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「何してるの?」
と背後から話しかけられた。
目覚めて直ぐに話しかけてきた女の子だ。
大きな瓶底眼鏡のせいで表情もよく分からないし、胡散臭く感じる。
(正直に話して良いものか…)
少し迷う。
何故なら、一番最初にこの牢に来たというこの少女。
怯えた様子が全く見られない。奇妙だ。
(もしかしたら「攫われてきた本物の誘拐被害者を監視する監視員」かも知れない…)
と思ってしまう。
私は
「ううん。何でもないよ」
と作り笑いをして振り返った…。
(信用できない)
それにーー
(他の子達は皆、普通に絶望してて顔色が悪い。というか目が死んでる魚の目だ)
おそらく他の子達は私と同じく本物の誘拐被害者。
一緒に逃げようよ、と持ちかけたところで足手纏いになりそうなくらいに皆、鬱っぽく陰気になっている。
(「独りで逃げる」のが正解だろうね)
と思う。
偽善的になって
「自分以外の皆も助けたい」
などと思うのは、もっと余裕のある人達であるべきだ。
(私は自己犠牲的なメサイア症候群にはなれないなぁ)
と自分の精神の健全さを自分で評価したい。
作り話の展開だと
「他人の犠牲になる道を選んでしまうメサイア症候群的な主人公が他人の幸せに尽くす」
のが
「読者の皆様を感動させる」
定番の流れだろうけど…
(私は昔から「自己犠牲をすすんで行う主人公って気持ち悪い」って思ってたんだよな…)
と前世からの持ち越しの価値基準を今更ながら感じてしまう。
足手纏いになる子供達を誘って一緒に逃げるなんて…
敵側の監視員が混ざってるかも知れない環境で、私のような地属性魔法の実用を覚えたばかりの少女が命をかけて貫くべき偽善じゃない。
(…うん。監視員っぽい瓶底眼鏡女子の目を盗んで独りで逃げよう。足手纏いは要らない)
と決意した。
(他にする事もないし、寝ててくれないかなぁ…)
と思い、監視員疑惑のある瓶底眼鏡女子をチラッと横目で盗み見た。
改めて
(変な子だ)
と思う。
一度疑わしく感じると、瓶底眼鏡でさえも
(人相を隠す偽装を兼ねた嗅覚麻痺の魔道具なんじゃ…)
という気がしてくる。
こんな危険人物が起きてて自分は寝るなどあり得ない。
(疲れたし、もう一眠りしたいんだから、アンタも寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ、とっとと寝ろ!)
と念じているうちに…自分のほうが眠くなってきてしまった。
ーーが、啜り泣くような声が聞こえてきて眠気は急に引っ込んだ。
啜り泣きしてる女の子の近くへ瓶底眼鏡女子が擦り寄ってゆき慰めるように声をかけたのだ。
「大丈夫。私達も一緒だよ。あなた独りじゃない」
と如何にも仲間を装って言うが、相変わらずどんな表情なのか分からない。
しかし
「だけど、ホント許せないよね。バルシュミーデ人達。アイツらのせいで孤児になった子も多いのに、こうやってゴロツキ使って奴隷売買させて自分達の私服を肥やそうとするなんて」
と言い出した事で
(えっ?何言ってんの?)
と強烈な不信感を感じた。
思わず
「何言ってんの?」
と、そのまま疑問が口を突いていた。
「…アザール人冒険者とその仲間が人攫いをしてるんだよね?どうしてそこでバルシュミーデ人が出てくるの?」
私が素朴な疑問を呈すると
瓶底眼鏡女子はすまして
「全部バルシュミーデ人が糸を引いてて、アザール系の人達はしたくもない悪事をさせられてるのよ」
とアザール人を擁護するような事を言い出した。
「そうか、そうか、アザール人がこの国でやってる悪事は全部バルシュミーデ人のせいだって言うんだね。アンタは」
私が皮肉で尋ねると
瓶底眼鏡女子は大真面目な表情で
「バルシュミーデ人はすごく残虐なんだって。アイツら、ランドル人の子供を攫ってダルマにして犯して殺すのが趣味の鬼畜だって噂よ」
と宣うた。
(…ホント怪しいよな、この子。実は鬼畜な趣味ってアザール人がやってる事なんじゃないのか?)
