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何事か用事ができたらしく伯父のジャレットが別館まで訪れた。
「新しくブライトウェル辺境伯となられたブルクハルト・クンツ殿から『王都のブライトウェル辺境伯邸へ居を移すように』と、お前宛てに手紙が届いた」
のだそうだ。
更には
「封筒には手紙と一緒に、王城で行われる『新王家主催の終戦記念パーティー』の招待状も同封されていた」
との事。
伯父のジャレットが自ら手紙を手渡しに来たのも頷ける。
封は開けられている…。
「そうですか…」
(伯父様、今回は何を言いたいんだろう…)
予想はつく。
私への衣食住の提供は私に身寄りがない場合の話。
書類上の夫が私を引き取るというなら引き渡す気なのだろう。
「…お前がどうしても夫の元へ行きたくないのなら、その旨を私の方からお伝えする事はできるが、納得していただけるとは限らない」
「ええ。分かります。ブルクハルト・クンツ騎士爵は戦功の大きさからランドル王国の辺境伯家を与えられた人なのでしょうから、今後のこの国での地位は相当なものでしょう。グラインディー侯爵家に敵対して欲しいとは思いません」
「では…」
「ここを引き払って新辺境伯の元へ参ります」
「そうか…」
「でもせっかく別館を整えていただいたのに無駄になりますね」
「いや、その事だが…。実はエリアナがプレスコット伯爵家から離縁された。次期プレスコット伯爵夫人には、やはりバルシュミーデ皇国の貴族令嬢があてがわれる事になったとの事だ。
この離れにはエリアナが住む事になる」
「そうだったんですね…。ジェフリーお義兄様はお姉様を愛しているように見えましたが」
「愛よりも保身が大事だろう。嫁いで2年。子がいないから余計に切り捨てやすい。
それでも運が良かった。既に子がいる若夫婦の場合は、妻と子供が毒をもられて病死という事にされたり事故死させられたりする事件が起きていて、そうした事実すら伏せられているらしい」
(…本当は学院卒業して直ぐに結婚する予定だったのに、丁度その頃に先代プレスコット伯爵が病死して1年間喪に服すとかで結婚が延期されたのよね…。しかも結婚後1年間は義兄が「新婚気分を味わいたい」と言って避妊して、本格的な子作りを始めてからまだ1年しか経ってない…)
姉は運が良いのか悪いのか…少し分からなくなる。
「殺されないだけ有り難く思え、と?」
私が納得のいかない顔をすると
「…それこそエリアナには『金持ち老人の後妻』として需要がある事だろう。求められて嫁げるのだから、ちゃんと大事にしてもらえる筈だ」
伯父は肩をすくめた。
「そこは『金持ち中年』ではなく『金持ち老人』なんですね…」
「金持ち中年だと、妙な色気を出して問答無用で名実共に夫婦になろうとしてくる。グラインディー侯爵家の姪、元ブライトウェル辺境伯令嬢という血筋ブランドだけで満足してくれる礼節ある男にしか流石に嫁がせんよ」
「血筋ブランド…」
「血筋にはそれ自体に価値がある。特に魔力持ちの貴族家は」
「それだと魔力がない子は貴族として無価値という事になるのですか?」
「国が健全に機能していて貴族間のコネが有効に機能している社会でなら、魔力がなくとも『××家の子供』というだけでコネクションの橋渡しになれただろうが、今の社会現状では『魔力持ちの血筋』という神秘化されたブランドしか尊重されないだろうな」
「それだと余計に『金持ち中年』は魔力持ちの血筋の女に自分の子を産ませたがるんじゃないでしょうか?」
「その点、『金持ち老人』の場合は『複数いる未婚の孫の誰かと縁付いてくれれば良い』という緩い期待しか振りかけて来ない分、嫁ぐ側にも複数の選択肢が与えられる」
「なるほど。『金持ち老人』が亡くなる時に若い後妻へと財産分与するのって、年甲斐もなく惚れ込んだからとかじゃなく『財産分与した事を親戚一同に周知する事で、親戚の誰かが魔力持ちの後妻を娶って子をなすだろう』っていう思惑があるんですね」
「そこまでして子孫に魔力持ちの血を引き込みたいと思うのが世間一般の価値観だ」
「それだと、私の血も相応の価値があるんでしょうね」
「魔力測定の結果はお前達兄妹の中でお前が一番良かったんだったな」
「ええ」
「お前の書類上の夫はお前より10歳も年上だ。流石に今の時点で名実共に夫婦になりたがる事はないだろうが、数年後にはそういった問題が出てくるだろう。
自分にとって有利な交渉が出来るように『自分の血筋には価値がある』という事を忘れないようにしなければな」
「はい。分かりました」
(多分それが一番この人の言いたかった事なんだろうね…)
生きていくのは大変だ。
姉もまさか離縁されるなどとは思っていなかっただろう。
それでも世の中は変化し続けて、世の中の変化に対応すべく、人は人を切り捨てる。
交渉などせずとも心と心で繋がっていた親子の絆が絶たれ
庇護無き身となれば人生は
「交渉、交渉、また交渉」
と連続的に交渉が続く
「交渉の永続リピート」
となる。
そんな人生なら
「社会が求めるものや自分の価値をちゃんと知っておく」
方が良いに決まっている。
(そう言えば、お父様も伯父様と同じように現実主義者だったなぁ…)
