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挿絵(By みてみん)


(なんか腹立つ…)


いちいち目の前で明言されなくても分かってる事を

わざわざ明言する所に並々ならぬ悪意を感じつつ…

「ええ、存じております」

と返答をした。


顔に表情を出すと怒りが滲み出てしまうと思い、極力無表情を装った。


(「悪意的な相手と対峙しても取り乱さないように」という教育はちゃんと保険代わりに受けてきてるけど、社会的上位者のくせに手軽に下位の者へ悪意を向ける「弱い者イジメ大好き人間」はやっぱりバルシュミーデにもいたんだな…)

と皇族の腹黒さを痛感…。


「君には聞いておかなければならない事が他にもある」

皇子は私に対して取り繕うのをやめたらしく、私を見る視線はすでに不審者を見るそれに変わっている。


「…お答えできるような事なら良いのですが」

と言いながら口元が皮肉気に片方だけ吊り上がりそうになったので

(いかんいかん)

と自制して無表情を貫いた。


(こういう人、ホント嫌いだな…)

と思う。


ヴィクトール皇子。

年齢的には私より六つ歳上の兄姉と同じ。21歳。

ランドル王国の王族同様に君主一族は外交上の顔役となるため、整った容姿で産まれる事は義務だとすら言える環境だろう。

厳しい表情が顔に張り付いているかのようで、美しいというよりは精悍な容姿だと言える。


(私から見て従兄弟にあたるとしても私とは似てない、勿論お兄様にも全く似てない…)

ヴィクトール皇子は母方の容姿は受け継がず、父方の容姿を受け継いだ人なのだと思う。


ランドル人とバルシュミーデ人とでは骨格も色目も違う。

ランドル人は比較的目が大きく顎の尖った顔立ち。骨格も骨ばっておらず、太りにくく細身。茶色の髪や金褐色の髪が多い。

一方でバルシュミーデ人は目が小さく唇が薄い。鼻梁が長く顎が割れている顔立ち。身体全体がゴツくて毛濃いくて肥満してる人が多い。髪色は金色や白金色が多い。


バルシュミーデ人は色素の薄い筋骨隆々の野蛮人に見えるし、ヴィクトール皇子もそうした血統を継いでいるように見える。

ブルクハルトやコルネリウス公子の方が多少ランドル人寄りの容姿に見えるくらいに皇子は典型的バルシュミーデ人。


第一皇子、とは言っても皇太子ではない。


先代皇王が若い側室との間に末っ子をもうけて

当時皇太子だった現皇王に

「皇位を譲るから俺の末っ子をお前の養子にして大事に育てるように」

と子育てを押し付けた。


先代皇王とその支持者達は皇位を譲った後も

その時の末っ子皇子を猛プッシュ。


「第一皇子に問題が無ければ当然第一皇子が皇太子になる」

というそれまでの慣例を覆して

「先王の末っ子皇子こそが皇太子に相応しかろう」

という勢力を作り上げたらしい。


余程先代は可愛い末っ子を皇位に就けたかったようだ。

先代皇王は3年前に亡くなっているが、その頃くらいから側妃達が産んだ皇子達は事故や病死で次々と亡くなっていて、今では皇子は

第一皇子

第二皇子

第三皇子

の3名のみ。


第一皇子は昔からヴィクトール皇子を指すが

第二皇子の呼称は今では先王の末っ子皇子を指すようになっている。

そして第三皇子はヴィクトール皇子と同様に正妃の息子。若干12歳。


第二皇子はまだ13歳だが、バルシュミーデ皇国の宮廷では既に皇太子候補筆頭として扱われている。


そしてヴィクトール皇子が今現在ランドル王国に居て

ランドル王国の実質的王権を手にしている事から…

「バルシュミーデ皇国の皇太子は第二皇子に決まった」

と解釈するのが自然だ。


そういった背景がバルシュミーデ皇国の皇子にはある。


(「こんな小国など欲しくなかった」「本国の玉座こそが欲しかった」とか不満に思ってるから、私みたいな何もできない小娘にまでいちいち狭量な対応を取るのかもね…)


相手の置かれている環境に目をやると多少は同情すべき点も考慮できる。

とは言え、ムカつくものはムカつく。


表情は無表情ながらも皇子を見る視線はゴミを見るような視線になっていたのかも知れない。

私の顔を見ると皇子は露骨に顔を顰めた。


「…ブライトウェル城に侵入して隠し扉を開け、夫人愛用の私物と夫人が書き記していたと思われる文書の類を盗み出そうとした女がいるんだ。

勿論、すぐに捉えられているが、その女は『リリアン様の指示です』と主張したらしい。何か身に覚えはあるか?」


身に覚えも何もーー

その女がグラインディー侯爵家の侍女長なら

その女の言う通り私が指示した事になる。


「その女の名前は何というのでしょう?」


「ブリトニーと名乗ったそうだが偽名の可能性もある」


「あ、いえ。ブリトニーと名乗ったのなら、その女はレベッカお母様の信者の一人で間違いないと思います」


侍女長はそういう名前だ。

正確にはブリトニー・ルース。グラインディー侯爵家の親戚。

姓を名乗らなかったのはグラインディー侯爵家への飛び火を恐れたためだろう。


「信者?」


「ええ。お母様を崇拝する信者の中には私をよく思わないものも居て、私はその女に毒をもられました。

彼女にはお母様と容姿だけよく似た私が平凡な令嬢である事が許し難かったみたいです。

なので『そんなにお母様の事が好きならブライトウェル城へ行って遺品を持って来るように』と命じる事で償いの代わりにしました」


「毒をもられたのか!?」

「何故警備隊に通報しなかった!」

「犯罪者を野放しにしたのか!」


「…毒をもられた被害者自身である私が決めた罰です。第三者にどうこう言われる筋合いはありません」


「しかし、その時点では君はブルクハルトとの婚姻を知らなかったんじゃないのか?要は他人の留守宅へ忍び込むよう窃盗依頼をしたようなものだろう?」


「…ブライトウェル城は私の家です。自分の家にある家族のものを取りに行くよう使用人に命じる事自体は罪にならない筈ですよね?

