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バルシュミーデ人の男が
「これくらい曲げればお前らならここから出られるだろ?とっとと全員出ろよ」
と声をかけて来たので、瓶底眼鏡女子以外の誘拐被害者達は私を含め、全員牢から廊下側に出た。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない…」
と呪いの呪文のように瓶底眼鏡女子が呟き続けている中
「お前らはとっととここを出て自分の家へ帰れ」
とバルシュミーデ人が言い渡した。
「…あの、帰るつもりではありますが、ここは何処なんですか?」
と私が子供達を代表して訊くと
バルシュミーデ人の方でも
(現在地が分からないと目的地へ向かう方向の見当もつかないんだったな)
という事実に思い当たってくれたらしく
「…ここはアザール系貴族の首魁オークウッド公爵家の屋敷だ。貴族街北側にある。
お前ら冒険者は貴族街の地理には詳しくないだろうが…屋敷を出れば巡回の衛兵がウロウロしているから『貴族街に連れて来られて土地勘がない』と言えば貴族街の入り口、南門まで送ってくれる筈だ。
そして貴族街南門を出て直ぐの所には警備兵の本部詰め所がある。
そこで王都冒険者ギルド本部の場所を教えてもらえば、あとはお前らでも分かる場所に出られる。
俺が付き添ってやらなくても、その程度の事は自分達でできるだろう?判ったらとっとと行くんだ。俺はまだこのメスガキに用があるからな」
と答えてくれた。
バルシュミーデ人の視線は油断なく瓶底眼鏡女子を睨みつけている。
「…ありがとうございます。助けに来てくれたんですよね?」
私が代表して尋ねると
「ああ。助けざるを得ないだろう。このメスガキみたいに嘘の情報でランドル人を釣ってバルシュミーデへの恨みを植え付けようとするヤツらがいるんだ。
もしもこちらが動いてなければお前らは奴隷にされてた筈だ。『全部バルシュミーデ人のせいだ』と思い込まされた状態でな」
との事。
「要するに誘拐も人身売買もアザール人が自発的にやってる事でバルシュミーデ皇国から命令されてやってるとかいう話は全部嘘だという事ですね」
「そうだ」
「そうなんですね…」
「因みにアザール人は色んな場所で色んな相手に嘘をつく。バルシュミーデ人に対しては『ランドル人はバルシュミーデ人を馬鹿にしていて蛮族扱いしている』などと言ってランドル人への怒りを掻き立てようとする」
「貴族社会には人同士の仲が拗れるように嘘や大袈裟で風評を操作する人がいると聞いた事はありますが」
「アザール人はそういった性根の腐ったやり方を貴族だけでなく平民は勿論、貧民まで行う。
ろくに教育を受けてない貧民さえも民族愛らしき排他主義に染まっているらしく、連中は嘘で騙して踊らせる標的には常に他国民を狙う。
強固なエスノセントリズムを刷り込まれた民族だと言える。去勢も間引きもせずに野放しにしておくには有害過ぎる」
「そうだったんですね…。教えてくださりありがとうございます」
「判ったならさっさと行け。このメスガキが隙をついて逃げ出そうとする可能性もある」
「すみません。ではお言葉に従い失礼させていただきます」
私はそう言うと
目にやっと正気の光を取り戻しつつある子供達の方を向いて
「そういう事だから、帰ろう」
と促した…。
****************
言われた通りに貴族街の衛兵に事情を告げると
(貴族街入り口は貴族街の南側なので、北側の公爵邸からはかなり距離があったが)
貴族街入り口まで送ってもらえた。
無事に貴族街を抜けると今度は
警備兵詰め所で冒険者ギルドまでの道を尋ね
教わった道順で冒険者ギルドまで戻った。
冒険者ギルドに着くと、他の未成年冒険者達と共に
「誘拐事件があった」
と事後報告。
私以外の子達は依頼を受けた後で攫われていたので
「依頼未達成の罰金が掛かっていた」
のだが、それを免除してもらえる制度があるらしい。
なので私以外の子達はその制度を適用してもらうべく
「申請書を提出する」
という手続きがあった。
私の場合だけ
「リアさんは(私の登録名)特に手続きは必要ないので帰っていただいて構いません」
と言われ、事情聴取もそこそこに独り先に帰れる事になった。
貴族街の入り口にも裏門があり、東と西にコッソリ存在している。
鍵は掛かっているが、ピッキングで簡単に開けられる。
東門には衛兵もいない。
そこから貴族街東へと入ったものの…
(見咎められる可能性もあるよね?)
と危惧し、カツラと眼鏡をとってから
グラインディー侯爵邸のこれまた裏門から敷地へと入った。
別館まで来ると侍女が出迎えてくれた。
「心配しました。やはり護衛は必要でしょう」
と言われたので
「平民として冒険者登録するのに護衛を連れて行くのは不自然過ぎるでしょう」
と常識を説いてあげた。
「『何があっても生きていけるように』と選択肢を増やしておいた方がこれから先生き延びていける確率も上がるでしょう?
平民として生きる選択肢を作っておきたいの。解ってくれるわよね?」
「…ええ。解ります」
平民として生きる選択肢を確保しておかないと、それこそ攻め込まれた時に逃げ出して平民として生き長らえる事ができない。
(お母様は「辺境伯夫人として最期まで責任を背負う」つもりで辺境伯夫人として自死なさったんだろうね)
と解る。
「不利になったから平民として生きるために貴族である事をやめて逃げる」
のは、それこそ未成年の子供貴族や、家の恩恵など受けていない庶子にしか許されない事。
母レベッカは冒険者登録はしてなかった。
もしかしたら
「いざという時には逃げて平民として生き延びる道」
を
「予め自分自身で絶っておきたかった」
のかも知れない。
「貴族が領地防衛かなわず、領地も領民も放り出して逃げる」
「貴族が領地防衛かなわず、責任取って死ぬ」
二つの道のうち、どうしても人は前者を選びそうになる。
だから予め「貴族として生きて死ぬ」以外の道を作らずにおく事で
弱い自分の意思を強化する。
そういう覚悟があった気がしてならない…。
それに引き換え私は「貴族として生きて死ぬ」覚悟がない。
その覚悟をしたいとも思わない。
私は死にたくない。
せっかく前世と違ってスペックの高い美しい肉体で生まれてこれたのだ。
まだまだ活路を目指して生き延びるべく粘りたい。
侍女の方でも私の意図を理解してくれたのかも知れない。
カツラの毛にブラシをかけて毛の絡みをほぐしてくれた。
「…尊き血を絶やさぬように、ちゃんと生き延びてくださいね」
とボソリと侍女が呟いた言葉が妙に印象に残った…。