と内心では不信感が高まったが
表情には出さずに
「そうなんだね…」
とだけ返事をした。
不意に
「…なるほど。それは初耳だな」
と大人の男の声が聞こえたので
ギクッと心臓が跳ね上がり
そのまま鼓動が止まるかのような衝撃を受けた。
「だ、誰?」
瓶底眼鏡女子が尋ねると
廊下からバルシュミーデ公国軍の軍服を着た男が現れた。
(冒険者ギルドにいたバルシュミーデ人、だよね?…)
「なになに、しがない牢番の一人だ。ほらほらお喋りを続けろよ」
と男が揶揄うように瓶底眼鏡女子へお喋りの続きを促すと
瓶底眼鏡女子は
「嘘よ!アンタなんて今まで見た事ない!」
と男に食ってかかった。
「…随分と強気だな。まるで牢番がお前の仲間で、そのうち俺を追い出そうと何処かから出てくると思ってるみたいな態度じゃないか。おい」
「私は攫われたのよ?!牢番が仲間の訳がないでしょう?!」
「なぁ、なんでお前、目を隠してるんだ?本当は目が悪い訳じゃないんだろ?」
「富裕層では眼鏡が普及してるし、別にちょっと実家が金持ちの子供なら目が悪いと思ったらすぐ買ってもらえるし、眼鏡くらい誰でもしてるわよ」
「どうかな?そっちの赤目の新人冒険者はお前みたいな瓶底眼鏡じゃねぇだろ。
やましい所のないアザール系ランドル人は別に自分の血のルーツを隠そうとはしない。
それに比べてお前は自分の赤目を隠したがってるみたいに瓶底眼鏡をして長い前髪で目元を露骨に隠してる。
しかも言ってる事がアザール人犯罪者組織の悪辣さを誤魔化して恨みの矛先をバルシュミーデに転嫁したがってるような発言だ。
実情を知らんガキどもが相手だからって適当な事、ほざいてんじゃねぇぞ」
「アンタ誰よ?!なんでそんなに怒ってんの?!バルシュミーデの悪口を言ったから?でも当たり前でしょ、アタシ達ランドル人が侵略してきたバルシュミーデ人を憎むのは!」
「何が『アタシ達ランドル人』だよ。お前が嘘吐きアザール人だって事はバレバレなんだよ。
バルシュミーデの悪口を言って本物のランドル人達の敵意をバルシュミーデへ向けさせる時には同じランドル人のフリをするのが、お前らがやってるヘイト扇動の手口だ。
『女だから』『子供だから』っていう手加減は、ランドル人を詐称するアザール人工作員には不要だって事は、近隣諸国でも一部のアングラ権力では普通に有名だぜ?
だいたい奴隷にしたランドル人をダルマにして恐怖で蹂躙しながら殺すのは、お前らアザール人が度々民族繁栄術式の呪術儀式でやってるサイコパス犯罪だろうが。
こっちにお前らの濡れ衣を着せるなよ。穢らわしい。
それにどう見てもお前は確信犯だ。お前の仲間は既に、お前らに濡れ衣を着せられそうになった俺達バルシュミーデ皇国軍の方で取り押さえている。
お前を助けにくる仲間はもういない。楽に死ねると思うなよ」
「この、鬼畜がぁぁぁぁっっ!!!!!」
瓶底眼鏡女子が声色すら急変させて
ドスの利いた低い声で怒鳴り
格子越しに男に掴み掛かろうとするとーー
バルシュミーデ人の男が素早く短刀で瓶底眼鏡女子の手を斬りつけた。
「ケダモノと変わりないな。アザール人というのは」
ギャァァァァァッッ!!!!!
という大音響で耳がどうにかなりそうだが…
バルシュミーデ人はすまして、格子を握って力を入れ
グイッと格子を捻じ曲げた…。
(ゴリラか…?)
私とは随分違う地力を見せつけられて
(逆らっちゃいけないヤツだ)
と判った…。