バルシュミーデ軍に占領されているから女独りで行くのはリスクが高いものの、そうしたお遣いは何ら奇妙な行為でもないのでは?」


「…占領された城を未だに本気で自分の家だと思っているのなら、自分で取りに行けば良かっただろ?君の言葉は詭弁だらけだ」


「私はまだ貴族令嬢です。使用人を使う方が効率が良く私自身へ及ぶ危険も少ないならそうして良いという権限がまだあります」


「なるほど。君は『お母様が書いた、読めない文字で書かれた文書が有ったなら私の手元に必ず届けてください』と言ったらしいが、それはどういう意味だ?」


「どういう意味も何もお母様から教わった暗号で書かれたものを読む事で故人の思惑が判るかも知れないと期待してのものです。

遺書も何も残さずに自決なされたという話だったので『何故私と姉を放り出して独りで先に逝ってしまわれたのか知りたい』と思うのは娘として当然だと思います。

別にバルシュミーデ皇国を相手どって悪だくみするような意図はないので無駄に不安がって被害妄想におなりにならなくても宜しいのではありませんか?」


「無駄に不安がって被害妄想に、ね…」


「…言葉が過ぎましたか。…申し訳ありません」


「いや、別に良い。そんな言葉使いに揚げ足を取るよりも君が嘘を吐いているらしい事の方が問題だ」


「私は嘘など吐いてませんが?」


「そうか?」


「ブルクハルト。どう思う?彼女は嘘を吐いていないと思うか?」

「…判断しかねます」


「…ブルクハルトは夫人の残した文書を読んで『異世界の言語だ』と断定していたじゃないか」

「ええ。此処とは違う世界の日本という国の言葉で書かれていました」


皇子とブルクハルトのやり取りを聞いて嫌な予感がしてくる…。

(なんでブルクハルトの口から「日本」という国名が出てくるの!?)


「そうした言語を暗号として使うのは難易度が高く非合理だ。ブルクハルト、そうじゃないか?」

「…はい。異世界で実際に使われている言語を暗号代わりに使うのは非合理です。先ずは言語を覚えるのに一苦労するし、それでいて異世界の記憶を持つ人間が他に居れば何の苦労もなく簡単に読み出されてしまう。

わざわざ一から言語を習得させて暗号代わりに利用するのは苦労の割りに秘匿化が徹底できず、余りにも非合理的です」


「…その非合理的な暗号のやり取りをレベッカ夫人は正体不明の者と密かに行っていただけでなく、娘のリリアン嬢にまで暗号を教えて遺書代わりに残したと?」

「その可能性は低いですがゼロとは言い切れません」


「…お前は実はリリアン嬢の事がとても好きなんじゃないのか?なんだか必死に『リリアン嬢が嘘を吐く筈がない』と擁護しているように見えるぞ」

「書類上の縁とは言え、夫が妻を信じなくてどうしますか」


「…お前の律儀さは分かった。もう良い。お前の意見は一先ず棚上げだ」

「スミマセン…」


「私はブルクハルトと違って『リリアン嬢は平気で嘘を吐ける少女だ』と認識している。だから普通に誰もがこう推理するであろう推理を述べるが…。

つまるところ私はこう思ったんだ。

レベッカ夫人の内面には秘密があった。本当に異世界からの転生者だったのか、精神異常を抱えた天才だったのか、真実は定かではないが…異世界言語で手紙をやり取りしていた相手もレベッカ夫人と同じ価値観を共有していた。

リリアン嬢に関してはおそらくレベッカ夫人から何らかの洗脳を受けていて、異世界言語で書かれたものをバルシュミーデ人に見られるのはマズイと判断して回収しようとした。

リリアン嬢はレベッカ夫人が普通ではない事を知っていた訳だ。

なのにリリアン嬢は娘が親の遺志を汲み取りたいと願う情緒主義的事情を装っている。不信感しか湧かないだろ?」

皇子が私を鋭い視線で見つめるが…


(知らんがな。アンタ側の偏見なんか)

としか思えない。


そもそも今日会ったばかりの人に異世界からの転生者ですと告白する馬鹿正直な人間がどれだけいるのか。

それこそ異世界からの転生者を異端者扱いで危険視するような相手かも知れないのだ。


(アンタ自身が他人を不安がらせる以上、誰もアンタの前で正直になんてなれないと思うんだぁ〜…)

と内心で冷笑するしかない…。


しかし、この皇子は多分「転生者です」と正直に話したら信じる人だったのかも知れないと、今更思う。

彼らのやり取りから察するにブルクハルトは「転生者」だ。

そして皇子はブルクハルトの自己申告を信じている。


母レベッカが誰と手紙のやり取りをしていたかは知らないけど…

要するに私とレベッカの他にも転生者がいるという事と

ブルクハルトが転生者の一人らしいという事が分かった…。


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