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王立魔法学院高等部ーー。
前世の記憶が戻っていない本物の15歳だったら
ドキドキワクワクしていたかも知れない。
だけど私はそうじゃない。
中身は辛酸を舐めた大人だ。
(意地悪な子から絡まれるかも知れない…)
という不安がある。
恋とか友情とかへの期待で心ときめいて落ち着かない
などといった浮ついた心境にはならない。
寧ろ心的には警戒体制だ。
そうやって内心でビクビクしながら…
1時間くらいで入学式が終わり、少しホッとした。
入学式後の講堂では教科書購入。
割り当てられたクラスの教室ではクラスでの担任の挨拶。
各部活の代表が新入生の教室を訪れて部活紹介。
それで初日が終わった。
クラスメイトの自己紹介や授業は入学式の翌日から行われる。
入学初日は(去年までは)
「入寮日も兼ねていた」
ので短時間で終わるのが慣習だ。
クラスメイトの顔だけは今日のうちに覚えておこうと思ったが…
やはり名前が分からない状態だとうろ覚えになる。
ただ
(予想通りバルシュミーデ人が多い…)
と思った。
特に女子はバルシュミーデ人だらけ。
中等部で親しかった令嬢らは姿が見えない。
「入学できるランドル人貴族はバルシュミーデ人貴族と婚約した者」
という条件のお陰でランドル人の入学者数自体が少ない。
爵位と領地を継ぐ後継なら簡単にバルシュミーデ人貴族との婚約も決まるのだろうが…
後継以外の貴族子息には婚約の打診もなかなか来ない。
実質「ランドル貴族は後継者以外は学院で学べない」状態となっている。
それが女子ともなると更に限定される。
ランドル人らしき女生徒の新入生は私以外では1人だけ。
つまりランドル人女生徒の新入生は2人しかいない…。
(…絶対、イジメられそう…)
と新環境にガッカリした。
一方でーー
王立魔法学院の学費はランドル王国の国費から賄われるので
「ランドル人の金を使って学びたい」
と思ったバルシュミーデ人貴族が大勢入学してきている。
そういったバルシュミーデ人側はランドル人との婚約が必要などといった縛りもない。
本来ならバルシュミーデ皇国では学院に通う金がなく就学を諦めていたような貧乏貴族が「学費タダ・寮費タダ」の無償教育に釣られて来ているのだ。
(ああ…。こんな風に人材育成の場も乗っ取られていくんだな…)
と敗戦の社会変化を改めて感じた。
屋敷に戻ると
「お嬢様の入学祝いだそうです」
とバルシュミーデ風デザインのドレスが部屋に運び込まれていた。
(…ブルクハルトって、脳筋っぽい雰囲気の人だったし、絶対嫌がらせとかじゃない筈だけど…。分かってるけど、やっぱり気が滅入るな…)
敗戦国の孤児だし
生きてるだけで有り難いと思わなければならないのだろうけど。
それでも
(敗戦国の貴族って、悩みを打ち明けられる相手もいないんだなぁ…)
と思った。
現状に対する不満を言えば
おそらく
「反抗分子だ」
と思われて処分される。
ランドル人同士で慰め合うにでさえ
「反抗の機会を伺って団結・共謀しようとしている」
などと見做されかねない。
(今後一生誰にも本音を言わず、不満を悟られぬよう無表情に穏和に振る舞うしかないんだろうなぁ。貴族夫人としての人生では)
王立魔法学院高等部で応用魔法を身に付けたいけど…
このまま貴族夫人になるのは嫌だ。
(学べるだけ学んだら家を出て平民として市井に紛れて生きる、という人生計画で良いのかも…)
おそらく兄と姉が通っていた頃の教科書がこの屋敷の何処かに残っている。
それを探して1年生の時の教科書を私の教科書と擦り合わせてみれば…
どのくらい内容に変化があるのかが判る筈。
兄達の頃と大して変わりがないなら、それこそ教科書さえあれば独学で頑張れる。
出奔する時に教科書を持って出れば、その後も魔法の学習ができる。
(本当に嫌になったら逃げ出そう…)
グラインディー侯爵家からの独立も
ブライトウェル辺境伯家からの独立も
大して変わらない。
「親孝行をするべきだ」
と思うなら
「このまま名実共に辺境伯夫人になって後継を産んでベニントン家の血を辺境伯家に残す」
のが正解だろうけど…
長い人生を、自分を偽り続けて生きられる自信がない…。
(お父様、お祖父様、ご先祖様、お許しください…)
と心の中で謝った…。
****************
バルシュミーデ風デザインのドレスを早速着せられた。
「お祝いで夕食が豪華になるそうです」
と侍女のナタリーが厨房の様子を伝えてくれた。
「もしかして誰かお客様がお見えになられるの?」
「料理長は料理を二人分多く作るように指示されたようです」
「どなたがお見えになるのか、お名前は伺っていない、と?」
「ええ」
「重大なゲストなら私にも予め連絡しておいてくれると良いのに…」
「そこまで特別なお客様ではないから何も通達が無いのでは?」
「だと良いけどね」
当主代理も逃げて執事達も侍女達も逃げてるこの屋敷では使用人達の統率が上手くいってるように思えない。
本来なら屋敷の住人に絶対に伝えておくべき重大案件でさえもシレッと情報遮断しかねない気がする。
(まぁ、良い。諦めよう。色々と)
幸いマナーはしっかり学んできた。
ランドル王国風のマナーで良いのなら王城へお呼ばれしてもキッチリ貴族令嬢を演じられる程度のレベルには達している。
(「夕食が豪華」と言っても多分バルシュミーデ風料理なのだろうし、楽しむというより「楽しんでいるという演技を磨く修行の場」だと割り切ったほうが良いんだろうなぁ…)
と萎えそうになったが、監視の目がある。
身支度を終えたら護衛がまた張り付いてくるのだから
「表情筋が不快な内心を反映しないように」
気をつけなければならない…。




