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旱天の雨(2)

 案内された居室には、二人の人物がいた。

 見るからに腕っぷしの強そうな禿頭の男性と、温和で優しげな空気を纏う髪色の明るい女性。

 エルラが記憶を探る前に、男が感極まった様子で両腕を広げ跳びかからんとした。思わず後退るエルラ。角の少女が間に入る。

 バチ、と音がし、男は膝から崩れ落ちた。

 女がニコニコとしながら、小さな杖を男へ向けていた。


「あなたはすぐ、そうやって考えなしに動く。悪い癖だわ。いつになったら直るのかしら」


「そういうお前はすぐ人に電撃を撃つじゃないか。それも悪い癖だ……」


 言うなり、男は倒れ伏した。


「えっと――」


「この人たちはいつもこうです」


 少女はそう言い、困惑するエルラを質素なソファへ座るよう促した。

 エルラは、端の方に控えめに座り、膝の上に柄が乗るように〈リリ〉を横たえた。

 ポットから茶をカップへ注ぎ、テーブルに置く少女。座らずに傍らで立っている。


 女が言った。


「目を覚ましてよかったわ」


「でも、妹が……」


『わたしのことは気にしないで』


「死んでいないのなら、どうにかできるはずよ。お父様のことは残念だったけれど、あなたたち二人が生きていてくれて、わたしは嬉しいわ」


 そうそう、と相槌を打つリリ。納得いかない、受け入れがたい、といった様子だが、エルラも頷いた。


「ね、エルラちゃん、いじわるするみたいで悪いけど、わたしたちは誰だかわかるかしら? 最後に会ったときはまだちっちゃかった頃だから、覚えてないかな。でも、覚えてなくても、責めたりはしないわ。幼いときに何分か会っただけの大人のこと、ましてや名前なんて覚えてるほうがすごいもの」


「えっと、マルレーナおばさんにアルフレートおじさん、で合ってますか?」


 おぼろげな記憶から、心当たりを探り当てる。もっとも候補は少なく、初めから正答しかないような問題だった。

 アルフレートとマルレーナ。二人は夫婦で、エルラの父親の古くからの友人だった。アルフレートは凄腕のマモノ狩人、マルレーナも高名な術師らしいということはエルラも覚えていた。


 エルラの答えを聞き、表情を一段階明るくさせ、マルレーナは頷いた。


「ほほう、すごいじゃないか。覚えていてくれて嬉しいよ」


 アルフレートが起き上がりながら言った。何事もなかったように立ち上がり、マルレーナの横に腰を掛ける。


「大丈夫、なの?」


「なに心配は要らない。こいつの電撃は健康にいいんだ」


 あらあらと満更でもなさげなマルレーナ。

 はは、と、エルラはたまらず苦笑いした。


「それで、あの、あの魔――いや、あの人は誰なの?」


 部屋の隅で壁に寄りかかり、パイプを吹かす少女を見、目が覚めてからの疑問の一つを尋ねた。


「サリクス」


 角の少女が言った。


「わたしのことはどうでもいいでしょう? 皆さん、お互いに聞きたいことがあるでしょう、話を進めてください」


「サリクスちゃん、あなた無関係だって顔してるけど――」


「弟子は身内、でしょ。わかってます。ですが、彼女への説明は自分がするってお二人が言ったんですからね」


「手厳しい」


 アルフレートが首の後ろを触りながら言った。一つ一つの動きが大きい男。エルラのおぼろげな記憶どおりの人物。


「あの、説明って……」


「エルラ、お前は村が襲われた日のことをどこまで覚えている?」


「それってどういう」


「あー違う、疑っているわけではないんだ。簡単な話はリリからも聞いている。だからお前からも話を聞いて、二人の話と俺たちが現地で調べた内容とに大きな差がないかを確かめたいだけだ。狩人の協会へ報告する必要があるんでな」


