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…記憶が蘇るという現象は
「記憶の引き出しを引き出してしまう」
事で起こる。
死に瀕すると身体機能が麻痺し
非常に見苦しい状態で悶え苦しむ事になる。
私は悶え苦しみながらそのまま気を失った…。
医者の処置はせいぜいが
「水と万能解毒薬(と称する吐瀉促進薬)を口に流し込んだ後に、バンバン吐かせる」
といった程度のもの。
医療の効果虚しく死亡率が高いのも納得の暗黒中世医療である。
私は吐瀉物が喉に詰まって死にそうになりながら長い夢を見た…。
自分が別の世界で暮らしていた前世の夢を。
そして目が覚めた時には、ちゃんと理解できていた。
ランドル王国
アザール王国
バルシュミーデ皇国
という国名が舞台となる乙女ゲームが存在していたという事を。
(…私は乙女ゲームの世界に転生してしまったのね)
と理解できてしまい、思わず溜息が漏れた。
腑に落ちないのは前世で霧島葉月という日本人だった頃にプレイしたゲームの中には「リリアン」などというキャラは登場していなかったこと。
おそらくは
「モブだから登場しない」
のではない。
確かなのは『暁の乙女』シリーズに共通する国名・地名がこの世界で実在する事と、シリーズ3作目の攻略対象エリアルと悪役令嬢レベッカの名前が自分の両親の名前だという事だ。
(シナリオと違った運命が展開されていた?という事なのかな?)
『暁の乙女と時空の虚無神〜革命前夜〜』に登場するエリアル・ベニントンと悪役令嬢レベッカ・ルースとの間には子供はいない。
子供ができるより前にブライトウェル辺境伯領にバルシュミーデ皇国軍が強襲を仕掛け、レベッカは雑兵から陵辱され惨殺されていた筈。
作中のレベッカの享年は17〜18歳くらい。
この世界には
ゲームの中では産まれていない筈の子供が3人存在している。
しかもバルシュミーデ皇国軍が侵攻してくる時期も
ブライトウェル城が陥落する時期も随分と遅くなっている。
それこそ22〜23年も。
(一体どうなってるんだろう?)
と私は葉月の意識で思い悩む。
ヒロインでもなく悪役令嬢でもなくモブですらない。
単に存在していなかった存在。
それでいて
(この世界は『アカオト3』の『その後』の世界みたいだ…。私は悪役令嬢レベッカ・ルースの子として産まれてしまった…)
という事は判ってしまったので
「ここは乙女ゲームの『その後の世界』なのね…」
と、かすれたような囁き声がボソリと漏れた…。
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伯父のジャレットが入室して来ると私は姿勢を正し
「この度はご迷惑をおかけして申し訳なく思います」
と頭を下げた。
「いや、こちらの使用人教育に不備があったのだ。君に落ち度はない」
「いえ、私の不得と致すところです。私にはお母様のような優秀さがありませんから、お母様をよく知る者達には物足りなさともどかしさを感じさせてしまうのでしょう」
「たとえそうだとしても使用人が令嬢に危害を加えて良い理由にはならない」
「ええ。処罰は必要でしょうが、ただ『感情は他人がどう否定しようとも当人にもどうにもならない』という事だけは考慮してあげて欲しいと思います」
「君はどんな処罰を望むのだ?」
「…犯人は侍女の誰かですよね?」
「侍女長だ」
「…侍女長がお母様を慕っている事はよく判りました。ならばブライトウェル辺境伯領へ行ってもらうのはどうでしょうか?
どうせ向こうでは辺境伯家の人間は『戦犯』扱いで、弔いもろくに為されていない筈。
遺骸が残っているのなら持ち帰ってもらって、こちらで丁重に埋葬し直すなり、遺骸が残っていないなら城に潜り込んで遺品を盗み出してもらい、遺骸代わりにそれで弔うなり、何かしらお母様のために命懸けでできる事もある筈ですよね?」
「…奴隷落ちさせて、奴隷商に買い取らせた料金を慰謝料がわりにする事もできるんだが」
「それでは彼女の命と人生をただ無駄に浪費するだけです」
「…そうか。分かった。彼女への処罰は被害者の君が言うようにしよう」
「ありがとうございます」
私自身がブライトウェル辺境伯領へ赴くのはリスクが高い。
でも少しでも辺境伯領の様子を知りたい。
あと、母レベッカについても改めて知りたいと思っている。
(お母様も、もしかしたら前世の記憶のある転生者だったのかも知れない…)
と今更ながら思うからだ。
「あと、侍女長への伝言をお願いできますか?『お母様が書いた、読めない文字で書かれた文書が有ったなら私の手元に必ず届けてください』と」
母が前世の記憶のある転生者だったなら、前世で使っていた言語で何か書き残していた可能性がある。
自分以外読めないのだからと安心して、書き付けを処分せずに残していてもおかしくはないのだ。
「『読めない文字?』」
伯父ジャレットが訝しむ表情をしたが、部屋の隅では侍女がハッとした表情をしている。
「お母様が何処かから受け継いだ秘密の暗号です」
と私が真顔ですまして言い張ると
伯父は
「そうか…。必ず伝えておく」
と言ってくれた。
私は思わずホッと息を吐いて
「改めて、お世話おかけします」
と神妙に頭を下げた…。




