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星見草の枷(2)

「そういえば、ようやく彼らの仕事場の場所を突き止めました」


 パイを一切れ食べ終えたサリクスが告げた。

 ようやくなどと言ったが、調査を始めて五日しか経っていない。事前にある程度の目星がついていたとはいえ早い発見だった。

 ダグマルが頭を下げた。


「ありがとうございます」


「これからが本番ですよ」


「ですね」


「しかし、わたしが言うのも妙な話ですが、女の子三人で組織犯がいるかもしれない場所に乗り込むというのも、いささか不用心だと思います」


「女の子三人?」エルラは芝居がかった大きな動きで首を傾げてみせた。「ダグマルちゃんは男の子だけど」


 エルラの言葉に、サリクスとダグマルは驚いた。

 サリクスは自身が知らなかった事実を知った衝撃と、その内容の意外さへの驚き。一方、ダグマルは秘密が破られたことへの怖気混じりの驚きだった。

 二人とも「え?」と、エルラを見たまま固まっている。その視線は「なぜ」と問いを投げていた。


「なんでって、わたしはそういうのわかるのよ。わたしに言わせれば、なんで気付かないのかって思うわ。今回以外にも何度か会っているのに」


「いつから?」


 絞り出すように、恐る恐るダグマルが尋ねた。

 その疑問にエルラは軽い口調で答えた。


「初めて会ったとき」


「え?」


「まあ、誰にでも他人に言えない事情はあるものです。詮索はしませんよ、いまは」


「ううぅ」


 恥ずかしそうにしているダグマルから、サリクスは視線を外した。

 しかし聖女とはどういう選定基準なのか、とサリクスの頭に疑問が浮かんだ。「処刑隊」でなく「聖女隊」に配属されているからには、教会の人事関係者や聖遺物にはダグマルは〝少女〟として認識されていることになる。


 それはそうと、

 サリクスはエルラへ顔を寄せ、声を抑えて言った。


「なんで、わざわざ本人がいる前で言ったんですか?」


「だって、ほら、可愛いでしょう?」


「そうやって、相手が男と見るや悪戯心を出すのは行儀がよくないって言ってますよね? 仕事に影響が出たら――」


「大丈夫です。いつか言うべきことだと考えていたので……。むしろありがとうございます、切り出し方に悩まなくてよくなりました」



 慰めのつもりか、エルラは残りのパイが載った皿をダグマルへ差し出した。ダグマルは小さく頭を下げると、皿を寄せ、パイへジャムと蜂蜜をかけた。

 エルラは幼子を見守るように、目を細め、ダグマルの様子を見ている。ダグマルがパイを食べ始めたのを見てから、エルラは口を開いた。


「それはそうと、こっちは犯人の目星がついたわ」


 あなたが余計なことを言うから話が逸れたじゃない、と言いたげにサリクスを一瞥する。元を辿れば自分が話の腰を折ったのだが、それを見なかったことにして言う。

 溜息を吐きそうになるのを堪え、サリクスは頷いた。言ってみろと、顎で示す。


「墓守をしてるっていう兄妹が怪しい。妹を町で見かけたのだけど、術師っぽい匂いだった。それと、結構ヤってる感じしたわ。サリュと似た匂い」


 二人――リリとダグマルからは共感を得られなかったけど、と不満げに呟いた。

 ダグマルが、パイを頬張りながら、チラと顔を上げた。


「兄のほうはわからないけど、都会の学校へ行ってたとかで頭がいいらしいわ。学者っぽいって話だったから、こっちも術師かも」


「ああ、なるほど。だとすると、うまく組み立てられますね」


「なにが?」


「墓荒らしや葬儀の前に遺体が盗まれたり傷つけられたりということが、ここ二、三年で何件か起こっているという話を聞きました。墓守であれば、守護霊の目を誤魔化すことは、部外者に比べればずっと簡単になります。――それに、突き止めた誘拐犯の仕事場があるのは、現存する間取り図には載っていない城の地下遺構の一部なんです。城を起点に町周辺に地下道が巡っているという伝説があって、出入口をいままで発見できずにいたらしいですが、今回、下流の川沿いの崖に人の踏み入ったような形跡を見つけました。術的な方法、それもかなり巧妙な方法で洞窟を隠してありました。例の兄妹が術師であり、そしてまた城主の一族と関係があるというのが事実だとすれば、まあまあ合点がいくかなと」


 サリクスにとっては、誰がやったか、にはこの際興味はない。

 とはいえ、エルラが「結構ヤってる感じ」と言うからには、それなりに殺し慣れた武闘派が相手なのだろうと見積もりは立てられる。欲をいえば、一日早くその情報があれば、件の兄妹の素性を詳しく調べられたかもしれない。


「じゃあ、もうちょっと調べてみるわ」


「いえ、その必要はないです。明朝には踏み込もうと思います、準備を怠らないようにしておいて」


「明日なの? それにしても朝? 夜襲が有利みたいな話を聞いたことがあるのだけど」


 リリとダグマルも明日の朝に突入と聞いて、急だね、と反応を示した。早ければ早いほどよいと考えていたダグマルだったが、いざ明朝とセッティングされると緊張を隠せなかった。