「それとあなたたち二人のこれからのことも、ね」




 エルラは二人に、自分が知っていること、見たことを話した。

 思い返し、語るうち、恐怖と痛みが湧き上がってくる。必死さのあまりに置き去りにしてきた感覚が、遅れてやってきた。

 流れ弾の中った左足、噛み砕かれた右腕、マモノの体重と熱、凍てつく冬、差し迫る死の感覚、身体の芯に残る冬の熱さ。それらが現実感を帯びて、エルラに襲いかかった。

 話終える頃には、エルラは嗚咽と涙に塗れていた。


 アルフレートとマルレーナは、エルラが落ち着くまで、何も言わずにただ見守り続けた。



「すいません、もう大丈夫……」


 鼻を啜りながら、エルラは顔を上げ、言った。

 サリクスが無言でハンカチを手渡す。

 涙を拭き、洟をかむ。汚れたハンカチをどうしようか、鼻を覆い、かむ仕草を続けながら窺う。

 察したサリクスが自分に寄越すように促した。エルラはサリクスにハンカチを返す。


「あの……村はどうなったの?」


 エルラはおずおずと尋ねた。


「……」アルフレートは逡巡するかのような数拍の沈黙ののち、口を開く。「生き残ったのは、お前たちだけだ。みんなマモノにやられた」


「そう……」


 それ自体は察しがついていた。しかし、予想していたよりもずっと、心は動かなかった。


「村を襲ったマモノも、おそらく全部死んだ。俺たちが着いたときには何体かが村の外へ移動していたが、そいつらは足跡と魔力を追って生死を確認して、生きているヤツがいたら倒しておいた。ほとんどは俺たちがどうこうするよりも前に死んでいたが」


 村人たちの攻撃で多くのマモノは傷を負い、死んでいた。

 エルラの中で、熱が引いていく。脱力感。もし生き残りがいたらトドメを刺しにいこうと思っていた、その気持ちが薄らいでいく。


「今回の襲撃にはおかしな点がある。一つは謎の魔族の痕跡。そしてもう一つは群れとして不自然だということだ。この群れには若い個体が多く見受けられた。できて間もない群れだ。それ自体は別におかしくもなんともないんだが、群れを束ねるリーダーらしき個体がいくら探しても見つからない。この種のマモノはわかりやすい長がいるものなんだ。それがいないとなると、特殊なリーダーがいたと考えるのが筋になる。状況からみるに、例の魔族が指令役だと考えられる。マモノを操る術は存在するしな」


「ただ、術の専門家から言わせてもらうと、今回のマモノは操られたものではないと思うわ。術の痕跡がなかったもの。使役の術式は、想像以上に複雑なの。痕跡も残さず扱えたのなら、それは天才」


 ほう、と口を開けたまま、話を聞くエルラ。


「村をマモノの群れが襲い、村は壊滅したが、村人の必死の抵抗によって群れも全滅。生存者は無し。マモノの動きとの関連は不明だが、手配中の魔族と思われる魔力反応有り。協会への報告は、大体こんなものだ」


「あなたたちは、表向きは死んだことになるわ。嫌だと言うなら、嘘偽りなく報告することになるけれど、そうなったら、どうなるでしょうね。上位魔族の眷属化だっていまじゃ珍しいことだし、人格を保ったまま人が剣に姿を変えるなんて前例のないことよ。研究室の檻の中で一生を過ごすことになるわ、きっと。それは嫌よね?」


「うん――」


『困る』


「そうよね。そして、これからが本題」


 意味ありげにウインクしたあと、アルフレートの肩を叩く。

 アルフレートが、言い出しにくそうに言う。


「それで、お前たちが遭遇した魔族だが……」


 言葉を止め、サリクスを見る。


「なに? 魔族のことは同族から説明しろと? 別に構いませんが」


 そういうわけではない、と言いかけるアルフレートを制し、サリクスは説明を始めた。


「残された魔力の痕跡を照合した結果、あなたが出会った魔族は、おそらく、いえほぼ確定といってもいい――ユーレアツィヴティケネテスという魔族です」


「ユーレア、ツィヴ、ティ、ケネテス」


 噛みしめるように、エルラはその名を復唱した。


「そうです、ユーレアツィヴティケネテス。〈冬霊〉、〈歩む死の山〉などの異名を持つ、伝説的な大罪人。そして、英雄でもある。彼は少なくとも百年以上、一説には五百年近く生きているといわれ、その生の中で数えきれないほどの人々を殺しています。近年だと、クルツェヴィルク継承戦争が有名でしょう。知っていますか? それとも〝清浄〟戦争のほうが馴染みがあるかしら?」


