26:ブルクハルト・クンツ視点8
ランドル人からすればバルシュミーデ人を信用できないのも仕方ないのだろうが…
それでも俺という人間の人間性を露骨に疑う視点を仄めかされればいい気はしない。
「(ハァァーッ…)…別にそんな風に遠回しに釘を刺さなくても、俺は書類上の妻をわざわざ労力を割いて不幸にするつもりはないよ。
というか、可能なら書類上の妻と和解して、貴族夫人に相応しい生活を保障して優雅に過ごさせてやりたいと思っている」
(俺の人間性を人でなしみたいに疑われてもな…)
「そうなのですか?…」
「あのな、こっちも鬼じゃないんだ。そもそもがバルシュミーデ皇国がランドル王国への侵略を決定したのは、バルシュミーデ皇国が無駄に欲を出したからという事ではなくて、ランドル王国王族と麾下貴族達の国家運営能力の無さこそが最大の原因だ。
アンタらも理解してるだろうが、アザール系に好き放題に国の資源・資産を啜られ続けた事についてはあり得ない程の無能だとしか言えないだろ。
更に、ランドル王国の国際的評価・信用が、アザール系のやっていた国際犯罪の濡れ衣を着せられ続けた事であり得ない程に貶められている問題もある。
お陰で周辺国から憎悪されているのに、そうした状態を見て見ぬフリして、変えようとも元凶を潰そうともせずに、現状維持でアザール系を擁護し続けた事に至っては狂気的とも言える民族的自虐だ。
国民の人材育成も『国民同士の団結や国益へは結び付かない方向へ』と歪められた舵取りをされているよな。
そうした国内環境が数十年続いて、誰もそれを変える事もできなかったし、そもそも圧倒的多数が変える必要性すら理解できていなかった。
アンタらはそうした国内状態を改善したくて『愛国派』として少数精鋭で暗躍してたんだろうが…。
ランドル王国の王族・貴族達の大半がそうした『自国の実権を自国民の手に取り戻そうとする活動』を『友好国との友好にヒビを入れる国家転覆行為だ、有害無益だ』と敵視する事にしたからこそ、ハルフォード子爵の暗殺が成立してしまったんだろうさ。
俺もこの国の全ての事情を知っているという訳ではないが、『大多数の国民が真の敵であるアザール系の悪辣さを理解できていない』という事実そのものが、この国には自立性が期待できない現状を示していると俺は思う。
アンタらがどんなにこの国の国民の本来の権利と本来の資産を取り戻してやろうと努力しても、どうやら国民のほうではそれらを受け取るだけの資格を有していなかった、という事だよ。
アンタらの観点の中ではバルシュミーデ皇国はアザール系と仲良く手を繋いでランドル人を虐げ搾取するために乗り込んできた鬼畜に見えるのかも知れないが…
俺達の方でも『悪は悪だ』と事実を事実として認識する程度の認識力はある。
バルシュミーデ皇国を『嘘吐き民族のアザール系に踊らされるおバカな暴君』みたいに見下しながら、やたら不安がるのは止めてもらいたいものだ。
どっちがバカなのか?という点では、バルシュミーデ人よりはランドル人の方が余程当てはまる訳だからな」
「…それは、申し訳ない…」
「…過剰な不安は過剰な不信感に基づいて起こるものだが、そうした人心分断は『人心分断を行う者達がいる』事で起こるものでもある。
バルシュミーデ人にはランドル人を嫌い疎むように誘導し、ランドル人にはバルシュミーデ人を恨み憎むように誘導する。
そんな工作をアザール系が時にランドル人のフリをして行っている事実を俺達は重く受け止めている。
元々、ランドル王国を実効支配した後の施政にはアザール系を関わらせる気は無かった。
複数のヒエラルキーを乱立させておくと、国民がどんどん貧しくなって子供を産み育てていく事もできずに先細りとなり、国自体が無人地帯もしくは有害人種のみが集まる無法地帯と化すからな。
ノブレスオブリージュを理解できる知性ある人間である以上、バルシュミーデ皇国は併合国・植民地の民を無駄に弱らせ減らすような愚策は取らない。
アザール系の害で苦しめられていた者達からすればバルシュミーデ皇国軍の侵攻は寧ろ救いだったとも言えるんじゃないのか?」
「…バルシュミーデ皇国軍の兵士の皆が皆、あなたのように良識と知性があれば良かったのでしょうが」
「…『民間人の死者が800人超え』みたいな話が出回って、さも『バルシュミーデ人は鬼畜だ』という印象が大衆へ植え付けられているようだが…。
バルシュミーデ皇国軍は兵士に対して『民間人への殺傷行為及び略奪・陵辱を禁じる』と明確に命令を出していた。
バルシュミーデ人兵士に紛れてアザール系帰化人や南方の連合国からの帰化人が暴れた事で起きた問題だ。
アザール人はそもそもランドル人とバルシュミーデ人との仲を拗れさせて、自分達が仲介に入る必要があると思わせたがっているから、平気でバルシュミーデ人に成りすましてランドル人民間人を殺せるんだ。