「それは戦争の一局面での話です。今回のように敵地の情報が少ない状況で採れる作戦ではありません」


「猫に様子見させればいいじゃない」


「しましたよ、もちろん。ですが、すぐ崩れてしまいました。どうやら魔力を散らす陣や結界の類が布かれているようです」


 〈影〉の猫が結界に触れ崩壊したということは、敵に侵入者の存在を気取られたと考えたほうがよい。仕掛けた網の手応えを気に留めない者はいない。自分が同種の結界を張るなら警報も実装する、ともサリクスは考えた。

 サリクスは、自分のミスへ敵が対策する前にさっさと殴り倒してしまったほうが面倒が少ないだろう、と見積もった。


「あまり認めたくはないのですが、殴り込みを急ぐのはわたしがミスしたかもしれないからです」


「ふーん。サリュは敵が逃げちゃうと思ってるの?」


「守りを固められたら面倒だと思って」


「そのほうが暴れがいがあるじゃない」


「それは慰めてるんですか、それとも素?」


「どちらも、よ」


「はぁ……」


『ふふっ、あははは』


 突然、リリが笑い声をあげた。二人のやりとりを聞いて、思わず笑ってしまった。





  ◆  ◆  ◆


 スライド式散弾銃を手にするサリクスを先頭に、エルラたちは敵地に潜り込もうとしていた。

 暗い道を行くには、散弾銃に括り下げられたダークランタンが数少ない頼りだった。暗闇に浮かぶ光源は目立つが、どのみち術的な警報システムが構築されている可能性が高い以上はランタン程度の痕跡に気を払う必要もない、とサリクスは考えた。ある種、ヤケになっている部分もある。


 自然洞窟は進むにつれ、手掘りの鑿痕が残る横穴へと変わり、やがては漆喰や木で整えられた坑道となっていった。壁には電線が打ち付けられ、電球やランプが吊り下げられている。照明は点いておらず、闇の中を一行は静かに、ゆっくりと進んでいる。

 突き当たりの格子戸の奥に光が見えた。

 扉には鍵がかかっていたが、一行は錠を破壊して通り抜けた。

 先は、少し幅の広い通路で、鉄格子や鉄扉が立ち並んでいた。監獄のようだった。

 血と鉄の臭い。生と死の気が扉の向こうから染み出ている。カビ臭と腐臭も混じっているが、環境の割には薄い。虫や鼠の気配すらない。


「……どうやら当たりのようですね」


 サリクスとダグマルは目配せし、頷き合った。あとは、自分たちで制圧するか、どうにかして応援を呼んで到着まで状況を維持するか、といったところ。



 それを横目にエルラは、部屋をいくつか見て回る。

 鉄格子で閉ざされた部屋には、魔族(イラカシュ)だけでなく、猫人種(フェリニア)翼人種(テロデューン)など様々な種の亜人が囚われていた。

 檻と呼ぶ以外にない様相だった。さすがのエルラも不快感で息が詰まりそうになる。

 そして、手近な鉄扉の小窓を開いた。

 中にいたのは魔族(イラカシュ)の女性だった。輝く金色の髪と整った山羊様の角。一目見た限りでは、おとぎ話に登場する囚われの姫のようにも見える。


「何やってるんですか」小声で窘めながら、サリクスが横から覗き込んだ。「あ、この人……」


 この女性に、サリクスは見覚えがあった。年初めに消息を絶った狩人だった。


「好みの女の子?」


「まったく、キミはいつも……」相手にしきれない、と零した。女性へ視線を戻して言った。「――この人、狩人ですよ。確か騎士の家のご令嬢で、行方不明とは聞いていましたが……こんなところで、このようなことになっているとは……」


「助けるの?」


「いえ、まさか。どこかに所持品が残っていれば、それを持ち帰るくらいですよ」


 よく見てください、とサリクスは女性を指し示した。


「ああ、うん――そうよね」


 エルラは、魔族(イラカシュ)の女性をもう一度見て、何かをわかってしまったかのように呟いた。


 女性はエルラたちに無反応で、耳がまともに聞こえているか怪しい。目の位置に巻かれた包帯から、目も健在とはいかないことは察せられた。さらには二人から見える限りにおいても、角こそ無事のようだが、足の腱は切られ、手指も焼き潰されているようだった。女性はほとんど動かず、麻布と藁の粗末な寝具にうずくまるように横になっている。寝床の粗雑さに反し、狩人時代のものだろう古傷が残るものの肌や髪の汚れは少なく、それなりに綺麗な服を纏っている。最低限の手入れはされているようだった。本人の様子からして、自分で身を整えたとは考えにくい。


 なるほどこれが〝商品〟か、とエルラは理解した。

 魔族(イラカシュ)という種に、あまりよい感情を持っていないエルラだが、人の形をしたものがこうした扱いをされているのは、さすがに心地はよくない。同時に、商品として扱うのなら、どうして手足や目を潰して価値を落とすのだろう、素材としての価値以外の価値は求めないのだろうか、と思ってもしまう。エルラが常人とは少し違うのは、そういうところだった。



