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43:ブルクハルト・クンツ視点13

挿絵(By みてみん)


華奢な美人の多いランドル貴族令嬢の中でもリリアン嬢は抜きん出て綺麗な娘だと思う。


リリアン嬢が年齢的に若過ぎて、異性として性的に意識するのは不謹慎だと感じるので…

「18歳までは白い結婚を」

と提案し受け入れられたが…


もしかしたらその間にリリアン嬢は誰か好きな相手を見つけ

俺の元から逃げてしまうのかも知れない。

誘惑は多いだろうし引く手数多だろう。


女性不信気味の皇子はリリアン嬢に塩対応だが…

公子の方は明らかにリリアン嬢の容姿に惹かれるものを感じたようだ。

瞬きすら忘れてジッと彼女を見入る様子は恋する青年そのものだと思った。


(気に入らないな…)

と思ったものの、俺には嫉妬する権利などない。


それこそ俺という存在は彼女にとって

「親の仇」

だ。


彼女という存在は俺にとって

「寝首をかかれないように気をつけるべき相手」

となる。


(皇子は俺に対する善意でリリアン嬢を牽制したんだろうが…)

逆効果だったんじゃないかという気がする。


(余計嫌われたのかも知れない…)


リリアン嬢が日本語をランドル語へ翻訳したのを原文と比較しながら

俺もバルシュミーデ語へと翻訳した。


前世では生まれがアジアを股にかけて暗躍する犯罪一族だった事もあり複数の言語の習得は犯罪者として一人前になるための必須教養だった。

お陰で日本語も分かる。

だが日本の文化や価値観までは分からない。


現地人になり済ますには天気の話や健康情報の小ネタや耳寄りな買い物情報について話す以外では聞き役に回った方が良い。

どんなに完璧に言語を習得しても文化や価値観までは共有できないからだ。


そんな事もあり俺には

「『アカオト3』という言葉の意味」

が分からなかった。


リリアン嬢の翻訳のお手本を見る事で

(あっ!これって乙女ゲームのタイトルを略したものだったのか!)

と分かったが…正直、俺はゲームなどした事がない。


オンラインゲームのサイトなども運営側に不正アクセスして課金ユーザーの顧客情報を盗む対象でしかない。

ゲームなどにハマって金を使う連中の気がしれない。


気になるのは

(リリアン嬢は前世では日本人だったのだろうか)

という事と

(乙女ゲームをしてたのか)

という事。


俺には乙女ゲームをプレイする女性の気持ちが分からなかったし、今も分からない。

ああいうものは現実では恋愛できない女性が恋愛を疑似体験するためのコンテンツなのだろうか?


リリアン嬢を見る限りは

「恋に恋する」

ような思春期少女にありがちな

「現実への妙な期待」

らしきものがあるようには感じない。


寧ろ

「人生が辛いから現実逃避を必要とした」

ような殺伐とした

「人生への怒り」

を感じる。


今更ながら

(俺は自分以外の立場の者達にも存在していた苦労に対して存在していないもののように見立てていたんだな…)

