44:ブルクハルト・クンツ視点14
ブライトウェル城に残してきたルドルフから、ブライトウェル領内の主な出来事の報告が届いていた。
ルドルフ・アーレントは皇子が引き抜いた元文官。
普通は「当主代理」と言えば当主の弟妹や従兄弟・又従兄弟などの血縁者が務めるものだが…
赤の他人と厳正な契約を結んで当主代理を任せる事もある。
それがバルシュミーデ皇国における「家宰」の位置付け。
要は立会人の元、契約を結んだ「赤の他人である当主代理」だ。
俺が皇子を裏切らない限りは
皇子もルドルフが俺を裏切れないよう
圧力を掛け続けてくれる事だろう…。
「勝ち戦を率いた褒賞として広大な領地と辺境伯の肩書きが手に入る」
のは美味しい話だが、美味しい話にはそうした
「こちらが裏切れなくなる保険」
のようなものも同時に仕込まれているもの。
権力とは本当に粘着なのである…。
微妙に気を抜けない間柄ながらも、それでもルドルフは優秀だ。
アーレント家の本家は官僚一族。
分家も代々優秀な文官を輩出してきた一族。
能力面では信用している…。
そのルドルフからの報告だとーー
王都と違ってブライトウェル領では民間人の人死には少ない。
というか、ほぼない。
だがかなりの数のランドル人女性が戦時の興奮冷めやらぬ中で陵辱を受けた…。
妊娠した女性達も堕胎できるなら堕胎したいだろうし、堕胎が危険だと思い産むなら産むで「産み捨て」が起こる。
今後の対策として
「堕胎薬の仕入れと配布」
「孤児院の増設」
が必要だろうという事だ。
焼け石に水な対処であっても
「ランドル人側の不満を減らす取り組み」
を見せる事は大切だ。
あと
「大量の戦災孤児をどうするのか?」
という問題もある。
未成年者なら孤児院へやれば良いが…
ランドル王国もバルシュミーデ皇国も法的成人は15歳。
15歳以上は法的に成人扱いされるので孤児院での保護の対象にはならない。
だがその年齢では未だ何処の職場でも「見習い」扱いで、自立して生きていける額の給金を稼げていない。
親の稼ぎにぶら下りながら「見習い」で働いていた若者らに急遽自立を強いる事になっている。
父親の戦死が各家庭へともたらすのは家族を失った悲しみだけでなく生活面での支えの撤去という面も強い。
ただ暮らしていく、というだけの事で苦労する事になる人間が大量に生み出された訳だ。
今後起こり得る差別として
「バルシュミーデの血が混じった混血児がランドル人達に虐げられる」
事態も想定される。
バルシュミーデ皇国の後ろ盾がある生粋のバルシュミーデ人に対しては
「返り討ちに遭い粛正されるのが怖い」
から手出ししてくる者は少ないだろうが…
「バルシュミーデへの怒りが収まらない」
ランドル人達は、その怒りの矛先を混血児へ向けるのではないかと思われる…。
あと、状況が落ち着くまでは検問の強化も必要だ。
ブライトウェル領内のランドル人戦闘員・資産家を
「無力化する」べく徹底した武器・資産の没収を行なっているが…
他の領地に助けを求めてバルシュミーデへの叛意で団結されても困る。
無力化を強いて
それでいて生きる気力は維持させる。
そうした塩梅を間違わぬ締め付けが必要となるのだ。
多数のランドル人達に
「バルシュミーデに支配される事で以前よりも暮らしが良くなった」
と感じさせる方向へ思考誘導するのは勿論
並行して実際に
「バルシュミーデの麾下に組み込まれた利点」
を生み出し、それを認識させなければならない。
施政は難しい…。
******************
アザール系貴族達の屋敷から没収した書類の数々は意外な情報をもたらしてくれていた。
彼らは仲間以外の人間の弱味を探して情報共有していたので
「誰が誰を狙って暗殺者ギルドに暗殺の依頼をしたか」
などのギルドで保管されていたと思しき契約書の写しが多数見つかったのだった。
ランドル王国内の人間関係の対立図がよく分かるというもの。
中には俺の知人に関係する古い依頼もあった。
「女騎士ザラ・アシュトンとその娘ワンダを無事にバルシュミーデ皇国まで逃がすために、彼女達を処分しようとする辺境伯の追手を始末してほしい」
という依頼が出ていた。
ワンダが幼かった頃の話なので20年近く前の依頼だ。
フローレンス・レヴァイン。
つまり元王女、現女王の署名がある。
(ザラとフローレンス王女が友人だった、とかなのか?)
と思わなくもないが…
「辺境伯の追手」という部分が気になる。
(辺境伯って、ランドル王国の辺境伯はブライトウェル辺境伯だけだよな…)
当時の辺境伯はエリアル・ベニントンの父親アルヴィン・ベニントンだった筈。
それがザラ・アシュトンに追手を仕掛けていたというのなら…
(ワンダはエリアル・ベニントンの娘だった、とか?)