 鉄格子で閉ざされた別の部屋には、魔族(イラカシュ)の男たちが入れられていた。ボロボロのシャツを着、角は切り落とされている。さきの魔族(イラカシュ)の女性が一人だったのに対し、こちらは同じ広さの部屋に十人以上が収容されている。文字どおり、動物の檻のようだ。


 男たちは一行を目にすると、息を荒げ、目をぎらつかせだした。特にエルラを凝視している。格子の奥から粘り湿った泥のような空気が、突として溢れた。ダグマルはその光景と発せられる気に恐怖を覚え、後退った。サリクスは、うんざりだというふうに小さく溜息を吐いた。エルラは、檻から伸びた彼らの手がギリギリ届かない位置に立ち、どうするでもなく冷めた視線を送っている。エルラの悪い癖が出ている。

 サリクスはもう一度、溜息を吐くと、鉄格子の向こうを流し見ながら一人で奥へと進んでいった。角を曲がり、エルラたちからは見えなくなった。

 追うエルラとダグマルだったが、はたとダグマルがある牢の前で足を止めた。


「どうしたの?」


「子供たちがいました」


 ダグマルが示した小部屋には五人の幼い魔族(イラカシュ)たちが入っていた。その中に孤児院の子供たちがいた。髪は短く切られ、角も片方切り落とされていた。目は虚ろで、首や腕の掻き傷からは体液が滲んでいる。

 子供たちは、エルラたちが音を立てるたびに、びくびくと怯え、震えている。


「大丈夫。助けに来ましたよ――」


 ダグマルの呼びかけにさえ、怖がり、ヒューヒューと息を切らすだけだった。終いには一人は絶叫し、失神してしまった。


「どうして……」


「その子たちはもうダメです」


 戻ってきたサリクスが冷ややかに告げた。


「そっちには何があったの?」


「ああ、何も――」


 目的のものはなかった、と聞こえないほど小さく呟いた。

 あったのは死体だけだった。鉄扉で仕切られた向こうには、祭壇のような台とその周囲にバラバラの死体が積まれていた。術の生贄だろうことは想像に難くない。さらに奥へと通路は伸びていたが、照明もなく、呻き声が聞こえるだけだった。来た道の檻でさえ好待遇に思える惨状が目に浮かぶようだった。


「それより――、その子たちを連れて帰ったとしても、元には戻らないでしょう。その子たちの負った傷は、塞がることのないものです。弱き者を助け、生かすのは、それはそれで素晴らしい行いです。ですが、いまとなってはその子たちは弱き者ではなく、血が通っているだけの死人にすぎませんよ。一思いに殺してしまったほうがいい」


 サリクスが落ち着いた口調で淡々と告げた。さらに続ける。


「それも、その子たちだけではなく、ここに囚われている〝被害者〟全員」


「そんな……」


「数人ならまだしも、全員は無理ですよ。教会にも、彼らを助ける余裕はないでしょう?」声を低くし諭すような調子で言った。「それに、ここから連れ出したとしても、檻に入れられるか、鎖に繋がれるかです。塀の外には出られないことは、あなたにも予想できることでしょう? これ以上心身を侵されないという一点のみで救われたと判断するのはあまりにも考えなしというものです。結局は家畜から置物に変わるだけです。愛玩動物ですらない。いまはいいでしょうが、将来的には場所と財政とを圧迫するだけの負債とも呼べる存在に変わります。そうなったとき、負担を解消するために教会がここで行われていることと同じことに手を染めないとも限りませんよね?」


 ならば、突入時にはすでに全員死んでしまっていたことにすれば、彼らをただの犠牲者として扱える。サリクスは、そう告げた。

 ダグマルも、審問官や処刑隊がここに来ていたならば、そういう処理をするだろうことはわかっていた。それゆえに、サリクスへ明確な反論ができなかった。それだけでなく、先日の件で、被害者に細工が施されている可能性を意識せざるを得ない面もあった。


「よかったじゃないですか、あなたたちは手を汚さなくて済むんですから」


 サリクスが、くすくすと笑いながら、わざとらしく嫌味な調子で言った。ダグマルは気まずそうに、少し顔を逸らした。本当は項垂れてしまいたいといった様子。


「あとは、この〝牧場〟の管理者をどうにかしないと」


「……引き返して、応援を呼べれば、それに越したことはないと思うのですけど――」ダグマルは周囲を見回し、サリクスへ目配せした。「そうはいかない、ですよね」


「ええ」


 俄かに緊張が走る。

 エルラも奇妙な気を感じていた。右手は背負った剣の柄に、左手は腰に提げた拳銃の銃把に添え、いつでも引き抜けるように身構えた。


『……来る――』


 リリが呟いた。そのとき、

 照明の光が強く揺らめいた。


「なんだぁ、お前たち。そいつらを助けに来たんじゃないのか?」


 どこからともなく投げられた言葉とともに、エルラたちは闇に包まれた。

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