52:ブルクハルト・クンツ視点16
王都冒険者ギルドのギルマス、デール・フレッカーから、連絡が来た。
「新人冒険者達を助けた」のが俺だという事が、リリアン嬢達の証言で伝わった事で、デールが俺を信用できると判断してくれたようだ。
しかしデールは元々愛国派の男。
軍隊率いて国土を占拠しているバルシュミーデ人に対して良くは思っていない筈。
それでも元王子のドミニク・ケンジットが殺された事で、愛国派は愛国路線をなげうって、一転して反アザール派と化している。
要は現状では報復のための組織となっている。
「敵の敵は味方」という意味での一時的な友好状態なのだろう。
「お礼をしたい」
と言われて冒険者ギルド会館の応接室へ呼び出されて
「謝礼金」
を渡された。
と同時に二人の男を紹介された。
のは良いが…
デール・フレッカーが紹介してくれた男達は俺に対して
露骨に無愛想だった…。
一人は元近衛騎士のエセル・アボット。
王立魔法学院の教師。
もう一人はSランク冒険者のバルフォア・ジョーンズ。
王都所属のSランク3人の内の1人。
デールと同じくエセルもバルフォアも40代前半くらい。
(午前中授業があった筈だ。学院教師は午後からは非番だったりするのか?)
とエセルが昼日中に冒険者ギルドに居る事を不審に思ったが…
要するにーー
デールが二人をここに呼び出しているのには
「クンツが(俺が)不審な動きをした時に速やかに殺せるように」
という目算があるのだろう。
一対一なら、勝敗は恐らく五分五分。
2人掛かりで来られたら先ず間違いなくコチラがやられる。
(コイツら、強い…)
と分かった。
俺を殺せる戦力を揃えた場で交渉をしたい、という事のようだ。
ランドル王国の近衛は見た目重視のお飾りな面が強い筈だが…
元王子ドミニクに仕えていた連中は例外らしい。
おそらく元々強かったという事ではなく
ドミニクに仕えるうちに自分を鍛えるようになり
後から強くなった、という事だと思う。
バルフォア・ジョーンズには黒い噂がある。
「王都所属のSランク冒険者は5人いたが、そのうち2人はバルフォアに消された」
というものだ。
消息不明の2人のSランクはアザール系の冒険者だったので
「ブルクハルトが処分してくれ」
と皇子から指名を受けていた標的だ。
それが俺の手出しより前に既に先んじて誰かが消してくれた。
調べたところ出てきた名前がバルフォア・ジョーンズ。
見た目からしてランドル人らしい容貌。
昔はさぞイケメンだっただろうという所謂イケオジ。
泣きボクロがあるのが印象的だ。
雰囲気からして邪魔者を殺し慣れてる気配がプンプン漂ってくる。
(噂通り、愛国派の連中は気合いが入ってる連中揃いだな…)
バルシュミーデ人と違い、ランドル人やアザール人は体格にそれほど恵まれていないので一見すると「弱い」ように見えるが…
中には魔力の質が高いヤツらもいて、ソイツらの魔力の鎧は普通のヤツらのものよりも倍以上の強度を持つ。
エリアル・ベニントンも才能に恵まれていた上に努力家だったようで、ヤツの魔力の鎧は硬く、貫通して攻撃を有効化できたのは俺だけだった。
更には風属性魔法での攻撃も織り交ぜてくるのは並大抵の人間では敵わない。
エリアル・ベニントンは充分に強かった。
だがあの男には「飢え」のようなものが欠けていた気がする…。
人生に満足している者達特有の余裕というか隙。
そういうものがエリアルにはあった。
だが目の前のデール、エセル、バルフォアにはそうした隙がない…。
(こんな連中の目を掻い潜ってドミニクを殺した連中って、どれだけの執念だったんだよ…)
と、ランドル王国内で繰り広げられてきた暗躍に思いを馳せ、少し気が遠くなりそうな気がした。
「ーーという訳で共闘関係を結べるのではないかと俺達は考えているんだが、クンツ閣下はどう思われる?」
とデールが尋ねてきたが
(…俺に断る選択肢が与えられているとは思えないんだが?)
