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「自炊しよう!」
と思い立ったは良いが…
葉月としての私は前世であまり料理をしていなかった。
その事実を改めて悔いた。
(考えてみれば、前世の私は食に対して興味が無かったよなぁ…)
前世では家に祖父母がいたので、前世の母は魚や野菜の煮付けばかり作っていた。
たまに豚汁が食卓に出てくると
「やったぁ〜!」
と思っていた事を思い出す。
前世で食べた洋食は主に学校給食。
自分でも洋食を作ってみれば良かったのかも知れないけど…
一度学校の調理実習で作ったシチューを自宅でも作ってみたところ
祖父母は元より父親からも不評で
「二度と作らない」
と決意したものだった…。
こちらの母レベッカの料理は
「食べた事のある美味しいものの味を思い浮かべながら、『皆にも味わってもらいたい』という想いを込めて作る」
のが肝要。
(お母様は前世で自炊してたのかもね。しかも料理上手…。羨ましい…)
ひたすら家族に潰されて搾取されていた前世が虚しい。
そして
「自分が如何に努力していなかったか」
も自覚できてしまい、更に虚しい。
(うん。「食べた事のある美味しいもの」って、こっちの世界でお母様が作ってくれたものが殆どだ。前世で食べたもので美味しいものって、豚汁と筑前煮くらいしか思い浮かばない…。ああ、あと手打ちうどんに稲荷寿司…)
「そう言えば、この世界って味噌と醤油がないから洋食ばっかりなんだよね」
と調味料事情を思い出した。
カレー用スパイスは入手できたのだろう。
母レベッカが作ってくれた料理にはカレーも含まれていた。
「スパイスミックススープ」
と名付けられていて、誰も「カレー」だなんて呼んでいなかった…。
日本語で書かれたレシピにはバッチリ〈カレー〉とカタカナで書かれているのに。
(お母様は偉大だ…。私ができるのはレシピをこっちの言葉に翻訳して、材料を揃えてもらう事くらいだろうな…)
と私はしみじみ思った。
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最初の頃は包丁を握る手も危なっかしい手付きだった私だったがーー
不思議と1週間もすると上手に野菜の皮剥きが出来るようになった。
どうやらリリアン・ベニントンのこの身体、前世の霧島葉月とは比べ物にならないくらい潜在的スペックが高い様子。
(…もしかすると「前世の記憶がある」事による最大のチートは「今世の肉体の潜在的スペックの高さを自覚する事で、努力をする事が苦痛じゃなくなる」って点なんじゃないのかな?)
と思った。
比較というものは
「自分の能力が低くて努力しても成長できない」
時には意気消沈させるが
「自分の能力が高くて努力すれば成長できる」
時には根気強さを生み出させてくれる。
RPGにハマって頑張ってキャラを強くしていけるのも
「生身の自分自身と違って、ゲームキャラであるアバターは鍛えれば鍛える程強くなる」
からだ。
ラスボスを倒せる程に強くなれる。
それが約束されているからこそハマれる。
ある意味で前世の自分の肉体の能力の低さを覚えているからこそ…
今世の自分の肉体の能力の高さをゲームキャラさながらに捉えて困難克服意欲が枯れない泉の水のように湧き続けるのだと言える。
(ああっ!攻略対象エリアル・ベニントンと悪役令嬢レベッカ・ルースの子で良かった!両親共ハイスペックで良かった!優良遺伝子万歳!)
と密かに感激。
そんな私の変化を、グラインディー侯爵家の使用人達も目の当たりにして少しずつ態度が変わっていってくれた。
使用人達の側の私の評価の変化は
「手料理・手作りお菓子で餌付けされた」
部分も大きいのかも知れない。
せっかく作って美味しかったなら
「他の人達にも食べさせて褒められたい!」
と思ってしまうのが人情。
私は母のレベッカよりも
「褒められたい!」
という自己承認欲求が随分と大きい人格なのだろう。
まぁ、そこが私のーーというより葉月のーー個性であり
「やっぱりちょっと残念なところ」
でもある…。
「「「「「美味しいです!」」」」
と言ってもらえて、調子に乗ったのもあるが
(カフェとか開店して軽食やお菓子を出せないものかなぁ)
などと将来の職業に関して少し思った。
「材料費や人件費や店舗維持費やらを回収できるだけの稼ぎを出さねばならない」
という点を思うと
「商魂逞しいという訳ではない自分が自営業を営む事は無謀だ」
と思い至り、途端に
(無理だな)
と解るが…
このままグラインディー侯爵家に居候し続けても
「金持ち老人の後妻として売られる」
可能性が高い。
そうなる前に平民として身を立てていける術を磨いて
「グラインディー侯爵家に自分用に掛かった生活費を返済していく」
算段をつけておくべきだと思うのだ。
「一番現実的なのはやっぱり魔石に魔力を注入する仕事に就く事だよね」
と囁き声で独り言がもれた。
辺境伯家の娘だ。
「身体強化を身に付ける」
という前提で魔力操作だけは小さい頃から訓練してきた。
と言っても
「体内魔力を意識出来るように」
「体内魔力を動かせるように」
「魔石に魔力注入出来るように」
という魔力操作訓練でしかないが。
それでも学院中等部の実技成績はトップクラスだった。
(学科は散々だったが…)
ただ、学院では母がやっていたような
「魔力を使い切って魔力量を増やそうとする」
ような事は習わなかった。
おそらく
「魔力枯渇は死に繋がる」
という迷信のせいで学院では教わらないのだと思う。
私は同じ年頃の他の令嬢より劣っているという事もないのだ。
王立魔法学院中等部では体外魔法の基礎「顕現」を習得している。
護身術として体術と短剣術の基礎も身に付いている。
「魔石に魔力を注入する仕事に就ける」
程度には、社会参加の土壌もできてる。
今後の事を決めるとーー
自分の中の不安がストンと落ち着くのを感じた。
瞳にはじんわり安堵の涙が滲んだ…。




