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平凡な少年が、上位存在に愛されながら伝説を目指す物語  作者: Ruto
第1章 「何も持たず、何も知らず──だからこそ、始まる。」
8/8

第零夜突破──初喰《はつがみ》 第一夜《夢芽》到達

黒い霧が叫び、通路の天井がビキッと割れる。

天井から黒い“脈”が滴り、じゅっ、と空気を腐らせた。


お爺さんは笑ったまま、前へ一歩。

でもその歩幅は、ただの一歩じゃなかった。

老いた背中が、世界ごと押し広げるみたいに大きく見えた。


「ほう……まだ噛みつくか。ええじゃろう──最後の飯じゃ」


その声は静かなのに、震えるくらい強かった。


イーターが再び咆哮する。

音じゃない。思考を噛み砕くような、原始の殺意。


僕の膝が勝手に震えた。

一歩も動けない。心臓が逃げ出したがっている。


「リオリス。後退を推奨します。あなたの死亡確率、100%です」


イヴァの冷淡な声。

それなのに、不思議と僕の心は震えて笑いそうになる。


──ああ、死ぬってこんな感じか。


でも、前で立つその背中は、そんな現実を踏み潰すような存在感だった。


「坊主」


お爺さんが言った。


「死ぬのは怖いか?」


喉が乾いて声が出ない。

それでも、僕は震える唇でどうにか返す。


「……怖いよ。だけど……夢だけは、失いたくない」


情けない震えた声を聞いて、お爺さんは満足そうに笑った。

それは、戦士が最後に見る景色を見届けた者の笑みだった。


「なら、生きろ」


次の瞬間──お爺さんの姿が消えた。


いや、違う。視界から消えるほど速い。

黒い影と白い骨が弾け、触手が破裂し、霧が焼ける。


丸まった小さな背中から放たれたとは思えない轟音が辺りに響き、骨ばった手に握られたナイフがイーターを断ち切っていく。


「喰ってみろや、化け物ォ──ッ!」


獣の咆哮。

夢の残響。

想いの力。


世界そのものが裂けるような一閃。


黒い霧が悲鳴をあげ、のたうち回り、崩れ……それでも、まだ残っていた。


イーターの核──脈動する黒い“心臓”が。


「ちッ……まだ残っとったか……」


お爺さんがよろめいた。

半身が崩れかけてる。骨の影が透けて見える。

血じゃない。夢が、こぼれて消えていく。


この人はもう、“人”じゃない。


夢に喰われ、生き延びた化け物。

でも──その背中は誰よりも“英雄”だった。





刹那、黒い触手がお爺さんの胸を貫く。




「ッ……!」


「お爺さんッ!?」


骨が砕ける音、夢が悲鳴をあげる音。

でも笑ったままだった。


「……坊主、名乗り忘れたが儂の名はラドン。唯のラドンじゃ。

 過去に囚われ、夢に喰われ、自ら死ぬ勇気もなくのうのうと生きていた老いぼれよ。


 だがしかしな、坊主だけには儂の名を覚えていて欲しかった」


彼のしわくちゃな手に握られな古びた短刀(ナイフ)

その黒銀の刃が、通路の薄光を受けて鋭く瞬いた。


それはどんな魔法より、呪いより、誓いより重く鈍い光に見えて止まない。


「リオリス……名を持つ者よ」


ラドンは振り向かない。

視線は敵を睨んだまま、刃だけを後ろへ突き出した。


「この刃には、これまでの儂の夢を預けていた」


深く、低く、燃えるような声。


「挑み、散り、なお残った“証”じゃ。諦めぬ心が刃となった」


彼は震える指で柄を押しつけるように僕へ渡す。

その重さは……鉄よりも、願いよりも、苦かった。


「名を刻め。これは──」


ラドンの眼が光る。

最期の、誇り高い戦士の眼。


継夢刀レヴェリオン。喰らうための刃に非ず。

 途絶えた夢を次の光へ繋ぎ、悪夢に反逆するための刃じゃ。


 そしてこの刃を、儂はお前に託す」


血と息がこぼれ、けれど声は最後まで揺らがなかった。

刃が僕の胸元に落ちてくる。


震える手で受け止めた瞬間──


『腰を低く構えろ』

『刃は押すんじゃない、滑らせるんだ』


声が響いた。


一人じゃない。

この刃には“誰かの夢”がいる。


そして、ラドンは最後の一歩を踏み出す。


「行けぇぇぇッ……!

