39
不意に皇子が神妙な表情になって
「…正直、ランドル人が普段食べている食事とバルシュミーデ人の伝統料理とでは味付けが違い過ぎると思っている。
私の母方の祖母はランドル王国の元王女だったが嫁いで来て一番困ったのは食べ物が合わない点だったそうだ」
と言い出した。
王族は外交の顔役なので文化の違いに対しても、相手国の領土に一歩踏み込めば相手側に合わせる外交ルールに沿って生きなければならない。
王族がただ威張ってるだけでは国は立ち行かないので
王族の精神的負担はそれなりに大きいという事は私でも判る。
ブルクハルトが皇子の言葉に
「皇子殿下の母方の祖母というとリリー・リサ先皇弟妃殿下ですね」
と確認を取るような問いを発した。
「そう。リサお祖母様…」
「…ランドル人の女性というのは似た顔の人が多いんでしょうか?」
そう言いながらブルクハルトの表情は釈然としない様子だ。
皇子はフッと軽く笑って
「何故そう思う?」
と意味あり気な目付きで小首を傾げた。
「あ、いえ、先皇弟妃殿下のお顔がリリアン嬢と似通ってるな、と今初めて気付いて、二人が『ランドル人らしい顔立ちというものなのか?』と思ったのですが…」
「流石に気付くか…」
「…先皇弟妃殿下の話題になったから気付いただけで、言われなければ多分ずっと気付きませんでしたよ」
「だろうな」
「リリアン嬢の母君の実家はグラインディー侯爵家なのだろう?」
皇子が私の方へ話を振ってきたので
「はい」
と返事をした。
「そして母君の母君、リリアン嬢の母方の祖母はマスグレイヴ侯爵家…」
「はい。グラインディー侯爵家もマスグレイヴ侯爵家も高位貴族ですのでランドル王家から王女が降嫁されたり、アザール王国の公爵家から政略で公女が嫁いで来られたりしています。
髪の色、瞳の色がアザール王国の色で、顔立ちがランドル王家に近しくても不思議はないかと思います」
「…そう思うように言いくるめられて育ったんだね?君が嘘を吐いてる様子はない」
「?」
「だけど11年前にお祖母様が病で亡くなる間際に告白なさった事柄があって、私達はその当時から君の母上に関してはその血筋の秘密を知っていたんだよ。
…今言っても信じてはくれないだろうが、『ブライトウェル城へ攻め入る際には辺境伯夫人に危害を加えないように』と厳命を出していた。
何故なら、レベッカ夫人は私の祖母が産んだ長女。私の母であるバルシュミーデ皇妃の姉にあたる御方なのだからね。
見る者が見れば『皇族の親近者だ』と一目で判る女性を流石に平兵士如きに蹂躙させる訳にはいかないだろう。
なのにレベッカ夫人はこちらの配慮虚しく自決を選んでしまった。お祖母様が死ぬ間際に気に掛けていた御方をみすみす死なせてしまって、こちらも後味の悪い思いをしている。
だからせめて君が無事で良かったと、本当に心から思っている」
「………」
皇子の言葉にーー
ブルクハルトは絶句している…。
「…そういう訳だ。リリアン嬢は私の従姉妹という事になる。見た目がレベッカ夫人によく似てるお陰で、見る人が見れば、その血縁は直ぐにそれと知れるだろう。
今後利用しようと擦り寄ってくる者もあるだろうから、ブルクハルトはその辺の警戒も怠らずに良くしてやって欲しい」
「…そうだったんですね」
ブルクハルトは納得して頷いているが
「………」
私は納得がいかない。
(お母様が先皇弟妃の不貞の子だと判った時点で皇室側はお母様を始末したかったんじゃないの?)
と思ってしまう。
ゲーム内で
「レベッカ・ルースがバルシュミーデ皇国に嫁いだリリー・リサ王妹殿下の子だ」
と発覚するのはーー
それこそ攻略対象の6人を全員攻略した後で開放される
裏ルートのプレイが進んでの事だ。
リリー・リサは脇役として裏ルートに少し登場する。
ゲーム内設定ではあるが、バルシュミーデ皇国では人が簡単に殺される。
人の命の価値がランドル王国よりも随分と低いのが彼らの国なのだ。
誰がどんな感情を勝手に心のうちで育んでいるのか…
分かったものではない。
皇族が私に対しても内心で殺意を滾らせている可能性は充分にある…。
「…バルシュミーデへの輿入れが決まってた時点での不貞による妊娠・出産。本来なら死ぬまで事実を口にせずに墓まで持って行くべき秘密だったろうに、危篤状態だと俗世への配慮を忘れてしまうのだろう。
最期の最期でお祖母様は、産み捨てた子のその後を心配して後悔する一人の母親だった…」
皇子はしんみりと言うが
(情緒的に見せかけてるだけなのかも…)
と疑わしく感じる。
「そうなると、辺境伯夫人の遺体は埋葬し直した方が良いんでしょうか?戦死者達と同じ共同墓地に埋葬しましたが…」
「君が討ち取った辺境伯も共同墓地なんだろう?」
「ええ、まぁ」
「それなら、そのままの方が良いだろう。辺境伯夫妻は仲睦まじい夫婦だったと皆口を揃えて言っているし、引き離すのは夫人も本意ではなかろう」
(この人、ブルクハルトに「君が討ち取った」って言ったけど…。やっぱりお父様を殺した人って…)
「…リリアン嬢。何を考えているのかは表情を見れば判る。君の想像通り、君は、君の父親を殺した仇と夫婦になっている。
理解して欲しいのは『無理に愛し合う必要はない』という事と『大人しく囲われて生きてくれるのが双方にとって一番無難だ』という事だ」
「…私が逃げ出すかも知れないと思ってるんですね?」
「そうだ。事実逃げたいと思ってるだろ?」
「………」
(要は「逃す気はないからな」という恫喝のためにわざわざ押しかけて来たって訳?嫌な男…)
「君は父親に可愛がられて育ったようだから余程薄情じゃないなら親の仇に対して内心で含むところがある筈だ」
「… それこそ不服を持つ権利もない人間は何が降りかかっても運命だと諦めるか逃げるかの二択しかないと思いますから」
「仇討ちは考えないのかい?」
「…私が無学で衝動的な平民なら自分の力を見誤って『親の仇は憎い!必ず殺してやる!』などと宣言するのかも知れませんが、私は自分が無力である事を自覚している貴族です。
私が何かしようとしても迎撃で殺される図式がしっかり描かれている枠内に囚われている以上、無為にならざるを得ません。
死にたくなければ『不服を持つ権利が認められていない』事実を受け止めて、何も考えず無心で生き延びる事だけを考えるしかないのだと思います」
「逃げる気はない、とは言わないのだな?」
「自分のできる事しかできないかと思います。弱者は…」
「…そうか。とりあえずは安心だね。君はブルクハルトを憎んで寝首をかく機会を虎視眈々と狙い続けるような性格ではなさそうだ」
「皇子殿下…」
「ヴィクトール様…」
ブルクハルトとコルネリウスが皇子の思惑を悟ったらしく、皇子の顔を見て頭を下げた。
「私がブルクハルト様の寝首をかかないように牽制に来られたのですね…」
私も皇子の意図を指摘すると
「そうだ。私はお祖母様の遺言もあって本当に君の命を大事にしたい気持ちはあるのだが、それでもブルクハルトの方が大事だ。
君か彼かどちらかの命を優先するか選ぶべき時が来るなら私は迷わずブルクハルトの方を選ぶだろう」
と皇子が微笑んだ…。