「せいじょう? っていうのは知らないけど、クルなんとか戦争は聞いたことある。二十年くらい前の戦争、お父さんとマルセルさんはその戦争で戦ったことがあるって。お父さんとお母さんはこの戦争で出会ったとかも」


「そう……。そうです、その戦争です。この国は公式に参戦こそしていませんが、志願兵を派兵していたので全くの無関係というわけでもありません。あなたのお父様だけでなく、師匠たちもこの戦争には関係しています。知りたければ、あとで聞いてみてください。話したがらないでしょうけど」


 アルフレートらを見るエルラ。二人は首を小さく横に振った。

 それを見て、サリクスも頭を振った。

 つられてエルラも首を傾げた。

 サリクスは咳払いをして続ける。


「話を戻しましょう。この戦争はロスコーシシェロット帝国と、クリトコルスやレフ共和国を中心とした同盟国の戦争で、両陣営で五十万から九十万人が戦死したといわれる大規模な戦いでした。元はと言うと継承戦争の名のとおり、クルツェヴィルク王国の後継者争いによる内戦でした。クルツェヴィルクは国民の大半が魔族(イラカシュ)の国です。いまとなってはただ荒れ果てた土地と地名が残るのみですが……」


 多くの魔族(イラカシュ)にとって、心象や血族の源流となる祖国や聖地のような国だと、マルレーナが補足した。


「この継承内戦、早々に決着すると考えられていましたが、ロス帝国が親帝国派の支援と救出を名目に介入したことで様相が変わります。武力介入によって親帝国派が優勢となりましたが、すぐに帝国に侵略の意図があることが露呈し、さらには人狩りや強制収容、処刑が行われていることが明るみになりました。それらは同盟国に介入の口実を与え、同盟諸国が参戦したことにより、戦争はさらに歪な形へと変容していきました。初めに言った死者五十万から九十万人という数字は、帝国軍と同盟軍兵士だけの数字です。同盟国が参戦した時点、いえ帝国が介入した時点で、すでに計数されていない非戦闘員の死者が多数存在していたといわれています。さて、戦争自体の話はこのくらいでいいでしょう。継承争いに周辺国が手を出してひどくなった戦いというくらいの認識で構いません、いまのところは」


 含みのある言い方。

 サリクスが語った少ない情報とマルレーナの補足だけしか判断材料がないとはいえ、学のないエルラにも単純な戦争ではなかったように思えた。


「ユーレアツィヴティケネテスは、当初はクルツェヴィルクの将校として戦場に立っていました。立場的には親ロス寄りで、これは彼の敬愛していた継承者アンナリーゼが対外的には帝国との融和派だったこととユーレア自身がロス帝国属州の出身でもあったからです。戦前の話になりますが、ユーレアとアンナリーゼはただ単に主従というだけでなく、お互いをその……なんというか、好き合っていたといわれています。しかし、二人が結ばれることはありませんでした。アンナリーゼは序列三位で自由にさせるには位が高く、ユーレアも経歴が不透明だったことから宮廷内では軍部を除いてあまり信用されていませんでした。せめてもの、と考えたかはわかりませんが、アンナリーゼは従妹であるゾフィーをユーレアにあてがいます。ゾフィーは影武者を務めることができるほど、アンナリーゼに似ていました」


『かわいそう……』


 サリクスはチラとリリを見た。

 室内をゆっくりと歩き始め、言葉を続ける。


「ある意味ではそうかもしれませんが、ユーレアとゾフィーの仲は意外にも良好で、すぐに子供も生まれました。子供の名付けはアンナリーゼが行い、彼女と同じ名が子供には与えられました。いま思えば呪いのようなものだったのかもしれません。ユーレアとゾフィーの子が生まれて間もなく、王が崩御、後継争いから内戦に発展し他国の介入を招きます。さきに言ったとおりユーレアは親帝国、というよりもアンナリーゼ派として戦います。アンナリーゼ派の中でもとりわけユーレアの影響力の強かった軍部を中心とした事実上の親衛隊は鈴蘭大隊と呼ばれ、戦局は彼らに有利に進んでいました」


