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平凡な少年が、上位存在に愛されながら伝説を目指す物語  作者: Ruto
第1章 「何も持たず、何も知らず──だからこそ、始まる。」
3/8

群れと残響

息を吐くたび、肺の奥に血の味が広がる。

僕はまだ生きている……きっと、そのはずだ。

けれど、それが正しいことなのかさえ、もう分からなかった。


身体は重い。足も腕も鉛のよう。

それでも僕は、立ち上がった。“誰か”に押された気がしたからだ。


───立て。

───歩け。

───夢はまだ、終わっていない。


その声はもう、さっきまでの幻聴ではなかった。

心臓の奥で、何かが脈を打つたびに、誰かの記憶が流れ込む。

冷たい剣を握った感覚。焼け焦げる皮膚の痛み。戦いの熱。それは僕が知らないはずの人生の断片。


その癖めちゃくちゃ圧が強い。


僕が取り込んだ?食べた?のか分からないけど、内側から忙しなく圧をかけてくる。


蛇も蛙を丸呑みにしたら、内側から声が聞こえてくるんだろうか……いや。何を言ってんだ僕。


「……ていうか。僕は、一体なんなんだ。どうして生き返ったんだ?」


周りにいた群れはもういない。だから返事もない。


あるのは胸の奥から聞こえてくる、妙に励ましてくる体育会系の声だけだ。


答えは出ないまま、ふらつきながら通路へと足を踏み出した。


そこはもはや、遺産というよりも墓標だった。

焦げた壁。ひしゃげた武器。転がる破片。人の形を留めない死骸が、数メートルごとに転がっている。

みんな同じ方向を見て死んでいた──“上”を。


「うわぁ……皆ここで死んだのか」


夢のためなら死んでもいいと思ってる僕でも、流石に場所で死にたくない。

だって陰気臭いし、周りは骨ばっかだし。


それでも握っていた銃は半壊していた。異形の攻撃を防ぐ時にも使っていたせいで、もはや原型を留めていない。


周りを見れば、バラバラになった骨と武器の欠片が散らばっている。


「……やっぱり墓場なんだここ」


言いながら歩く。足音がやけに大きい。


ひしゃげた鉄片を踏むたび、カチ、カチ、と乾いた音が響く。

死体の傍を通るたび、声が胸の奥でざわめく。


───進め。

───怯むな。

───気合いだ。


「……うわ、気合い系だ。体育会系霊圧やめて……」


それは励ましというより、精神論で水飲むなって言われてる気分に近い。

しかも誰だ、今“気持ちで勝て”って言ったの。


なんて文句を言いつつも、僕はそっと死骸に視線を向ける。どれもボロボロで、手には武器が握られていた。


「みんな……戦って、負けたんだ」


その手は震えていたのか、力尽きたのか。

僕の手と同じ形で、拳を握っている。


ふと、胸の奥で別の声が混じる。


───悔しい。

───あと一歩だった。

───勝ちたかった。


その声は、先ほどの体育会系よりずっと静かで、重かった。

涙みたいな音が、体の中で響いた気がした。


「……うん、分かるよ」


僕は答える。


「だって僕も、まだ一歩しか踏み出してないのに死んでるわけだからさ」


言ってから気づく。


いや、普通そこ胸張って言うとこじゃない。


僕は苦笑した。

情けないのに、笑えてくる。泣くのも違う気がして。


「僕、英雄になりたいんだよ。負けたくない……いや、既に一回死んじゃったけど。ま、生き返った?ぽいからノーカウントね」


現状にセルフツッコミ入れた瞬間、胸の奥で声がビリッと震えた。


───なら、はよ歩け。


体育会系が戻ってきた。

切り替え早いなコイツ。


「……はいはい。歩きますよ。分かってるってば」


前に進む。

傷は痛い。足元はふらつく。

でも、胸の奥の脈動が、僕の背中を押し続ける。


誰かの夢が、僕の足を前に出す。


「……次は死なない。いや、できれば……二回目は避けたい。また復活とか出来ないよね?」


まるで誰かに聞かせるように呟くと、胸の奥で声が重なった。


───当然だ。

───二回死ぬのはダサい。

───気合いだ。


「最後のやつ誰!?絶対部活で鍛えられてたタイプでしょ!!」


通路に響く声は、死の中で異様に明るかった。


心許ない装備を調達するために、散らばった人の残骸に手を伸ばす。

見つかったのは小さなナイフだけ。


「借りてくね。……返せたら、多分ドヤ顔で返しに来るから。応援してくれたら嬉しいな」


それでも、僕が進むには充分な勇気を与えてくれた。


前を見据える。


───キンッ。


暗い通路の先で、金属音が響いた。

刺々しい殺意がする。異形の気配だ。


──カツン、カツン。

小刻みに鳴る、甲殻の音。

壁の隙間から、光沢のある腕が覗く。


「……いやいや、嘘でしょ。異形が、三体も?」


二メートル台の大きさの異形が、鎌状の武器を掻き鳴らし姿を現した。

手元のナイフに、僕の震えが伝わる。


やっぱり魔性遺産(デヴィタス)は夢と希望を与える、なんてのは迷言だ。


(イモムシ型の異形に吹っ飛ばされて死にかけたのに、人型の異形だなんて……早速二回目の死亡にリーチか)