 お前は──喰う側に立てッ!生きて夢を喰らえ!

 そしていつか儂の代わりに、強気な女の臀を揉んでやるのじゃァッ!」


そのことばを最後に。


「ウォォオアアア───ッッッ!!!」


黒い核に、自ら飛び込んだ。

自爆じゃない。

“夢の全て”を、敵の心臓にぶつけた。


世界が裏返るみたいに光が弾ける。


そして──ラドンは消えた。


ただ一言だけ、夢の残り火のように残った。


「……生きて、夢を喰らえ」


静寂。

灰のような霧。

黒銀の短刀だけが、温かい。


「それで、何だっけ。

 強気な女の臀を揉む、だっけ?……破天荒なお爺さんだったな



 でも、確かに受け取ったよ」


右手に握る無骨なナイフ。

ラドンから受け継いだそれを握り、僕は息を吸い込んだ。


焼ける肺を無理やり動かし、血と熱を飲み込

む。


「僕が──この夢を喰らう」


イヴァが静かに告げる。


「観測します。

 リオリス、精神汚染率上昇。

 識別:夢喰らい《ドリームイーター》──覚醒兆候」


僕は震える脚で立ち上がる。

世界が赤く、黒く、滲む。


「……行こう。まだ、終わってない」


恐怖はある。

弱いのも分かってる。

でも、夢だけは失わない。


ここからが、僕の伝説だ。


光が弾けて、闇が溶けた。


霧だったイーターの肉が崩れ、黒い核だけが残る。

脈動。脈動。脈動。

それはまるで、吐き出された“悪夢の心臓”。


僕は膝をついたまま、しばらく動けなかった。

胸が痛い。

呼吸が空気じゃなくて、火を吸ってるみたい。


「……ラドン……さん」


返事はない。

もう、この世界のどこにも。


代わりに──


『立て、坊主』


刃を握る指先に、声が震えたみたいに響く。

低くて、優しくて、命を燃やした人間の声。


僕は喉を震わせて笑う。

泣く代わりに、笑うしかなかった。


「……行くよ。最後まで。全部」


イヴァが静かにこちらを見ていた。

表情は変わらない。

でも、さっきまでより少しだけ──近くに立ってる気がした。


「リオリス。生命反応:限界値付近。

 継戦は非合理です。ただちに継戦を離脱することをお勧め致します」


静かで感情を感じさせない碧眼が僕を射抜く。

けど何故か僕には、その瞳が不安で僅かに揺れているように思えた。


もしかして、心配してくれているのだろうか?

でも、だとしても僕は──。


「合理とか知らない。僕は──」


僕は刀を見た。

黒銀の刃。

傷だらけで、でもどんな剣より美しかった。


「ここで倒れたくない。僕は、伝説になる男なんだ」


イヴァは瞬きせずに言う。


「目標設定:英雄。

 達成確率──現在は、0.00001%」


「ふふっ、いいね。目標はやっぱり高くないと」


口角が上がる。

怖い。震えてる。痛い。

だけど、それでも今は──前に進みたい。


眼前。

黒い核がまだ脈打っている。


ドクン──ドクン──。


“喰われる前に喰らえ”

