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「エルフリーデ・ボルネフェルト伯爵令嬢が事あるごとに睨んでくるんですけど、貴方の新しい婚約者ですか?」
とイーノックの所まで訊きに行く訳にもいかない。
ならボルネフェルト伯爵令嬢に直接
「イーノック・トレントの新しい婚約者ですか?」
と訊けそうな雰囲気かというと、絶対違う…。
(気の強そうな女子だな…。いよいよ「イジメ」られるのだろうか…)
と身構えてしまう。
前世ではイジメられる以前に
「不潔感が漂ってるから関わりたくない」
と思われていたようで…
誰からも話しかけられず
時折、持ち物が所定の場所から消えてゴミ箱に突っ込まれていた。
そうした事態を「イジメだ」と見做すなら
私は前世で「イジメられていなかった時期」そのものがない。
ただ、直接的に物理的暴力や言葉の暴力を振るわれた事はない…。
当時は全く理解できていなかったけれど
「如何にもお下がりのボロ制服を着て、弁当も持たされず、購買のパンを一個だけ買って食べてる貧乏人」
なんて、家族から疎まれているのが丸分かり…。
仲間がいる、味方がいる、親が保護者として保護している。
そんな子供は標的にはされない。
イジメれば自分の方にリスクが降りかかる相手の事はイジメない。
逆に味方がおらず、家族からも疎まれている者はイジメ放題となる。
要するにイジメを楽しむ人達は
「自分達にリスクの生じないイジメ」
を行う卑怯者だらけだという事だ。
「コイツをイジメても誰も怒らない」
「コイツをイジメても誰も断罪しない」
「親ですら見捨てていて介入しない」
または
「親も地域でイジメられて家族ごと孤立している」
と丸分かりの弱者が標的にされる。
前世の親は私が周りから仲間外れにされてたのを
「お前に人間性の問題があるから友達もできないんだろう」
と見做していた。私を見捨てていた。
だけどもしも両親に私への愛情が有ったとして…
近所の子達の親達や学校の教師やクラスメイトの親達に
「ウチの子を仲間外れにするのをやめさせて欲しい」
「子供達に仲間外れはいけないと徹底してしつけて欲しい」
と苦情を言ってくれたとして…
「何か改善されただろうか?」
と冷静に考えてみると
「何も変わらなかっただろうな」
と解る。
両親は私を切り捨てる事で
「親も地域でイジメられて家族ごと孤立する」
事態を避けようとしてた気がする。
それこそ潜在的選択によって…。
「イジメられてる子の味方をした者もイジメられるようになる」
というパターンがあると
それを避けたい人達はそれこそ
「イジメなんて存在してません」
と見て見ぬフリをするのだ。
イジメられてる子に個人としては問題があって
無自覚に相手を傷つけているから
報復として嫌がらせされているのだと
子供同士の行き違いによる軽い喧嘩の類なのだと
そう見做そうとする。
客観的にはイジメの有無は分かりにくい。
そうした判別の難しさに紛れ
「イジメなど存在していない」
と勝手に決めつけ、イジメられっ子を切り捨てる人間だらけだった。
だけどーー
揶揄って嘲笑するような軽薄な嫌がらせと違い
イジメは粘着で標的を固定してしつこく憎み嫌う。
判別は決してできないものではない。
陰湿なイジメは女子よりも男子がやる事が多い。
或いは性根が男寄りの女。
所謂「女の腐ったみたいなヤツ」という言葉が当てはまる連中。
そういう連中がいると、弱者は散々な目に遭わされる…。
前世の私は運が良かったから
「女の腐ったみたいなヤツ」
が身近におらず…
「居ないものとして扱われる」
疎外しか体験していなかった。
まぁ、それでも社会には大人が沢山いたのだし
そうやって爪弾きにされてる子供がいれば
「良心あるマトモな大人なら」
何とか環境を改善するべきだと考えた筈だろう。
しかし、あの社会にはマトモな大人がいなかった。
あの社会だけでなく
あの国全体で
いや、あの世界全体で
マトモな大人などいなかったのかも知れない。
(この世界では、今まで両親が居たから、世の中の大人がマトモなのかどうかなんて全く関係なく幸せでいられた…)
今後はまた、あの世界同様に
「女の腐ったみたいなヤツが居れば執拗かつ粘着にイジメられる」
「女の腐ったみたいなヤツが居なくても無視され孤立無縁で搾取される」
の二択しかない運命を味わされるのかも知れない…。
(できるだけ教室に荷物を残さないように気をつけよう…)
と思った。
前世では机の中に翌日も使う教科書ノート類を入れておくと翌日にはゴミ箱に入れられていたものだ。
今世で同じ事をやられたとしてリリアンである私が今それを耐えるかどうかは分からない。
早々にブライトウェル辺境伯家から飛び出して平民として生きる日が早まるかも知れない。
(リリアンて、本当に大事にされてたんだな…。前世では身近だったイジメを両親健在時は全く気付かずに生きて来れたんだから…)
ブルクハルトが保護者として、どの程度護ってくれる気でいるのかが分からない。
もしかしたら私の側に落ち度がない状態でイジメられた場合には、ちゃんと相手側の罪を追求して謝罪・賠償要求してくれる気はあるのかも知れないけど…
(味方して欲しかったら「味方する事で得られるメリット」を分かりやすく提示しておくべきなのかも知れないな)
と思う。
親以外の人間が無条件で味方になってくれる筈がないのだから…。
ボルネフェルト伯爵令嬢は元々友達だったらしいイゾルデ・ヘルトリング伯爵令嬢と一緒に、いつまでこちらを見ている。
時折、表情が意地の悪そうな歪んだ笑顔に変わるので私の悪口を言ってるのだろうと判る。
(学院に居る間はトイレへ行ってる間も気を抜けないな…。下手に席を立つと、いない間に荷物に何をされるか分からない…)
学院の一日の就学時間は長くない。
一時限50分の授業が4回。
間に5分、15分、5分の休憩時間が入る。
その4回の授業の後は昼食時間。
昼食時間後は部活動が推奨されているため授業はない。
部活動は義務。
いずこかの部に入部しておかなければならない。
私は中等部では彫刻部に入っていた。
王立学院では
舞踏会
剣術大会
研究発表会
音楽祭
などのイベントを開催するので
各部活はそれに協力しなければならない。
彫刻部は
舞踏会では会場を飾るオブジェの創作。
剣術大会では老朽化した木剣の代わりに新しい木剣を創作。
研究発表会では芸術作品としての彫刻作品を創作。
音楽祭では楽器の木製部品の修繕。
そうした作業に従事していた。
私もちょっとした木工職人並みには頑張っていたと思う。
今後はどうなる事やら…。
(高等部では魔道具部に入りたいけど、他の部員次第では後悔するのかも知れない…)
人間関係が地獄な環境だけは避けたい…。
部活動に関して色々悩んでいる間にも授業は進み、4時限の授業が終わった…。




