5:間話
グラインディー侯爵ことジャレット・ルースは思わず頭をかかえた。
リリアンに毒をもった犯人は数時間で割り出されたが
その犯人が侍女長だったのだ。
レベッカを崇拝し、リリアンに対しては「これじゃない」感を持ち、露骨に批判表明していた人物なのだから…
当然、誰もが真っ先に疑った。
そもそも隠蔽工作すらしていなかったようで…
少し聞き込みをしただけで直ぐに関与が判明した。
「…致死量には至らない量の毒を慎重に計ってもる事に一体何の意味がある?一体お前は何をしたかったんだ」
とジャレットが頭痛を堪えながら侍女長へ問いかけると
侍女長は
「ルース家の令嬢が受けるべき通過儀礼を降りかけたのだと自認しております」
とすまして答えた。
侍女長の目には迷いはない。
何かしらの確信めいた狂信でもあるかのようだ。
「…リリアンが死ななかったからと言って、仕える屋敷の令嬢に毒をもった事実は無くならない。警備隊へ突き出せば厳罰は免れない。
女でも鉱山送りになる可能性が高い。悲惨なのは言葉でどんなに説明しても伝わらないだろうが、お前はとんでもない事をしたんだぞ?
せめてもの慈悲だ。リリアンにもった毒を致死量飲んで早目に自死しろ。それがお前の血縁者に迷惑をかけずに済む唯一の方法だ」
「承知いたしました。ですがリリアン様がお目覚めになるまでは待っていただけませんか?自分がした行為が無駄な事だったのか、ちゃんと有効な事だったのか、結果が分からないままでは死んでも死に切れませんから」
「…(ハァーッ)毒をもることが『有効な事だった』などという結果に結びつくことは無いだろうよ。何をもってしてお前はそんなに自分自身を信じられるんだ」
「…ジャレット様はレベッカ様の幼い頃の事を覚えてらっしゃらないから、そのようにお考えなんですよ。
古くからこの屋敷にお仕えしてきた私達古参の使用人達はレベッカ様が初めから完璧な貴族だった訳ではない事を知っています」
「…誰だって子供の頃は我が儘で目先の事しか考えられない短慮な人柄で過ごすものだろう?」
「レベッカ様の場合は経験によって徐々に成長していったのではありません。
あの方はある日突然変化してしまわれました。そしてその日を境に我儘も癇癪もパタリと止んで、頭脳明晰な貴族令嬢として振る舞われるようになられました。
ウォルター様に毒をもられ、生死の境をさまよい、目が覚めた時から別人のように落ち着いた人格になられたのです」
「…お前はそれで、リリアンにも同じように変化して欲しくて毒をもったと?毒で生死の境をさまよわせれば貴族として相応しい完璧令嬢へとリリアンも変化すると信じて?」
「…必ずしもそうなるとは限りませんが、それでも賭けたいと思いました。
本来のあるべき形へと物事がおさまる事を期待して、自分の命と人生を賭けて、再びレベッカ様と同じ容姿端麗の才媛がルース家から輩出される事を」
「…馬鹿げてるよ…」
(狂ってるとしか思えない狂信ぶりだな)
そんなやり取りの最中に
「リリアン様がお目覚めになられました」
と侍従が知らせに来た。
「…良かった。預かって早々に死なせたなどといった事態にでもなっていたらとんでもない事になっていたからな」
ジャレットが心配するのはリリアンの身ではなく自分自身の保身である。
(リリアンは見た目だけはレベッカに瓜二つだ。レベッカ亡き今、使用人達がレベッカの再来を望む気持ちも分からないでもないが…それはリリアンには酷だろう)
そう思い、溜息を吐きながら
別館のリリアンの私室まで足を運んだジャレットだった。