「鈴蘭……」


 エルラは〈リリ〉へ視線を下ろした。剣身には鈴蘭の模様がある。たとえ関係がないとしても、気がかりではある。


「鈴蘭はアンナリーゼの使っていた紋章です、彼らはそれを旗標にしたわけです。そして切先のない剣は内戦前夜頃からの彼女のシンボルでもある」


「あ、あの、もしかして……」


「いえ、妹さんとアンナリーゼの鈴蘭は無関係だと思いますよ」


「そう、なの?」


「さっきも言ったように、人が剣に変わる、というのは例がないことなの。見た目は元の人間の心象や渇望に由来する可能性はあるけれど、それも憶測にも足らない妄想の段階でしかないわ。ユーレアが彼にとって思い入れのある意匠に作ったということも考えられなくもないけれど、それはそれで不自然よね。それだったら、リリちゃんの好きな花と考えたほうがまだ現実的、どう?」


『鈴蘭は好きな花だけど……』


「そうなの? 初めて聞いた。昔あげたときはムスっとしてたのに」


『それは、いつもはお菓子くれたから、それと比べてほんのちょっとがっかりしただけ。でも、お姉ちゃんがくれたから、好きなの』


「それなら言ってくれればよかったのに」


『一回だけだから、特別なの』


「リリ……」


 二人の会話を聞き、アルフレートは目頭を押さえている。


「あの、話を戻してもいいですか?」


 サリクスが、無感情に言った。

 ごめん、とエルラは謝りながら頷く。


「さて、戦いを有利に進めていたアンナリーゼとユーレア率いる鈴蘭大隊でしたが、彼らの戦いが成果を残すことはありませんでした。他国が介入した……からではなく、アンナリーゼが暗殺されたからです。彼女の遺体は判別するのが困難なほど損壊していたと伝わっています。王位に就けたい人物を失った以上、ユーレアをはじめとしたアンナリーゼ派の目的は消失することになります。鈴蘭大隊のメンバーの中には鞍替えをした者や自らの命を絶つ者もいましたが、多くは捕らえられ、処刑されました。ユーレアも自由を奪われることになりました。そして、失意のユーレアをさらなる不幸が襲います。彼の妻と子も殺されたのです」


 エルラは思わず、暗い顔をした。大変な戦争だったというのは話に聞いていたが、あまりにもわかりやすい悲劇に気持ちが沈んでしまった。

 うつむくエルラを見てサリクスは、妻子が国外へ逃げたという証言もないから殺されたという説が有力なだけ、と小さく付け加えた。アンナリーゼも実は生き延びていた、という説もあるとも。この手の話にはよくある疑似歴史だと。


「アンナリーゼの暗殺と妻子の死、もしかしたら仲間の死も含まれるかもしれません。それらが原因となったのか、彼は禁固を破り、第三勢力として戦局を乱し始めました。勢力といっても彼を含めて十人にも満たない少数で、アンナリーゼ派の残党とされています。しかし、彼らによって殺された兵の数は少なくとも五万人、一説には十五万ともいわれています。眉唾に思えますが、ユーレアの逸話を聞けばそこまで大袈裟な数字には思えなくなるかもしれません。彼を〈冬の悪魔〉と印象づけたエピソードで、ユーレア単身で要塞を沈黙させ、一万人をほんの数分で屠ったというものです。この出来事の異常さを際立たせるのは死者の数だけでなく、時期が真夏、全員の死因が凍死だったことでしょう――」


