3:間話
グラインディー侯爵ジャレット・ルースは
「ブライトウェル城陥落」
「レベッカ夫人自害」
の報せを受けて愕然とした。
(レベッカが自害…。そんな…)
衝撃で頭が真っ白になった。
ジャレットの従姉妹であり義妹であるレベッカは先見の明のある才女。
妻のエイプリルにとっても永遠の憧れの人物。
ジャレット自身もレベッカの忠言には度々助けられてきた。
自分達にとってはバルシュミーデ軍の侵攻は寝耳に水であっても、ブライトウェル辺境伯夫妻にとっては昨日今日の問題では無かった筈。
(そこまでこの国は追い詰められていたのか…)
バルシュミーデ皇国では政略結婚に年齢制限は無く自由度が高い。
だがランドル王国だと政略の有無に関わらず結婚は15歳以上。
しかも18歳未満は保護者の承認が要る。
おそらくブライトウェル城を占拠しているというクンツ将軍はリリアンとの婚姻を「保護者不在」という壁によって阻まれ、法整備が整うまで待たずにプレスコット伯爵家へ嫁いだエリアナを離婚させて娶る筈。
ともかくリリアンを引き取る事に否やは無い。
レベッカ亡き今、レベッカの商才と人脈に依存気味だったルース家の古株達はリリアンを取り込んでレベッカの代わりに依存しようとするだろう。
年長者達にとってはレベッカは特別だった。
彼らに言わせるとレベッカの容姿には秘密があった。
レベッカの灰褐色の髪色と紅色の瞳。
それはアザール王家の特徴だと言われている。
レベッカが産まれる1年程前、アザール王国の(当時の)王弟が遊学と称してランドル王国に滞在していた。
そのことから丁度
「その頃合いに懐妊して産まれた子供が灰褐色の髪色や紅色の瞳を持って産まれたなら『セヴラン・アザール王弟殿下の落とし胤に違いない』と疑われた」
ようだった。
レベッカの生母である先代侯爵の前妻マリオンはマスグレイヴ侯爵家の出。
ジャレットの叔母だ。
「マリオンが不貞を働いて、アザール王弟の子を産み落として産褥死した」
と誰もが思っていた。
レベッカは産まれた時から
「不貞の子だ」
と見做されていたのだ。
しかしレベッカの美貌が成長と共に顕著になるにつれて…
「顔立ちはマリオンにではなく、あの方にそっくりだ」
と年長者達は思うようになった…。
あの方ーー。
先代国王の妹であり、バルシュミーデ皇国に嫁がれたリリー・リサ王女。
そのリリー・リサ殿下にレベッカは(髪や瞳の色こそ違えど)瓜二つなのだという。
レベッカが産み落とされて、最初の数年のうちは誰も
「レベッカがリリー・リサ王女にそっくりだ」
とは気付かず
マスグレイヴ侯爵家は
「我が家の娘が(マリオンが)不貞をして申し訳ない」
とグラインディー侯爵家に負い目を感じていた。
だから先代グラインディー侯爵のイーデン・ルースが
「マリオンの喪にも服さず愛人のエリザベスと入籍し屋敷に引き込んだ」
事に対しても誰も異議申し立てできなかった。
だが、その後、誰もが見方を変えた。
マリオンが産み落としたとされる子自体が
「別の女性が産み落とした子とすり替えられていた」
のだとしたら…
マリオンは不貞など働いておらず
単に夫の子を孕って
難産を独りで苦しみ
亡くなっていたのだとしたら…
余りにもマリオンへの(マスグレイヴ侯爵家への)冷遇が過ぎる。
そうした想いが顕著になったためーー
侯爵家の後継だったウォルター・ルースがレベッカに暴力を振るって廃嫡となり、後継不在となった時
マスグレイヴ侯爵家はこれ幸いとジャレットを養子にさせてグラインディー侯爵家の後継の座へ就かせた。
(要は他家乗っ取りだ)
そしてそうした後継問題の結末は
「レベッカの意向も反映していた」
のだという。
ウォルター・ルースはレベッカに暴力を振るって彼女の鼻の骨を折る以前からレベッカに嫌がらせしたり毒をもったりと何度も加害行為を繰り返していた。
そんな愚劣な男にグラインディー侯爵家を継がせては末代までの恥となるのは誰の目にも明らかだったのだ。
今のグラインディー侯爵家の現状は
「婚姻前の王女が産み落とした子が托卵されたことで、グラインディー侯爵家とマスグレイヴ侯爵家との間に根深い因縁が生じた」
事が元凶に有る。
レベッカはその渦中に在った托卵雛そのものだった。
まるで自分が腫れ物扱いされているのを理解していたかのように…
隙を見せない完璧な貴族としての立ち振る舞いを身に付けていたレベッカ。
ランドル王国・アザール王国の二王家由来の容姿が彼女の落ち着いた雰囲気と相まって、彼女を神秘的に見せていた。
グラインディー侯爵家の親戚達も使用人もレベッカに心酔する者達が多い。
その手の者達は
「レベッカの子をグラインディー侯爵家へ取り込むべきだ」
と思っている。
その意を汲み、ジャレットも一時期は
「アシュリーと同じ歳のリリアンをアシュリーの婚約者に迎えようか」
と考えていたものだが…
リリアンはレディング伯爵家の令息との婚約が早々に決まり、諦めた。
今では王国権威自体が失墜。
ランドル人貴族同士の婚約は
「バルシュミーデへの叛意有り」
と見做される状況へと急変した。
グラインディー侯爵家を存続させ続けるには
「嫡男のアシュリーの婚約者をバルシュミーデ皇国貴族から選ばなければならない」
のが確定事項。
アシュリーはリリアンを気に入っていたが…
「アシュリーとリリアン」
という組み合わせの可能性は最早無い。
(同じ屋敷で暮らす者同士、変に恋愛感情などが芽生えなければ良いが…)
という心配はある。
(アシュリーにはちゃんと釘をさしておく事にしよう…)
ジャレットは窓から曇り空を見詰めて物思いに耽った…。




