10
リリアンとしての記憶を持ったまま前世の記憶を思い出した事で、自分の中で前世と今世との比較が起きた。
「この世界では家事がいちいち重労働で一日の殆どを費やしてしまうから、文化的発展が停滞しがちなのかも知れないな」
などと…この世界に関して分析してしまった。
この世界。
余りにも娯楽が少ない。
当然ながら
テレビもインターネットもない。
少女漫画も乙女ゲームもない。
情報の伝達は紙媒体。
「重要書類は羊皮紙に」
「消耗書類は植物紙に」
という分類が進んではいるものの、今の所印刷技術は未発達。
人が手書きして本を作るので写本師の需要が高い世の中。
この国の貴族という階級が実に不安定なものになってしまった今、私としては手に職をつけたいという思いがムクムクと鎌首をもたげてしまう。
しかし、前世でも特に何かに秀でていた訳ではない。
そもそも家が貧乏だった。
小学校・中学校・高校でさえも就学奨励費に依存して通学した。
大学に至っては、当時は
「国民には貸与型の奨学金しか出ない」
(何故か外国人には給付型の奨学金が出ていた)
時代だったため
「無理に進学しても全部借金になる」
と思うと…重荷過ぎて行こうとすら思えなかった。
祖父母が一緒に暮らしていたが、少しボケが入っていて気難しかった。
50代後半から祖父は糖尿を、祖母はヘルニアを持病に持ち、2人とも足腰も悪かったため私が小学校の頃には要介護者だった。
前世の母は祖父母の世話と日々の感情労働で消耗していて、慢性的に目が死んだ魚のような状態だったし…
父は父で祖父同様に我儘な男で、稼ぎは少ないくせに威張り散らすのだけは一人前という有様だった。
一応、家庭という体裁は世間的には保たれていたのかも知れないが…
貧しくて、私の着る物はいつも貰い物。
所謂「おさがり」だった。
見窄らしい格好。制服ですら初めからヨレヨレ…。
学生の間は恋愛とか恋人とか
「そういうものを羨む事すら烏滸がましい」
と思っていた。
分相応な望みを持とうものなら
「それこそがイジメの原因になりかねない」
ような窮屈な環境。
惨めなボロ雑巾。
触るのですら手が汚れるから誰も積極的に関わろうとはしない。
「イジメるために持ち物に触れるのすら嫌だからイジメない」
という認識をされた状態で生きていた学生時代。
「仕事をするようになってお金を稼げば変わる筈だ」
と、そう信じて、それだけが希望で何とか耐えていたのだが…
私が就職した途端に祖父が亡くなり、父が仕事を辞めてしまった。
その後は
「私の収入が家族の生活費へと全額吸い取られる」
事になってしまったのだった…。
数年経った頃にはーー
私も母のように慢性的に死んだ魚の目をした生き物へと変わった。
恋人は勿論、友達もできず
ひたすら家族に搾取され
誰からも蔑まれる日々。
安月給でこき使われても
「別に辞めてもらっても良いんだ」
という一言で文句すら封じられ
ブラック労働に従事し続けること10年…。
(福祉施設の職員だったが、労働環境は全く福祉的では無かった…)
その日はーー
珍しく缶チューハイを買った。
行きつけのドラッグストアで二割引品コーナーで見つけたからだ。
「たまには自分にご褒美を」
と思って、珍しくアルコールを摂取。
そのまま寝てしまい…
夜中に吐き気がして目覚め、トイレへ行きたくなった筈だが…
その後の記憶がない。
おそらく吐瀉物が喉に詰まって窒息死したのだろうと思う。
何の意味もない人生だった。
リリアンとして今思い出しても
「特技もなく手に職もないと、ああいう絶望人生で終わってしまうんだろうな」
と気が滅入る。
それこそ少女漫画や乙女ゲームが楽しみの人生だった。
世間の皆様が「推し」がどうとか騒いで
明るいノリで課金するのを嘘臭く感じていた。
葉月だった頃に少女漫画や乙女ゲームを好んだのは
非モテだからとか
オタクだからとか
そんな可愛い理由ではなく
「惨めな被搾取人生から現実逃避しなければ自殺したくなるから」
という、もっと逼迫した理由からだったのだ。
「金をかけずに楽しめるゲームが一番だ」
という価値観で選んだ作品にのみ、のめり込み
プライベートな時間の現実逃避に利用した。
(『暁月の乙女』シリーズは1作目、2作目は「課金しないと楽しめない仕様」だと評判だったので、3作目しかプレイしていない)
麗しいヒーローやら攻略対象などは
全く好きでは無かった。
(「推し」なるキャラなどいなかった)
ただ単に
「自分の惨めな人生の現実を忘れさせてくれる華やかな非現実」
こそが好きだった。
架空の中世ヨーロッパ風の
魔法が有って
魔物がいて
戦いがあり
陰謀がある
そんな世界観の作品世界に
「没頭する事そのものを愛していた」
のだ。
なので、いざ前世の記憶を取り戻してみると
「この世界は前世でハマった世界そのものだな」
と気がつき、多少は希望が湧いた。
架空の中世ヨーロッパ風
魔法は実用として使える人が少ないながらも存在する
魔物は普通にいる
戦いも普通にある
陰謀も上流社会には存在している
「…この世界でなら、頑張ってみても良いのかも知れない…。努力すれば、いつか報われるのかも知れない」
そう思って自分自身を奮い立たせる事にした…。
********************
「手に職つけよう」
計画で真っ先に思い浮かんだのは
「魔道具開発」。
「お母様がこの屋敷で暮らしていた頃に書き記したものが残ってないかな?」
と独り言のように呟くと
そばに居た侍女が
「ございますよ」
と、すかさず返答してくれたのが有り難い。
「何処にあるの?」
「本館の資料室に保管されています。レベッカ様信者の者達が定期的に虫干しして管理していますから、レベッカ様がまだ本館でお過ごしになっていらっしゃった頃のお持ち物が書き物に限らず残っています」
「…私は、本館へは立ち入り禁止なのよね?」
「そうですね…」
「お母様のお若い頃の書き付けとか、役に立てられそうだし、持って来てもらえると嬉しいんだけど」
「管理してる者達に相談してみますね。リリアン様の頼みなら、おそらく了承してもらえると思いますが、もしもダメでしたらすみません」
「うん。是非ともよろしく。ちゃんと役立てられると思うから、その辺はキッチリ説得してあげてね」
そうして侍女を本館へ送り出すと
私は独りになった部屋で筆記用具を取り出し
(ゲームのことで思い出せる限りのことを全て書き出しておこう)
と日本語で情報を書き出していった…。