「凍死……」


 エルラの脳裏に、先日の降雪と鹿に似た角を持つ魔族の姿が浮かんだ。

 やはりあの魔族は、サリクスの話すユーレアツィヴティケネテスなのだろう。

 だとしたら、何のために、いま、村に現れたのか。まさか父にアンナリーゼやユーレアの妻子の死との関わりがあるのだろうか。


「最終的に、引き分けという形で戦争は終結しました。しかし、ロス帝国は参戦国の中で最も多くの戦死者を出したうえ、自国の装備、戦闘教義などの前時代性を痛感することとなりましたし、クルツェヴィルクは王位の継承権保持者全員が死亡、行方不明となり事実上の無政府、滅亡状態となりました。当事者だけが痛い目を見て、同盟の一部が利を得たといえるでしょう。ユーレアツィヴティケネテスは、戦争での所業から英雄として称されると同時に反逆者や大量殺人者として糾されました。一部では継承者暗殺の実行犯だという説も囁かれました。しかし彼が処断されることはありませんでした。彼が手を出せないほどに並外れた力を持っていたからともいえますが、戦後すぐに行方をくらましたからです。痕跡を一切残さず消えたため、長らく死んだものと思われていました。しかし、なぜか先日彼と思われる魔族が現れたわけです。それも小さな農村に」


 サリクスは、言い終わると小さく息を吐いた。

 窓の外を眺め、刺々しい口調で、独り言のように言い足す。


「まったく、すごいですね。こんな小娘が彼と対峙して生きているなんてね、どんな色目を使ったんだか」


「サリクスちゃん? そういう言い方はあんまり」


 窘めるマルレーナ。


「だって事実でしょう? 魔族と交わって彼の呪いを受けたことは言い逃れできない」


 エルラは、なぜサリクスが自分に対して毒のある言い方をするのかわからなった。初対面で斬りかかったからか、あるいは単に気に食わないだけなのか。この短時間でも、サリクスが粗暴で短慮な人物ではないことは察せられた。そんな彼女が、自分を責めるのだ、自分に過ちがあるのだろう、エルラは思った。


