贈り物の名は《蒐集家》
この世界では、誰もが一つだけ、贈り物を持って生まれてくる。
それは、剣よりも鋭く、言葉よりも重い。
ときに、運命よりも残酷だ。
《ギフト》、あるいは《心紋》
それは、人によって祝福にもなり、呪いにもなる。
かつて《勇者》の心紋を持った少女がいた。
ただ静かに生きたかった彼女は、名もなき街で家族と暮らしていた。
だが、《鑑定者》によってその“名”が明らかになったとき、すべてが変わった。
《勇者》は戦う者。
《勇者》は人々を守る者。
《勇者》は、命を投げ出す者。
そうして彼女は、国の英雄となり、一つの戦で命を落とした。
葬儀では、国王が「誇り高き死」と語った。
だが、少女の遺体に微笑みはなかった。
彼女を失った家族は、名誉も金も望まなかった。
母は、最後まで「行かないで」と手を握り、
父は、言葉を失ったまま家の扉を閉ざした。
弟は、姉が残した古い人形を抱きしめながら、声を上げて泣いていたという。
“誰かのために命を捧げること”を美徳とするこの世界の裏で、
祈りの届かぬ家族が、静かに崩れていった。
──あれから、いくつかの世代が過ぎた。
今では、心紋を知ることは義務ではない。
力によって未来の選択肢が狭まらないようにと、
人々は十五歳の春、祭礼に合わせて心紋を調べることが習わしとなった。
大都市に設けられた魔導具《心紋柱》へ、静かに足を運び、ひとりきりでその名を確かめるのだ。
それは、《勇者》の少女の悲劇を機に、《錬金術師》や《発明家》といった心紋を持つ者たちの手で生み出された。
貴重な心紋が利用されず、印象の悪い心紋が無闇に蔑まれることのないように──
また近年では、心紋を「調べずに生きる者」も増えてきている。
“知らぬままでいたい”という選択肢も、尊重される時代になったのだ。
今、この国を治める王の心紋は《冷酷》。
それでも彼は、よく笑う。
家族を慈しみ、民に穏やかな声をかけ、長きにわたって戦なき時を築き上げた。
人は、心紋の通りには生きない。
衝動を理性で押さえ込み、努力はギフトをも超える力を持つ。
そう語られるようになった時代。
けれど、それでも。
心紋がすべてを決めてしまうような、逃れられぬ人生は、確かに存在する。
今日もまた、一つの命がこの世に生を受けた。
黒い髪に、赤い瞳。
彼は、地方を治める領主の長男として生まれ、アシェルと名付けられた。
やがてこの地を継ぎ、民を導くことになる少年は、生まれてすぐに屋敷へ招かれた《鑑定師》により、心紋の名を告げられる。
──《蒐集家》
ギフト、あるいは心紋と呼ばれるその“称号”は、基本的に名のみが伝えられる。
その力の詳細までは調べることができず、内容は生きる中で徐々に現れるものとされている。
もっとも、多くの場合は名前と実際の力に大きな差異はない。
そのため、《蒐集家》という心紋も、特に問題視されることはなかった。
「心紋がすべてを決めるわけではない」──それが今の世の常識であり、
たとえ《嘘付き》や《無責任》のような、印象の悪い名であっても、努力次第で道を拓けるとされている。
そして、《蒐集家》というその心紋もまた、
いまはまだ、ただ静かに──彼の胸に宿っているだけだった。
アシェルは家族に愛されて育った。
中でも、先代領主である祖父には特に懐いていた。
祖父も初孫である彼をひときわ可愛がり、よく膝の上に乗せては童話や歴史の話を語ってくれた。
《芸術家》の心紋を持つ祖父は、領主としての務めを果たす傍ら、折に触れて筆を執った。
描かれるのは、この領地に流れる穏やかな風景、人々の暮らし、そして家族の姿。
その絵の数々は、どれも目を見張るような美しさを宿し、ときには遠くの街から買い求めに訪れる者もいたという。
アシェルも祖父の絵が好きだった。
領地を染める四季の情景、幼き自分が両親と並ぶ姿、そして──彼が生まれる前に亡くなった祖母の若き日の肖像画。
どの一枚にも、祖父が見つめていた世界の優しさと誇りが宿っていた。
アシェルが五歳のとき、祖父は静かにこの世を去った。
その死は、幼い彼の心にぽっかりと穴を開けた。
遺された絵を形見として受け取ったアシェルは、それを自室に飾った。
以降しばらく、彼は日がな一日、祖父の描いた絵を黙って見つめて過ごすようになった。
──祖父が最期に、自分の頭に手を置いたあの日から。
世界の色が、少しだけ変わった気がしていた。
祖父の描いた風景が、以前にも増して心に深く染み入ってくる。
筆の繊細な運び、鮮やかな色彩のひとつひとつが、今まで感じたことのないほど鮮烈に胸に迫ってくる。
特に祖母の肖像画を前にしたとき、アシェルは不思議な気持ちに包まれた。
そこには、失ったものへの深い悲しみと、それを包み込むような変わらぬ愛が静かに息づいていた。
周囲の大人たちは、アシェルが祖父の死を受け止めきれず、ふさぎ込んでいるのだと思っていた。
だが、それは違った。
それは悲しみではなく、なにかもっと強く、もっと根源的なものだった。
祖父の絵が、まるで魂の奥を震わせるように心を捕らえ、離さなかったのだ。
まるで、呼吸をするように、自然とその美に惹きつけられていた。
その心の動きを、ある日、アシェルは母に話した。
すると彼女は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに微笑んでこう言った。
「それが、《蒐集家》の気質なのかもしれないわね」
祖父に似て、芸術を愛する力なのだと。
アシェルもそう考えるようになった。
やがて彼も、幼い手で筆を握り始めた。
はじめは拙くても、その中には祖父を思わせる柔らかさと観察眼があり、家族や使用人たちを驚かせた。
特に、ちょうどその年に生まれた弟の寝顔を描いた一枚は、家族の宝物となり、今も屋敷の客間に飾られている。