それでも僕は、反射的に構えを取っていた。

誰かの記憶がそうさせた。

──構える角度。

──視界の取り方。

──息のタイミング。

それは“敗者”の癖だ。戦って、死んだ者の残滓。


「……くる」


やつらの気配が、皮膚の内側を刺す。

まるで「お前もう一回死んどけ」って空気をまとってる。


もう勘弁して欲しい。

ここがゲームなら負けイベントって勘違いしちゃうよ。


でも残念だけどここは現実。

多分もう、ゲームみたいに二度目も三度目もない。


三体。

鋭い鎌腕。

眼孔は空洞。

全員、殺してやるって殺気を纏ってる。


鎌のような腕がブンッと振るわれ、魔性遺産(デヴィタス)の壁に大きな亀裂が入った。


……え、嘘でしょ。亀裂入ったの?


「ちょ、ちょっと待って、ゲーム風に言うなら僕今レベル0なんだって。せめてチュートリアルボスにしてよ」


当然、返事なんてない。

代わりに、胸の中の声がうるさくなる。


───構えろ。

───集中しろ。

───あ、腰もっと落とせ。そこ違う。はい戻す。


「謎の指導入ったし!なんでフォーム矯正されてんの!?」


僕の膝が勝手に曲がる。

足幅が微妙に変えられる。

肩に気配を感じた瞬間、体がスッと右に傾いた。


(……これ、完全に僕の動きじゃない)


でも、不思議と怖さより安堵が先に来た。

だって僕ひとりじゃ到底勝てないから。


───深呼吸だ。

───間合いを掴め。

───刺せ。


一体が飛び込んできた。

金属の脚が床を叩く音。

鎌が振り下ろされる。


僕の腕が、勝手に動いた。


「っ、は……!」


ナイフが空気を裂き、

刃が異形の鎌に擦れ、

紅い火花が散る。


ほんの少し、重心を崩した異形の顎の下へ、体が少しのぎこちのなさを隠さずに潜り込んだ。


──ザシュ。


手応え。

黒い体液が飛び散る。

一体、倒れた。


「……は……?倒した?僕が?」


いや、正確には僕じゃない。僕の中の“誰か”だ。


僕なんかじゃ背伸びをしたって、何年修行したところで倒せるわけが無い。


胸が波立つ。

心臓が二つあるみたいに脈打つ。


───油断するな。

───二体目来る。


「はいすみません!」


反射で敬語出た。

我ながら死の危機で礼儀正しくなるのやめて欲しい。


次の一体が踏み込む。

その刹那、頭の中に知らない声が響いた。


──右じゃない、左だ。

  そこは死ぬ。


「ぬっ、むむむッ!?」


右へ避けようとした体を、無理やり左へ引っ張られた。

視界を鎌が裂く。

もし右に避けてたら……確かに死んでた。


「……あはは、まじか。もしかして僕って、死ぬルートに自分から突っ込むタイプ?」


胸の奥の声たちが一瞬だけ静まる。

気まずい空気が漂った。なんでだよ。


その隙に、体がまた勝手に滑り込む。

残りの二体を、足捌きとナイフさばきで制す。


──ザクッ

──ゴギッ

──ドシャァ


音が止まる。

通路が静寂に戻る。


息が荒い。

手が震えている。

膝も笑ってる。笑うな。


「……勝った、の?」


返事は無い。

代わりに、胸の奥から静かな囁き。


───よくやった。

───次は一人でやれ。

───そろそろ自我出せ。


「急にスパルタじゃんか!ねぇ、育成方針ブレてない!?褒めてからの厳しさ怖い!」


でも、胸の奥が僅かに温かい。

誰かの“よくやった”が、ちゃんと届いてる。


僕はナイフを握り直す。


「……ありがとう。次は……できるだけ、僕の手でやる」


静かに笑った。

震えながらでも、前へ進む。


誰かの手を借りてばっかじゃ、憧れの存在には届かない。


それでも負けた者たちの声を背負って。

僕の小さな夢を抱えて。


この世界に、僕の伝説を刻むために。


……まずは死なないところからだけど。

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