南方の連合国の者達はそれこそアザール系の行う犯罪をランドル人による犯罪だと思い込ませる国際的誣告に完全に騙されているから、心底からランドル人を憎悪している。
そしてバルシュミーデ人の庶民も、近隣国のそうした認知の歪みから少なからず影響を受けて、潜在的に『ランドル人のようなクズ人種には何をしても良い筈だ』と思っている。
所詮は頭が弱い連中だから、敵でも悪でもない、ただ自分の国で暮らしてるだけの善良な人間でしかないランドル人民間人に対して平気で悪意と嗜虐心を向けてしまえる。
当然、命令違反をした兵士は処罰を受けた。暴走に加担したバルシュミーデ人兵士らは褒賞を一切受けられないようにして本国へ送還。
アザール系帰化人と連合国系帰化人の兵士らに至っては脱獄不可の状態で拘束中。後日、公開処刑する際に事の次第を暴露する算段もついている。
因みにランドル王家とアザール系貴族の公開処刑を行う際にも、彼らが国民に対して犯し続けてきた罪を暴露する予定だ。
アザール王国の方から『よくも真実をバラしたな』『ランドル王国への侵攻を幇助してやったのに』と苦情が来るだろうから、そうした悪党の開き直りを完封した時点で、そうした粛正が執行される」
「そう、だったんですね…」
「…アンタらが思うより、俺達バルシュミーデ人はマトモだって事だよ。末端の庶民はアザール王国側の諜報工作に踊らされるバカが一定数居るが、上層にはアザール人の御都合主義虚言に誑かされるようなバカはいない。
バルシュミーデ皇国は『バカは国内政争で初手から淘汰される』くらいには削ぎ落としが苛烈な国だからな」
「申し訳ない。かなり失礼な話ですが、俺達はバルシュミーデ皇国をアザール王国側の諜報工作に踊らされた国だと貶める見方をしていたようです」
「…ランドル人がそう思うようにアザール人どもが情報操作してたからな。アンタは嘘と大袈裟で有りもしない対立を作り出すという諜報工作の厄介さを本当の意味では知らないのかも知れない」
「有りもしない対立を作り出す…」
「やってもいない悪事をやった事にされて、そのせいで憎まれ、『正義の執行だ』と言われながら殺される。そんな無念さは、やられた者にしか分からない。
そんな無念さを理解している人間は『絶対についてはいけない嘘』がつかれている社会空間に居ると、何故か直ぐにそれと判るんだ。
アンタら『愛国派』を纏めていたハルフォード子爵もまた、連合国系の暗殺者集団に殺されてるだろ。
アザール人の犯罪がランドル人によるものだと国際的誣告が行われて、尚且つランドル人奴隷商の元締めがハルフォード子爵なのだと事実無根のあり得ない嘘が流布されて、連合国の連中はそれを信じた。
『なにがなんでも同胞達の仇を討ってやる』と意気込んで、ハルフォード子爵を入念に罠に嵌めて殺したんだ。
ハルフォード子爵は連中の仇どころか寧ろアザール人達の悪事を国際的に告発して、これ以上犠牲者を出せないように抑止しようと動いていたのにな。
愚かな者達が騙されたまま正義を騙り、敵を討つつもりで、庇護者・後援者を敵だと思い込み攻撃する悲劇には、アンタらも本気で嫌気がさしただろう?」
「…言っても分からないでしょうが。ドミニク様は私達にとっての生きる意味そのものでした」
そう言うデールの声は低くくぐもっていて、握りしめた拳は震えていた。
俺はそんなデールを見て、ハッとした。
(…冤罪による私刑は、やられた本人だけが「許せない」と思うものではない、のか?…)
という事実に今更、思い当たったのだ。
もしかしたら
クソみたいな人生を生きた
クソみたいなあの世界にも
「冤罪による私刑を許せない」
と思った者が俺の他にも居たのかも知れない。
この魂があの世界を離れられたのは
「俺以外の誰かが『未来永劫、悪を呪い続け、悪に罰を与え続ける』と、重過ぎる心を貫いて、自分自身の魂すらすり潰していたから」
なのかも知れないと、不意に気が付いた。
誰かの魂が重くなり過ぎて、自分自身の重さに潰れるくらいの重さを貫いて、超重力天体のようになって…
「祟り神」のような
「最後の審判の裁判官」のような座に就いたから…
俺は重さを背負わずに済んだのかも知れない。
そう思うと
「全ては必然であり、通過儀礼だった」
と納得できる気がした…。
俺が今世でアザール人のような外道を粛正しつつも
アザール人達の逆恨みの呪いに呪い倒される事もなく
「社会とはどうあるべきか」
を達成するべく動けるのは
「前世での報われない人生を肥料にした土壌がある」
からなのだろう。
だがーー
(外道を粛正するのにも「逆恨みで呪い倒されないための免疫」のようなものが必要だという事かもな…)
と思うと
(世の中は随分と外道に優しくできてるのだな…)
と感じられ、我知らず苦笑が漏れるのだった…。




