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挿絵(By みてみん)


気分が優れないまま翌朝になった。


日本語の手紙は手帳やメモよりも優先して翻訳したので昨夜のうちに翻訳し終わった。今夜には残りの翻訳も終わるのではないかと思う。


(…学院…。今日もボルネフェルト伯爵令嬢に睨み付けられてヒソヒソと悪口を言われる感じなのかなぁ…)

と思うと、気分は更に萎えた。


(前世では、そういう人間関係が常態モードだったんだよな…。よく耐えられたな、私…)


ふと、前世の自分自身を思い出してみると

「敢えて自分自身を鈍くしていた」

感がある。


乳幼児期には皆、感性が鈍く、記憶も残らない。

潜在的自己保身なのだろう。

「病気になったり保護者が世話を怠れば簡単に死ぬからだ」

(存続が脅かされているからだ)

と思うのだが…


恵まれない人生もまた

「活路がない」

(生きづらい)

という意味で存続が慢性的に脅かされている。


自分自身を鈍くして能力開花などせず

自分自身を閉ざして希望を持たず鬱気味に生きる事で

自分自身の核である魂自体が脅かされる事を防ぐ。

そういう傾向があった気がする。

要は生きにくい環境では知性や感性の退化が起こるという事だ。


人間、環境内に自分を害する要素が多々ある事を察知すると

「この人生は負けが確定している戦だ」

(出来るだけ自分自身の魂の消耗を抑えよう)

と判定し、自分自身の魂とは接続せず低次元な自我のみで生きてしまうのだと思う。


前世の私はそんな状態で

ただ負け役を演じさせられる役者のように

或いはロボットのように

無為に生きていた。


だから他人から悪意をぶつけられても

それが直接的な暴言や暴力じゃない限り耐えられた。

味方などおらず全方位から悪意が投げつけられていても

無感覚でいられた。


「本当の自分自身など反映させていない、ただの環境の産物だ」

と、恵まれない人生の中の自分を自分で切り捨てて諦めていたから。


だけど、この世界だとそうじゃない。

リリアンは大事にされてきた。


今では「愛されていた」と断言はできないけど…

それでも私にお金と時間と配慮を存分に注いでくれた人達がいた。


お陰で私は前世のような自分自身を閉ざした状態ではない。

悪意をぶつけられればちゃんと傷つく…。


****************


今日から学食を利用しなくて良いように、朝食の残りをサンドウィッチにしてもらう事にした。

食べ物を持ち込むとなると余計に荷物から目を離せない。


嫌がらせで弁当に下剤を仕込むなど、現実世界でもこの世界でもお馴染みの手口だ。

(途中、トイレにすら行けないな…)

と思うので朝食は控えめにした。


前世では食事に楽しみを見いだしていなかったので、生きるのに必要な分だけ食べれば良いのだと思っていた。

もしかしたら今後の人生は前世の感覚に逆戻りするしかないのかも知れない。


(両親が死んだと判った時に感じた未来への不安や恐怖は決して根拠のない盲目的自己憐憫陶酔じゃなかったんだな…)


朝早くから教室内は既にグループ化していて、私以外の生徒は皆誰かと一緒ににいる。


同じランドル人女生徒同士で仲良くできないものだろうか、と思い、エミリー・ノースウェル伯爵令嬢の方を見ると、何故かボルネフェルト伯爵令嬢と談笑して楽しそうにしていた…。


エミリー・ノースウェル嬢は中等部で同じクラスだった事は無いものの同じ彫刻部だったので面識はある。

仲が良かった訳ではないけれど仲が悪かった訳でもない。

挨拶と天気の話くらいはする程度の顔見知り。


ーーだったが


(ボルネフェルト嬢に取り込まれたなら、ノースウェル嬢とは仲良くはなれないかも…)

と思った。


(それどころか…)


私の不安を裏付けるかのようにノースウェル嬢まで私の方を意地悪そうな表情で見てきた…。

何か悪巧みしてるのかも知れない。


ハァァーッと溜息が漏れた。

始業の鐘が鳴れば皆席に着くしかないし、自分の教室へ戻るしかないが、今の時間は他のクラスの生徒達も入り乱れている。


ボルネフェルト嬢の側には同じクラスのヘルトリング嬢とノースウェル嬢がいる他、別のクラスの令嬢達もいる。

バルシュミーデ皇国の学院で友人だった人達なのだろう。


ノースウェル嬢がやたらとペコペコして作り笑いをしている。

元々は落ち着いた性格の人だった事を思うと…

ボルネフェルト嬢の別クラスのご友人達は伯爵家よりも更に身分が高いのかも知れない。

妙に気を使い過ぎてハイテンションになる人特有のバランスを欠いた躁状態があるように見える。


そしてその推測が正解だという事は直ぐに判明した。


真面目そうな男子生徒が

「グラッツェル侯爵令嬢。ハックマン先生がお呼びですよ」

とボルネフェルト伯爵令嬢のくだんのご友人へと声をかけたのだ。


(「グラッツェル侯爵令嬢」ね…。「グラッツェル侯爵」はブルクハルト様が書いてたリストにあった名前だ。第二皇子派。というより先王ジギスヴァルトの側近…)


それなりの大物の孫娘、という事になる。


(多分、第二皇子派がランドル王国でまで大きな顔をするのはヴィクトール皇子からすれば面白くない筈だよね…)

