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事前に何の知らせもなかったにも関わらず、訪れていた客人はバルシュミーデ皇国でもビッグネームの二人だった。
第一皇子ヴィクトール・アーベレ・バルシュミーデ。
その乳兄弟で公爵令息のコルネリウス・アーベレ。
ヴィクトール皇子は表向きはアラーナ王女との婚姻で
「王家の婿養子」
となっているが…
実質的にはランドル王国を乗っ取ったバルシュミーデ勢力の首魁。
摂政職の実質的な新国王だ。
「訪問予定を予め知らせていたら暗殺者に狙われる」
という危険が他よりも大きいので
こういったサプライズ訪問になったものと思われる。
「すまなかったね。急な訪問で驚いただろう?」
と作り笑顔で話しかけられて
思わず頷きそうになったが
(ここで頷くと「無礼だ!」とか言って処罰しようとしてくるのかも知れない)
と警戒心が起きて
「いえ、大変光栄です」
と、こちらも作り笑いで表情を取り繕った。
こちらに対して内心でどんな先入観を持ってるのか
どんな感情を持ってるのか
分かったものじゃない相手に
「不敬罪だ!」
と言い出すネタを与えるべきではない。
(ホント、しみじみ平民が「貴族と関わりたくない」と思う気持ちに共感してしまう…)
「忙しさにかまけて、ここのところ精神的に疲労が溜まってしまっていてね。久々にブルクハルトの歯に衣着せぬ物言いを聞いて心身共にリフレッシュしたいと思ったんだ。
君には迷惑だろうと予想はついてたけど、それでも一度は顔を合わせておくべきだと思ったし、何より確かめたい事もあったからね」
「確かめたい事ですか…?」
「それは後ほど。ブルクハルトが来てから本題に入る事にしよう」
「左様ですか…」
どうやら私に関しては何かしらの情報を得ていて、本当に先入観を持っているらしい。
そういう人はどこにでも居て、度々因縁をつけられてきた。
(迷惑だな)
と思ってしまう。
ヴィクトール皇子はニコニコと笑顔を絶やさないが
(不気味だ。コワイ…)
という以外の感想は浮かばない。
平和ボケ貴族の多くが
序列上位の異性を見ると無条件に好意を持つようだが…
私にとって相手の見た目や社会的地位はどうでも良い。
「相手が自分をどう思っているのか?」
だけが重要だ。
どんなイケメンでも、相手がこちらに悪意を持ってる可能性があるなら好意を持てない。
相手が社会的上位者だと特に相手の思惑次第で不当に自分が陥れられる可能性もある。
ストレスにしかならない。
眼福になどならない。
私は私に好意的とは言えない相手に対しては一律に
(私の事は意識に入れず視界にも入れず、そっとしておいて欲しい)
と思ってしまうのだ。
「おや、お早いお着きでしたね」
とブルクハルトが笑顔で皇子と公子を歓迎するのを見て
(あ、この笑顔は本心からの笑顔だ)
と分かった。
「ああ。君の幼妻がどんな御令嬢なのか興味津々で思わず予定よりも早く来てしまった」
「幼妻、ね」
ブルクハルトが苦笑すると
コルネリウス公子が
「まさかこの婚姻に不服があるのか?」
と尋ねた。
(不服なら有るに決まってるでしょう。双方共に)
と内心でツッコミながらブルクハルトを見遣ると
「不服はないです。俺の方ではね。ですがリリアン嬢の方からすれば堪ったものではないのでは?仲の良い婚約者との婚約自体が無くなって、俺みたいな野蛮人を『婿に』と強制的にあてがわれた訳ですから」
と肩をすくめた。
(これも絶対頷いたらヤバいシチュエーションだ…)
「なるほど、リリアン嬢は不服だと…」
コルネリウス公子がチラリと視線を寄越したので
(不服はないと嘘を吐くのも失礼にあたるのだろうな…)
と悟り
曖昧に苦笑いしながら
「不服を持つ権利もない人間は何が降りかかっても運命だと諦めるか逃げるかの二択しかない気がします」
と答えた。
すると
「そうか。逃げてないなら受け入れていると見做して良いという事だな?」
と皇子が口を出してきた。
私は視線を伏せ
「仰る通りです」
と床を見つめた。
これ以上、ウダウダ話しかけられたくないのだ。
「良かったな。ブルクハルト。逃げられなくて」
皇子が愉快そうな声でそう言うと
ブルクハルトが悪びれもせずに
「ええ。良かったです。ご心配ありがとうございます」
とホッとしたような表情で答えた。
夕食のメニューは予想通りバルシュミーデ風。
粛々と食事の時間が過ぎたが、私には良さがイマイチ理解できない味付けだった。
前世の記憶が戻ってなかったら好き嫌いして食べれなかったかも知れない。
前世の記憶が戻って一番良かった事は
「好き嫌いせずに何でも食べれる」
事だと思う。
あと、貧乏が苦にならない点とか。
バルシュミーデ人達はバルシュミーデ風の味付けの料理を満足そうに食べているので、彼らの主観では美味しいのだろう。
(考えてみれば味覚って不思議だよな…)
と思う。
「リリアン嬢も気に入ってくれたようで良かった」
とブルクハルトが私を見て言うので
(進学祝いだって名目は一応覚えていてくれたのね?)
と分かった。
貧乏だったせいで食べ物なら何でも食べれる前世の自分がリリアンの中身だからこそ、普通に食べてる訳で…
甘やかされて育った元のリリアンだったら途中でフォークを置いてしまってる筈だ。
「何でも食べれる女性は好ましい」
と言うブルクハルトからはお世辞を言ってる気配はないので
「私も、何でも食べれる男性は好ましいと思います」
と返してやったら
「おや、それを言うなら私もコルネリウスもリリアン嬢の好みの男性に該当してしまうな」
と皇子が微笑んだ。
「私は好き嫌いが無いという訳でも無いのですが、両親の外交に付き添う事が度々あって『何でも美味しく食べれる』フリだけが上手になりましたよ」
そう言うコルネリウスが述べた社会的必要性は皇子にも当てはまりそうだ。
「樹海横断なんて無理難題を押し付けられて軍を率いた手前、魔物肉でも何でも率先して食べる必要があったんで、いざとなれば自分で自分の味覚を麻痺させる事はできます」
ブルクハルトは皇子達とは違う苦労がありそうだ。
ただ「樹海横断」などという言葉を聞くと
(本当にバルシュミーデ軍は樹海を越えて侵攻してきたんだな…)
と実感させられるので心境的には微妙だ…。