と思いながら
「…共闘も情報交換も俺の一存では決められないんだ」
と答えた。事実だ。
辺境伯という爵位をもらったところで基本は皇子の近衛騎士だった頃と変わらない。
所詮は子飼い。所詮は宮仕え。皇子の言いなりで動くしかない。
「だろうな」
とバルフォア・ジョーンズが頷いた。
「俺は正直アンタにそれほど期待できるとは考えていない。俺とエセルは素手で鉄格子を捻じ曲げる事はできるが、デールはできない。だからデールはアンタを少し過大評価してるようなんだ」
そう言われてみて
(なるほど)
と思った。
エセル・アボットが
「新辺境伯殿が期待できる男かどうかはさておき、俺は王立魔法学院の教師でもある。
なのでランドル人学生の安全性と社会的な今後について、俺自身は最大限努力して道を拓いてやりたいと思っている。
クンツ殿の妻となった旧辺境伯令嬢のリリアン夫人に関しても、学業を途中放棄して市井へ逃げ出すような羽目に陥って欲しくない。
それについてはキチンと言っておきたかったんで、こうして出向いてきた訳だ。よろしく頼む」
と飄々とした態度で告げた後で
バルフォア・ジョーンズは
「…昔から学生間のイジメはあったが、今のご時世だとイジメはもっと倒錯したものになる筈だ」
と暗い顔で宣うた。
「倒錯したイジメ、か…」
「学生なんて、特に色ボケしてるガキなんて、所詮は猿と一緒だ。目を離すとろくでもない事ばかりする。
ランドル人の王族・貴族は一部の愛国保守層を除いて大半が『悪意の矛先を他人に操られている可能性』について考える事もできない。
心というものを俯瞰して制御していく必要性自体を理解できないんだな。
だから内ゲバ誘導に乗せられて『反撃できない弱者を皆でイジメながら悪を粛正してるつもりになる』『集団で弱い者イジメする自分達を正義気取りで誇る』ような歪んだ仲良しごっこに興じながら、その行動が敵にとって都合が良い事実にも気づかない。
人心分断されて団結できないように、世界観や思想・思考自体が操られて運命共同体が弱体化されている可能性を考えもしない。
そんな状態だったところに、今の現状。つまりは被侵略・植民地化進行によるバルシュミーデ人達による乗っ取りだ。
馬鹿ガキが何をしでかすのか予想もつかないな、俺には」
バルフォアは悲観的だ。
だが俺はバルフォアの言う事が判る気がする。
人心分断工作に操られて
仲間内の嫌われ者を悪だと認識し
嫌われ者への袋叩きを
「正義の執行だ」
と信じて内ゲバに走る狂人達。
そんな人間達には俺も覚えがある。
勿論、そうした
「内ゲバ滅亡」
の呪いが降りかかるのは
「悪の組織」
「悪の人種」
であるべきだと俺は思う。
そういう意味では、前世で俺が体験した悲劇は
「犯罪者一族が因果応報へ向かうための必然的内ゲバだ」
と言える事だろう…。
俺はバルフォアの不安を汲み
「…卑怯さの自覚がない卑怯な連中は、敵に囲い込まれた環境だと『仲間内の嫌われ者を悪に見立てて虐げる事で無自覚のまま敵に忖度する』事がある。
リリアン嬢がそういうものの標的にされずに済むように気をつけるつもりはある」
と指摘した。
するとバルフォアは
(おや?)
と言うように片眉を上げた。
卑怯な人間達の倒錯心理について語っても俺が理解できるとは思っていなかったのだろう。
「クンツ殿は、リリアン夫人を大事にする気はある、と思って良いのだな?」
バルフォアにそう訊かれるまでもない。
「俺は、リリアンからこれ以上、何も奪いたくない」
俺がそう告げるとバルフォアとエセルが顔を見合わせ頷き合って
「「宜しく頼む」」
と告げた…。
(…なんでアンタらにリリアン嬢の事を頼まれなきゃならないんだ?彼女の保護者は俺だぞ?)
と内心で腑に落ちないものを感じた。
一体どういう関係性なのやら…
(旧辺境伯夫妻と懇意だった?とかで、忘れ形見のリリアン嬢の保護者気分になってるのか?)
分からない。
分からないながらも、バルフォア達は
「実はこんな場面を目にした」
「実はこんな噂を聞いた」
といった話をした後に
「それらの情報からこう推測した」
といった共通認識を話してくれた。
つまり彼らは
「アザール系奴隷商ギルドと、その関連権力を潰した後は、アザール系暗殺者ギルドを中心としたアザール系闇ギルド(未登録無許可ギルド)の根絶やしでしょう」
と言いたい訳だ。
ドミニク・ケンジットを暗殺した実行犯達は南方の連合国の連中だが
ソイツらを騙して暗殺者に仕立て上げて
上手く標的を仕留めるようにお膳立てしたのは
アザール系闇ギルド。
(闇ギルドは公式に登録していないギルドを統括する元締めギルドで暗殺者ギルドはその中核)
彼らが本当に復讐したい集団である。
ドミニク・ケンジットを暗殺した実行犯達は
とっくに肉塊になって豚の餌にされている。
嘘に騙されて激情に駆られて
悪を正義だと信じて
自分達は正しいと思い込んでいた。
そんな状態で行われる凶行には
犯人を割り出す物証や目撃証言が多数残るもの。
そうした意味で暗殺実行犯達は迂闊な素人の激情家揃いだった。
だから報復も難しくなかった。
本物の悪は
冷静に自分の行動や影響力の痕跡を消して
関与した事実そのものを巧妙に隠蔽する。
(まぁ、闇ギルドの根絶やしは完璧とは言えなかったよな…)
と思う。
情報が少なかったため
「暗殺者ギルドの主要メンバー」
と思われる数人しか処分できていない。
デール達の望む
「アザール系闇ギルドの根絶やし」
は俺達にとっても望むところだ。
だが、そのうちランドル王国内の裏社会はバルシュミーデ人達で仕切るつもりでいる。
アザール系闇ギルドに変わってバルシュミーデ系闇ギルドがこの国のアングラで根を張る予定なのだ。
つまりは
「今日の味方は明日は敵になる」
と判っていて
「今日だけ手を取るかどうか」
という問題が生じている。
俺は再び
「俺の一存では決められないんだ…」
と事実を告げて、冒険者ギルドの応接室を後にしたのだった。