とは思うものの、学院内でバルシュミーデ貴族達が第一皇子派と第二皇子派とで揉めている様子はない。


グラッツェル侯爵令嬢がチラッとこちらを見た目付きは露骨に悪意的だった。

私を嫌いイジメる事でそちらの皆様が仲良しこよしみたいなそういう図式はやめてほしい。迷惑だ。


そういう私の想いも虚しく…

廊下側から元婚約者のイーノック・トレントが顔を出した…。


「大丈夫ですか、エルフリーデ」

とボルネフェルト嬢に声をかけた所から見て、やっぱりエルフリーデ・ボルネフェルトがイーノックの新しい婚約者だったようだ。


こうして見るとボルネフェルト嬢とイーノックはお似合いだ。

見た目のレベルも伯爵家という爵位も。


辺境伯家は軍隊を持ってるので普通の伯爵家より位置付けが上。

序列では侯爵家上位に該当。


父エリアルも母レベッカも

「リリアンには平和な領地で幸せになって欲しい」

と思ってくれていたので

「レディング伯爵領は魔物も少なくて盗賊団もおらず平和だ」

「向こうがどうしてもとリリアンを望んでくれている」

という点でレディング伯爵家を評価して私を嫁がせる気になったのだ。

家格的にはブライトウェル辺境伯家の方がかなり上。

妥協の末の婚約だったと言える。


私は少し我儘で算術をはじめとする座学が苦手ではあったけど、魔法の実技は上位の成績だったし、容姿も母に似て可愛い。

イーノックは周りから羨ましがられていたし、私とは釣り合わないと言われていたし、それを補うかのように「絶対大事にする」と言ってくれていた。


それなのにーー


そうしたこれまでの関係が嘘だったかのように

イーノックがこちらを振り返り憎々し気な表情を向けて

ツカツカ歩み寄って来た…。


そして

「…リリアン。これまでも僕は君の我儘に振り回されて我慢してきたけど、もう婚約者じゃないんだ。僕の事で出鱈目を言うのはやめてくれないか?」

と意味の分からない苦情を述べてきた。


「…貴方の事で出鱈目?って、何のこと?」


「…トボけるのは反省してないって意思表示だね?とにかく君にはウンザリなんだ。僕は前々から君の我儘には嫌気がさしていたし、君の事なんかちっとも好きじゃなかった。

なのに僕が未練タラタラで君を想ってるだとか、そんな嘘を吐いてエルフリーデを不安にさせるのはやめてほしい」


「…ボルネフェルト嬢は『ただ同じクラスにいる令嬢』というだけで、一言も口をきいた事もないんで、彼女に嘘を吹き込むとかいう行為は不可能なんですけど?

それに貴方のその言い方だと、貴方の新しい婚約者は彼女のようだけど、私はそんな事、今の今まで知らなかった。

そもそも親を無くした私は、貴方の事なんて全く思い出す余裕もなかったんで、貴方に対してこれっぽっちも関心がありませんでした」


「負け惜しみを!だいたい君はーー」


「今の今になって多少関心が出てきたけど、それは『こんな性格の悪いイヤな男が婚約者だったなんて』っていう意味の関心であって、好意とも未練とも真逆のものです。

いい加減にしてほしいのはこちらの方。貴方が手綱を引いていないから貴方の婚約者が入学してこのかた毎度毎度睨みつけてきたりお仲間とヒソヒソ話して嘲笑するような表情を向けてきたりしてたの。

ハッキリ言って不快だった。それなのに一言も口をきいていないのに、私が何か彼女に嘘を吹き込んだと言い張って苦情と一緒に口撃してくるなんて、一体貴方何様?」


「虚言癖でもあるのか?君がエルフリーデを傷つける発言をしたという所を彼女の友人達が見てるんだぞ?」


「友人ぐるみで偽証する貴族の手口に関して未だに何も知らない初心な人間だったとでも言うの?貴方は。

だいたいブライトウェル辺境伯家と貴方のお家とじゃ、辺境伯家の方が上でしょう。貴方のお家が頑張って交渉してウチの両親が折れての婚約だったことはちゃんと記憶にあるのよね?

その事実さえも今や貴方の脳内では別の妄想に切り替わってるとかじゃないでしょうね?ふざけないでほしいんですけど?」


「偉そうに!それが本音なんだな?とうとう本性を表したか!」


「…単なる事実を指摘しただけですが?貴方は単なる事実の指摘を名誉毀損だのとこじ付けて事実指摘者を断罪する暴君権力者か何かのつもりかしら?たかが田舎伯爵の息子風情が」


「お前など今やただの平民だろうが!」


「頭が悪いの?私は書類上は新しい辺境伯の妻ですよ?実質は戦犯の娘扱いで平民より劣る位置付けに置かれたとしても名目上は辺境伯夫人で未だ伯爵家を継いでもいない貴方より身分だけは遥かに上なの」


「いい気味だな!『英雄の娘』から『戦犯の娘』へ変わった感想はどうだ?!」


「アンタ、本当に馬鹿なんだね」


「何をーー」


「はい、そこまで」

いつの間にか担任が教室に来ていた。


言い争いをしてる間に始業時間の鐘が鳴っていたのだ…。



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