうな、と)
「魔物の中には姿を擬態して人間に近づくものも居ると聞きます。擬態妖怪が人に化けて街中に侵入して、夜になると路上生活者を喰らうという話はご存知ですか?」
「稀にそういう現象はあるらしいな。ミミックは他の生き物に擬態している間はミミック特有のスキル『捕食』を使えないので、擬態を解いて本能のままに餌を漁る必要があるから長期間人間に成りすますのは困難だという話だがな」
「ですが訓練された個体だと長時間の擬態にも耐え得るので暗殺者がミミックを訓練して標的側に送りつける事があるのも知られた話です」
「南方の連合国では森に普通にミミックがいるからそういう事も考えつくのかも知れないが…ランドル王国の属する北方文化圏ではミミックは大抵『影武者』として利用されるものだ。邪悪ではない」
「ですが偽物です。人間ではありません」
「それで?急にミミックの話などし出して、貴女は何を言いたい?」
「リリアンの正体です」
「………」
「私は子供の頃から両親がしょっちゅう暗殺者に命を狙われていたのを知っています。
お母様はそのせいで一度流産しています。私には本当は弟が生まれる筈だった。
なのに暗殺者に襲撃されて、その時の怪我と心労でお母様は流産して、その後、子供ができなくなってしまった」
「そうなのか?」
「お母様は子供ができない身体になって以降、どうしても子供が欲しかったのか、怪しげな連中と連絡を取り合うようになりました」
「へぇ〜…」
「マトモじゃない連中に融通してもらって、アレが…あの子がベニントン家に家族のフリをして入り込んだんです」
「………」
(この女、21歳という事はリリアン嬢が生まれた頃は6歳くらいだよな…)
俺の中で嫌な予感がヒシヒシと蠢く。
「お祖母様はあの子の正体を見抜いていました」
「………」
(やっぱりな…)
家族内に作用する異物排除意識。
そんなものは勝手に身につくものじゃない。
誰かがそう誘導するなり、その傾向を助長するなりして、強固なものになっていく。
「閣下がベニントン家の血を引いていないどころか人間かどうかも怪しい娘を娶られて、子を為そうとされても後継には恵まれません。早急に側室を娶られるべきです」
「それで?お前を側室に迎えてベニントン家の血を引く子供を作って嫡子にしろと?」
「そうして頂けると有り難いですが、どなたにでも好みはありますでしょう?視線などから察しても閣下が私にご興味がないのは言われずとも分かります。
なのでベニントン家の親戚の者、再従姉妹の中のいずれかと、或いは祖父に追い出されたという異母姉を選んで頂ければと思います。
私はベニントン家ーーブライトウェル辺境伯家をあの化け物に乗っ取らせる気はありません。どうか、お聞き入れくださればと願います」
「…却下だな」
「何故です?!」
「お前、頭大丈夫か?お前はリリアンの夫である俺に向かってリリアンを化け物呼ばわりしてるんだぞ?
それでどうして俺がお前の言うことを聞くと思えるんだ?俺をナメてるのか?」
「私は閣下のためを思って諫言しております」
「讒言だろ、お前の妄言は。何が化け物だ。何がミミックだ。よく考えてみろ。お前のその考え、一体何歳の時に吹き込まれたんだ?
よくもまぁ、子供時代の荒唐無稽な刷り込みを今の今まで後生大事にし続けたものだな?いい加減にしろよ?
幼い頃なら嫁をよく思わない姑の妄想から幼い子が影響を受ける事もあり得るさ。
何せ憎しみで真っ黒になってる心がそこにあっても幼いが故にそれが分からず、信用するべきではない者の言葉を信用する事もある。
だが成長するうちに人間どうしたって分別がついてくる。いつまでも頭のおかしな婆さんの妄想を鵜呑みにしてやり続ける義理はないんだからな。
自分が敢えて特定の人物に対して誤解し続けたいと望まない限り、他人から吹き込まれた偏見ベースの悪意を、近しい相手に対して持ち続けるなんて不可能なんだ。
お前自身が『リリアンに対して偏見を持ち続けて疎外してやる』と差別心を持ち続ける事を自発的に決定してしまっている。
弁明の余地すらなく、お前は今こうして諫言と称する讒言を俺に聞かせた。
自分が何を言ったのか、ちゃんと理解しろ。その上で反省するべきだ。
どうせ言っても分からないのだろうから、お前の身柄はこのまま拘束させてもらう。しばらく王城の地下牢で自分自身を振り返ってみるが良い」
俺はそう言うなりギードを手招きしてエリアナを縛らせた…。
なんて横暴な!だのと批判していたので真っ先に猿轡を噛ませた。
ランドル王国には誣告罪がないが、バルシュミーデ皇国にはある。
なので俺を相手に引っ掛けようとしたという事で充分に牢屋へぶち込む理由にはなる。
のだが…
(リリアン嬢が知ったらどう思うだろうか…)
という点が恐ろしい。
(俺の事を「怖いオッサンだ」とか思うのだろうか…)
と気が滅入りそうになるが…
讒言で誣告を仕掛けるという事は悪質な詐欺罪であり人心分断攻撃だ。
人々の対人関係を無駄に壊し信頼を毀損する。
それを野放しにすると後々面倒になるので早めに対処しなければならないのである…。