いつも優しいのに、父エリアルは時折厳しくなって
「世の中は甘くない」
と教え諭してくれた…。
今目の前に居る伯父ジャレットのように。
それは前世の人生では一度も与えられなかったものだ。
(これがきっと父性愛というものなんだな…)
と今更痛切に感じる…。
伯父は
「あと、これも渡しておこう」
と、魔道具の設計図を手渡してくれた。
「伯父様、有り難うございます…」
(有り難いな…。本当に)
他人からのアドバイスなんて殆どが、無駄に抑圧を重複して強いるマウント取りのクソアドバイスだらけなのに…
「自分の価値を知っておけ」と真摯なアドバイスをしてくれる人がいる…。
自分の価値を高めるのに必要な情報を提供してくれる人がいる…。
(今世では、本当に、私は親族に恵まれてたんだ…)
と解り、涙が滲んだ…。
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ブライトウェル辺境伯邸ーー。
当然、本邸は辺境のブライトウェル城だ。
王都の屋敷は別邸となる。
王都の貴族街にある屋敷は領地持ち貴族の別邸か、領地を持たない法衣貴族・官衣貴族の本邸だ。
王城の東西は侯爵家以下男爵家以上の貴族の住宅街であり
王城の北は公爵家の屋敷と王家の離宮が点在している。
王城の南は準男爵家や騎士爵家のような準貴族家の屋敷の他、裕福な商人の屋敷がある。
なので南側は正確には貴族街とは言えないと思うのだが…
「平民と貴族の間を埋める階級の人達が貴族街の入り口付近に住んでいる」
という事だ。
グラインディー侯爵家の屋敷は王城の東側。
ブライトウェル辺境伯家の屋敷は王城の西側。
同じ貴族街でも反対側にあるので、それなりに遠い。
引越し荷物のトランクを持って歩いていくのは令嬢の行動パターン的に現実的ではない。
「荷造り、荷運び用の人員と馬車」が翌日には押しかけてグラインディー侯爵家の別館側の裏門で待機していた…。
侍女の話では
「丁度、明日、アシュリー様の婚約者様がいらっしゃるので、リリアン様とは入れ違いになりますね」
との事。
「それはそうと、お姉様はいつ別館へ引っ越してみえられるの?」
「それが…『妹が引っ越して行ってから引っ越して来ます』と、わざわざお越しになられる日付をリリアン様の退去後に指定なさっておられるとかで、明日以降になられるかと」
(…そんなに私と顔を合わせたくないのかしら)
微妙に複雑な心境になった。
「そうなのね?お姉様は昔から私だけ家族じゃないみたいな態度を取る方だったし、私を避けたいのかも知れないわね」
私が苦笑しながら、そう言うと
「申し訳ありません」
と質問に答えただけの侍女が何故か謝った。
嫌な報せをもたらす事で相手を不快がらせてしまう。
そのせいで八つ当たりされるという不条理。
そういうものに慣れ過ぎている人なのかも知れない。
(私も前世ではやたら謝ってばかりだった…)
妙なものだ。
貴族家の上級使用人は八つ当たりされるのも仕事のうちと割り切って、楽な仕事で高給を得る、いわば客商売に似た仕事だ。
前世の私は安月給の事務職でサービス残業も当たり前だったのに
やっぱり感情労働が当たり前で
八つ当たりされて謝罪するのが日常的だったのだから…
(社会丸ごとブラックなイジメ推奨社会だった、という事なのかな?)
と腑に落ちないものを感じる。
判るのは
(私はごく狭い世界で生きていた)
という事だけ。
井の中の蛙大海を知らず、という諺そのままの人生だった。
だからなのだろう。
何の未練もない筈なのに
「もしかしたら私が気付かなかっただけで、世の中には優しさも労りも何処かで存在していたのかも知れない。その恩恵を受け取れる枠から私が閉め出されていただけで」
という未知のものに対する期待のような気持ちがしつこく自分の中に残った。
(「残念」という言葉はこういう気持ちを表現するべきものなのだろうなぁ…)
と思う。
前世では気軽に「残念」という言葉が使われていた。
だけど本当はもっとその言葉は重くて…
「捨てきれない期待のせいで成仏できない」
ような心境を表すものなのかも知れない。
(そう…。「残念」なんだよね…。お姉様と心が通じ合えないのも、避けられるのも、「寂しい」とかの依存を含む虚しさではなく、やっぱり「残念」なんだ…)
親に期待するような無条件の愛情を
年長の家族に(兄姉に)期待しても得られない。
年長の家族は年少の家族をライバル感覚で捉えるものなのかも知れない。
(兄弟姉妹って親の愛情や親が子供にかける時間やお金を何気に奪い合うライバルなんだよね…)
一つのピザを皆で奪い合って貪り喰らうように
親の愛情と時間的投資・金銭的投資を奪い合う。
(お母様は子供3人を平等に愛してたと思うけど、お父様は露骨に私ばかり可愛がってた気がする…)
親の愛情の不平等が親無き後で嫉妬・報復として噴出する事もあるのだろう。
(貴女は私を嫌いだろうけど。それでも私は貴女に「幸せになって欲しい」と願います。それが貴女よりも多めに親の愛情を受け取ってしまった私が為すべき「祝福の再分配」だと思うから…)
偽善でもなく
自己抑圧でもなく
心から姉に対してそう思える。
親の愛情が過分に得られた事の有り難みを
私は前世との格差で充分に悟ってしまったのだから…。