ラドンの残滓が、刃の奥で囁いた。


『腰を落とせ、坊主。殺すんじゃない──奪うんじゃ』


僕は立った。

脚が折れるたび、意地で立てた。


黒核が、赤い目みたいに僕を見た。


イヴァが警告する。


「対象残存核、活性化。

 リオリス、接触すれば再殺されます」


「大丈夫だよ」


刀を構える。

教わったばかりの体勢。

低く、深く──夢を喰らう者の姿勢。


「僕、もう一回死ぬ気なんてないから」


核が咆哮した。

音じゃない。

魂を噛む、咆哮。


黒い影が伸びる──触手の残滓。


でも僕の腕は動いていた。


『押すな。滑らせろ』


刃が震え、光る。

黒核に薄く触れる。

一瞬──。


ザクリ


核が裂けた。


黒光が弾け、僕の胸へ逆流する。

熱い。熱い。熱すぎる。

骨が軋む。脳が焼ける。血が逆流する。


視界が黒と赤の渦に染まる。


──あぁこれ、僕が死んだ時と、同じ。


『違う。

 死ぬんじゃない。

 喰ってるんじゃ』


声が導く。


黒い光が僕の喉に、胸に、心臓に落ちていく。


ズブリ

ズズズズ……。


夢が、流れ込む。

その夢は、醜くて、怖くて、叫んでいた。


『勝ちたかった

 死にたくなかった

 置いていかれたくなかった』


それはラドンじゃない。

あの怪物の夢。

敗者の夢。


僕の中で渦巻く。


「う……あぁ……ああああああッ!!」


喉から声が漏れた。

腕が破裂しそうな程の衝撃と、吐き気を催すほどの目眩。


熱と寒気が襲い来る中で、何かが体内で噛み合い始める。


そして──


ドクン!


心臓が爆ぜた。


黒い霧が、僕から弾け飛ぶ。

皮膚を焼く光。

骨を撫でる影。


肌が焼けてしまいそうなほどの熱気が頬を擽り、荒れ狂う激情が心の中で暴れている。


──喰らえ。

──己の糧にしろ。

──お前なら出来る。


間違いない。

僕は異形を喰っているんだ。そして、僕の力が弱いせいで、心の中で暴れている。

グルグルと吐き気が込み上げてくるほどの荒れた想い。


そのせいで喉は焼け、肺は悲鳴を上げ、

内臓がひっくり返るみたいにぐちゃぐちゃで。


いつの間にか僕はぶっ倒れていた。

汗と涙で顔はぐちゃぐちゃで、それでも心と身体は痛みを訴えてくる。


でも舐めちゃいけない。

こちとらあのハゲに何度もボコボコにされているんだ。今更このくらいヘッチャラだ。


……いや、全然痩せ我慢だけど。


けれどそう思わないと、苦しくて死んじゃいそうになる。


でも。

それでも。

なんとか僕は。






「………勝て、た…?」


勝利を掴みきった。


残ったのは、あの異形の残りカスのような黒い塊と、力が入らなくなった両腕を下ろした僕。


今はもう、荒れ狂うような激情を心の内で感じない。

気持ち悪さも苦しさもすっきりなくなり、僕がラドンとあの異形の夢を喰らったのが分かった。


「あー……二度とやりたくない。あんな劇物も、もう食べたくない」


息を吸う。

まだ痛くて、でも確かに生きてる。


倒れた僕の横でイヴァが淡々と、しかし驚きを込めたような声色で告げた。


「観測結果──

 夢階深度(レムディープ):第一夜《夢芽》──到達。

 ……信じられません」


僕は血の味のする息を吐いた。

なんとかナイフを持ち上げて、天井にかざす。


傷だらけの黒い刀身は、燻まずに鈍く輝いていた。


「……ありがとう、ラドンさん」


刃が静かに震えた。

それはきっと、肯定の震え。


そして僕は笑った。

涙は出なかった。

代わりに、胸の奥で火が灯る。


「さぁ、イヴァ。行こう」


のっそりとした動作で立ち上がった僕に、イヴァが淡々と言い放つ。


そういえばさっき、かなり驚いてたように見えたけど……まぁ、気のせいでしょ。


「出口まで徒歩12分。生存確率は90%です」


「あれ、出口までの場所は教えてくれないんじゃなかったっけ?」


「……今回の順当な報酬です」


「それはそれは、やる気が出まくりだ」


僕は刃を握り、歩いた。

たった一歩から──伝説は始まる。


闇の中で、誰かの声が微かに囁いた。


『喰って、進め。

 そして──夢を見続けろ』




「あぁ、勿論」

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