と判ってしまう。


自分達以外の者達は皆恵まれているのだと

自発的に現実を誤認識するから

自分達以外の人々を

平気で標的にして餌食にできるのだという…

そういう心理があの頃の自分にはあった。


それこそランドル王国内のアザール系勢力の連中は末端のショボい貧乏人に至るまで、自分達を美化するために

「自分達は虐げられ不当な目に遭わされてきた」

という史実歪曲・現実認識歪曲を行なっていたのだが。

アレと同じだ。


「幸せに生きてるマジョリティーを(ランドル人達を)地獄に落として報復しなければ割に合わない」

と犯罪正当化・侵略正当化するための倒錯思考。

思考も存在そのものもイビツ過ぎた。


俺が感じるアザール人達への怒りは

「何故あんなにも歪んだ人生が生み出されていたのか?」

という過去への怒りなのだと思う。


アングラ戦の駒として生み出されていた存在なら

幸せと無縁に生きるのが当たり前なのに…

それを理解できていなかった。

理解できていなかったが故の逆恨み。


一般人の皆様が自分達を疎外しているから

アイツらが悪いから

自分達は日陰モノなのだと

自分達は無邪気になれないのだと

逆恨みして

一般人の皆様を騙し討ちする犯罪を正当化しようとしていた。


ただそういう状態に関して俺は

「人間というものは自力のみで倒錯できるものではない」

と思っている。


とことん狂って、とことん有害な存在になるように…

「外部から干渉され操作されるから」

人間はああまでも不毛な有害寄生虫のような生き物に、癌細胞のような生き物に、なってしまえるのだ。


だが癌細胞が育つ体内で正常な細胞は成長を阻害され活動萎縮を強いられていくように…

癌細胞のような組織的集団がのさばる社会は病んでいく。


社会は、国は、癌に冒された人体さながらの「死に体」となり…

人々は疲弊する。

自分達の貧しさと孤独の原因が何かすら気が付かず死んでいく。


癌細胞としての繁栄を堪能できなかった癌細胞は

繁栄を貪る癌細胞みたいな連中が国を壊す関連を理解できるからこそ

「癌細胞を切除する」

ように

「癌細胞のような組織的集団を粛正排除する必要がある」

事も理解できる。


当たり前の道理だ。

それを理解できていない人達ばかりになると

あの世界のように世界全体が狂って病んで

犯罪者はゲーム感覚みたいな娯楽性を楽しみだすのだろうが…

そうした事実すら、やはり圧倒的多数の人達は何もわからないのだろう。


悔しさや恨みを抱えて怨念の溟い沼へ魂が囚われ

自暴自棄になり

自分を苦しめた敵と似た類似点のある弱者を憎み

すり替え報復のような真似をする卑怯へ堕ちるのは容易い。


だが自分の感じた悔しさや恨みを

「真実を知りたい」

という所へ注がないと真実は見えてこない。


今世の俺が国防のアングラ戦を理解できるのは前世の経験が土壌にある。

尤も今は反社会的勢力の所属ではなく、それを狩る側なのだが…。


ふと思う。

悪の中に生まれて

悪の中に生きて

悪の中から弾き出され

全てを失い

悔いて

生き直す者が

悪と対峙して

悪を誅するのは

予定調和というものなのではないのか、と。


悪の側からすれば

切り捨てた元仲間が刃向かって来るのは

裏切りのように見えるのだろうが


そもそも悪の存在自体が

無害な無辜の存在を欺き裏切っている悪なのだ。

裏切り者が裏切られても

誰の事も恨む筋合いはない筈。


俺が悪を誅するのは一見すると

「悪から弾き出された(仲間外れにされた)腹いせ」

のようにも見えるかも知れないが…


俺には

「俺以前にも俺のような存在がいた」

ように思えてならない。


そして俺が死んだ後も

「俺のような存在が輩出され続ける」

ように思えてならない。


必要があって

「悪から生まれて、悪を誅する存在」

が生み出され続けるのだと

何故かそう感じてしまう。


こう感じてしまう事自体が自分の中から罪悪感を消す自己美化なのかも知れないが…

それでも悪の側の自己美化を相殺するのに丁度良い自己美化だと思う。


悪の自己美化と

粛正者の自己美化が

ぶつかり相殺し合って無に還る。


おそらく一般人の皆様はそんな現象が起きても、それを認識すらしないし、できない。

誰にも理解されない。


そもそも「理解」という心的体験自体が「現象体験」における相似性・類似性を必要とする。


俺を理解するには

俺の体験と同じような体験をする必要がある。


ならば俺は

「誰からも理解してもらえなくて良い」

と思う。


ただ

「悪を知らぬ優しい者達を愛し愛でる資格を与えて欲しい」

とだけ思う。


愛し返してもらえなくても構わないからーーー。



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