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クォンタム・ブレインズ用語辞典

作者: 岡崎清輔

「SIDを入れてくるわ」

カフェの片隅でそう言った彼女は、小さなカプセルを指先で弾き、鼻孔にそっと差し込んだ。くすぐったそうに一瞬だけ目を細めると、すぐに何事もなかったかのような顔に戻る。「これで今日の記憶も、全部クラウド直送よ」。彼女は自信たっぷりに微笑んだ。


2050年代のSIDは、鼻の粘膜から注入する極小のマイクロマシンとして設計されている。かつてのヘッドセットやウェアラブル端末は過去の遺物だ。SIDカプセルを鼻から注入すると、マイクロマシン群が粘膜を通じて神経系にアクセスし、脳と直接リンクする。これによって思考や記憶、感情がリアルタイムでデジタル化され、クラウドやP2Pネットワークへ即座に同期される。外見上は何も残らず、SIDを使っていることは本人以外には分からない。


このSIDは、自己修復や一定期間後の自己消失機能も備えているため、定期的な再注入が必要だ。SIDを入れると、世界が一段階クリアに見え始め、景色も人の表情も情報として脳に流れ込んでくる感覚を覚えるという。


もともと「Scribal Input Device」として誕生したSIDは、2050年代には「Synaptic Interface Device」や「Sensory Integration Device」など多様な意味を持つようになり、単なる“入力装置”の枠を超えて、“脳と世界をつなぐインターフェース”の象徴となった。「SIDの“D”って、もう“Device”じゃなくて“Dimension”なんじゃない?」と冗談めかして語る人もいる。


一方、SIDとよく比較されるSIMは、SIDよりも非侵襲的で、主に感覚拡張や簡易的な通信に使われる。SIMは皮膚に貼るタイプや小型ウェアラブルが主流で、SIDのように神経系へ直接アクセスすることはない。そのため、SIDが“脳の外付け拡張ポート”と呼ばれるのに対し、SIMは“追加センサー”という位置づけだ。SIDを一度でも体験した者は、SIMにはもう戻れないと口を揃える。


SIDの普及によって、個人の記憶や感情がネットワークで共有される社会が現実となったが、その裏でSID依存症や記憶改竄犯罪といった新たな社会問題も生まれている。「SIDを抜いた後の虚無感がクセになるって声もある。人間って、どこまでいっても生身に戻りたがる生き物なんだろうな」と、老精神科医は遠い目で呟いた。


「SIDって、結局“何でもできる鼻からマシン”になったんだな」


そう呟いた彼の鼻先には、まだ微かにSIDカプセルの香りが残っていた。

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