「ごめんなさい」


 呟くように零れた。


「あ、すみません。あなたは何も悪くないんですよ。わたしの失言です。ごめんなさい、つらいのはあなたですよね」


 しまった、というふうに慌て気味に宥めるサリクス。エルラの肩へ手を伸ばす。

 エルラは、肩に置かれたサリクスの手を反射的に払い除けた。


「あっ、ちが。いや違くなくて。ごめ――」謝ろうとするエルラをよそに、サリクスはエルラから最も離れた向かいの壁際へ行ってしまった。手をさすっている。「――なさい」


 うつむき、肩をすくめるエルラ。

 マルレーナとリリは同期したように溜息を吐いた。明らかに呆れが見て取れる。


「一部の魔族(イラカシュ)にとって、ユーレアツィヴティケネテスは伝説の英雄、英雄の中の英雄だ。そんな彼に会えたのが羨ましいんだろう」


 アルフレートが、励ましのつもりか助けにもならないフォローを入れた。

 マルレーナはさらに深い溜息を吐き、サリクスは彼を冷ややかな目で睨んだ。


「なんだ、全部俺が悪いみたいにするな。確かにいまの発言は適切じゃあなかったが、どうしろと」

「無理に喋ろうとしなくていいのよ、あなた筋肉しか取り柄がないんだから」


 アルフレートは口角を下げ、肩をすくめた。


「いえ、わたしがちょっといじわるし過ぎただけです。普段、他の人と接するようにしてしまったのは配慮が足りなかった」


 サリクスも、うつむき、暗くなる。

 この場には三人の沈んだ人物がいることになる。


「なんなの、この人たちは。面倒くさいわね」


 マルレーナは、隣でわざとらしく項垂れるアルフレートの腿を叩く。


「まだ、話は途中なんでしょう。日が暮れるまでそうしているつもり?」


「――おう、そうだった」


 アルフレートは背筋を伸ばした。

 エルラはぼんやりとアルフレートを前髪の隙間から覗き見る。


「……その、エルラ――」


 重々しい様子で、躊躇いがちに言いかける。

 アルフレートが言葉を切り出す前に、エルラが口を開く。


「あの……、ユーレア、さん、が父や村を襲ったのなら、もしかしてお父さんは彼の大事な人を殺したから、その仕返し、なんですよね?」


 絞り出すように言った。


「なぜそう思う?」


 ハッと驚きと悲しみの入り混じった表情を浮かべたあと、アルフレートが優しく問いかけた。


「だって、そうじゃなきゃ、おかしい。みんな悪い人だから死んだんだって、そう、思わなきゃ」


 声が震える。泣き出さないように、その一歩手前で堪える。


「あなた、少し誤解していますよ。ユーレアツィヴティケネテスは、あなたのお父様をどうこうするつもりで村に行ったわけではない……と思います。慰めにならないでしょうが、あなたのお父様も村の方々も、無残に殺されなけらばならないような悪人ではなかった、そう思います」


「それなら……」


 自分が悪い女だから、みんなが不幸になった。エルラはそう言いかけた。

 もし言ってしまったら、この人たちは自分を憐れむどころか本気で心配するだろう。

 それは、あまりにも惨めだ、と思った。


「彼は通りすがりのようなものよ。村の周辺にあった何体かのマモノの死因は凍死だったわ。凍死じゃない死体も冷気による損傷を受けていたから調べるのは大変だったけれど。もし、彼がマモノを従えていたとしたなら、自分の手下を殺すのは変よ。自分の痕跡を残さないためにマモノを使ったと考えると無意味な行為だとは思わない? 二十年近く、自分の痕跡を一切残していなかった人物がそんなことをする?」


 マルレーナが言った。

 エルラは胸が苦しくなった。マルレーナにそういった意図はないだろうが、自分を責めているように思えた。

 うつむいて、手を握りしめる。



 エルラは複雑な気持ちだった。

 ユーレアツィヴティケネテスは、マモノを操って村を襲った犯人なのか。証拠上では、その可能性は低そうだった。アルフレートらが嘘を言っていない限りは。

 しかし、そうなると、彼はなぜ村を訪れたのか。

 もしユーレアツィヴティケネテスが本当に襲撃と無関係なら、なぜ父の心臓を抉り、食べたのか。なぜ死にかけの自分を治療したのか。妹はなぜ、剣になってしまったのか。おかしな点が多いし、自分の知る情報だけでは全体の形が見えてこない。

 彼なら、知っている。そう思った。

 村を襲ったマモノとは無関係なのかもしれないが、だとしても自分たちに傷痕を残している以上は、本当の意味で無関係ではない。少なくともエルラは無関係だとは思いたくなかった。誰かに責任を求めたかった。

 ユーレアツィヴティケネテスに会うのに最も有力な方法はなんだ、とエルラは自分に問いかける。


(殺せばいい。彼の命を狙っていると、大声で叫べばいい)


 物騒な答えが返ってきた。彼へのラブコールを返事があるまで送り続けろ、と。

 そう思うと、ふつふつと、決心がついたように殺意が湧いてくる。

 復讐をしなければ――、何日か前の想いが色を取り戻す。

 マモノは駆逐するべきだ、そう思った。この異形が怖く、そして憎い。

 しかし、エルラの村を襲ったマモノはもうすでに狩られてしまった。その事実はエルラに歪な闘志を灯すことになった。

 明確な対象のいない復讐。しかし、父の遺体を傷つけたことは、エルラにとってはユーレアツィヴティケネテスに対する充分な復讐の口実になった。

 マモノを滅ぼせるくらいに強くなれば、人を大勢倒せるようになれば、ユーレアツィヴティケネテスと対等になれる。彼の脅威だと認められれば、彼と再び相対することができるかもしれない。

 綻んだ理屈を組み立てる。



「エルラちゃん?」「大丈夫か?」


 うつむき、拳を握り、ぶつぶつと呟くエルラを見て、アルフレートとマルレーナは声をかけた。


「ごめんなさい。少しキツい言いか――」


 エルラは顔を上げ、上目がちに二人を見た。


「……あの、アルフレートおじさんは狩人ですよね。マルレーナおばさんも術師。二人とも戦争にも行ったから兵隊さんでもある」


「元、な」


「それなら、その……」言い淀み、やがて決心したように。「わたしにマモノと……魔族の狩り方を教えてください、お願い」

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