貴族令息が若気の至りで婚外子を持った場合、その親が息子を誑かした女とその子供を殺そうとするのは普通の事だ。
(それだと、ワンダはリリアン嬢と異母姉妹という事になるが…似てないものだな…。余りにも似てない…)
ワンダが野生味溢れる雌狼だとするなら
リリアン嬢は人に飼われた美猫のようなもの。
リリアン嬢から見てワンダのような存在はこれまた存在する事自体を認めたくない辺境伯家の汚点の筈だ。
(うん。あのビッチとの事は絶対一生話さないし、未来永劫「無かったこと」にしよう)
それにしても…
暗殺者が複数回送り込まれた標的の人物の中にはレベッカ・ベニントンの名前もある。
暗殺者を送り込んだ側の名前には、これまたフローレンス・レヴァインの名前がある。
元王女はレベッカ夫人が余程お気に召さなかったようだ。
ザラ・アシュトンと友人だった線は薄い。
おそらくザラ・アシュトンとワンダを生き延びさせる事自体がレベッカ夫人への嫌がらせか、そもそもがザラ自体が元王女の手の者だったのだろう。
(それにしても、フローレンス女王は公爵夫人時代、大丈夫だったのか?王女が特定の貴族に暗殺者を差し向けて、その証拠が握られるだなんて、相当な額の金品をゆすり取られてきてるんじゃないのか?)
だとしたら、元王女はバルシュミーデ皇国の侵攻によりランドル王国内のアザール系権力が解体されて随分とホッとした筈だ。
しかも殺したいほど嫌いだったレベッカ夫人も自死している。
さぞや自分の幸運に小躍りしたい気分だろう。
(フローレンス女王…。アラーナ王女とヴィクトール皇子の結婚式後には「ジワジワ具合が悪くなって数年後に病死する事になっている」女だが…。意外に曲者だったな)
こういった文書の内容は端的にまとめて報告するものなのだろうが…
ヴィクトール皇子の場合は
「何でも自分で把握しておかないと気が済まない」
たちらしくて、証拠品の文書の提出が求められる。
危険因子との判断がくだれば、フローレンス女王の寿命は予定よりも短くなるのかも知れない…。
(フローレンス女王がクレーバーン公爵夫人だった頃にどれだけの額の金をアザール系権力に啜り取られていたのかも調べないとな)
莫大な額の金がクレーバーン公爵家から啜り取られていたと考えるなら
アザール系権力から没収した財産は少な過ぎるのだ。
何せクレーバーン公爵領にはダンジョンがある。
ダンジョン産の資源で潤っている公爵家だ。
クレーバーン公爵、アラン・チャニングはフローレンスとアラーナが王家へ戻ると早速愛人と婚外子を屋敷に引き入れたらしい。
政略結婚は愛のない結婚となる場合も多いが、クレーバーン公爵家の場合はそれが顕著だ。
元国王サディアスの治世で宰相だったダウズウェル公爵ロードリック・クロックフォードもワイアット侯爵家出の夫人マライアと不仲だったらしく…
「ダウズウェル公爵家の金をマライア夫人がワイアット侯爵家へ横流ししていた」
事が明らかになっている。
ワイアット侯爵…。
セドリック・リヴィングストン。
アザール系貴族の中でも特に悪質だった男。
奴隷商ギルドのギルマスでもあり、国際的誣告の元凶でもある。
そうーー
俺が処分した男だ。
ダウズウェル公爵夫人だったマライアは
「ただ実家へ(兄へ)家族として仕送りしていただけで、実家がしていた悪事に関しては知らなかった」
と連座処刑を免れようとしたが…
夫のダウズウェル公爵自身が夫人の有罪を決定付ける証拠品として
「夫人が実家から受け取っていた手紙類」
を提出した事で処刑が決まった。
そのダウズウェル公爵。
妻のマライアとの間には子供がいないのに、どうやら2歳になる婚外子が(男子が)居る。
その婚外子を養子として引き取った後、嫡男として公表しようとした所を妻に反対されて堪忍袋の緒が切れたらしい。
その婚外子を産んだとされる愛人は去年亡くなっているのだ。
それが随分と若い女だった。
41歳の男が去年22歳で死んでいる女を(生きていたら23歳)大事に囲っていた訳だ。年齢差は実に18歳差。
俺がリリアン嬢に手を出すのを躊躇うのが馬鹿らしくなるくらいに、世の男どもは歳の離れた若い女に普通に血迷っているものらしい。
マライア夫人が夫の愛人殺害を依頼していたのかどうかは分からない。
アザール系貴族達が所持していた暗殺者ギルドとの契約書はアザール系以外の派閥の者達がサインしたものばかり。
それらは弱味を握るためのものだからだ。
マライア夫人が夫の愛人を始末させていたとしても証拠は彼女の身内が処分させている事だろう。
だがダウズウェル公爵のあの様子ではマライア夫人が愛人の死に関わりがある可能性が高い。
政略結婚は一歩間違うとどこまでも人を不幸にする。
(俺は、ああはなりたくないものだ…)
と思いながら、明朝にでも皇子へ渡せるように文書を筆跡と書かれた日時順に仕分けした…。




