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花塵を踏む(2)

 サリクスとハウスマンが術式の調査を始めてから四半刻ほど経ったとき、事態は動くこととなった。


 エルラは暇を持て余していたが、構内をうろつけば余計なことをしてしまう自覚があったため、サリクスの指示を守り周囲に目を光らせていた。ときおりダグマルと目が合えば、ニコリと意味深に笑みを浮かべてみせた。そうするとダグマルは微かに顔を赤らめ気恥ずかしそうに顔を逸らす。エルラはそれが面白かった。


 そうしていると、ダグマルがふいと教会堂の入り口の方を見た。リリも同じく、何か変な感じがすると、エルラにそっと訴えた。

 すると、

 キィキィと音をさせ、おもむろに扉が開いた。赤いドレスの女性が入ってくる。

 彼女に続いて町人たちがふらふらと堂内に歩み入り、礼拝所はたちまち満席状態となった。突然の来訪者たちの多くは女性で、薄汚れてはいるものの華やかな衣装を身に纏っている。

 最前列に座っていたノーラマリーと少女は、追われるように席を離れた。壁際でノーラマリーは困惑気味に満員の礼拝堂を眺めている。

 何事か、と、サリクスとハウスマンも作業を止め、群衆を観察している。

 いままでどこにいたのか、共通の疑問がこの場にいるエルラたち調査団の頭に浮かんだ。

 ハウスマンがノーラマリーへ意見を求める視線を送ったが、ノーラマリーは首を横に振るしかなかった。ノーラマリーには、女性たちがいままでどこに身を隠していたかの検討もつかなかった。自分たちの限られたリソースでは見落としは少なからずあるにしても、教会周辺はくまなく調べたはずだった。



 集まった人々は、エルラたちには目もくれず、礼拝の文句を唱え始めた。各人が自分のペースで、別々の祈祷文を暗誦している。不斉の祈祷が、奇妙な響きを生んでいる。

 それらは教会の礼拝で用いられる一般的な祈祷文で、それ自体には何もおかしな部分はないものだった。

 エルラにも聞き覚えがあった。ふっと村での記憶が思い起こされ、懐かしい気持ちになりかける。




   瑕無き者、瑕負いし者

   陽の光、月の光、焔の光

   絶やさず、常に恵みあり

   幸いなり

   たとえ嵐に襲われようとも

   波に攫われようとも

   あなたは私と共にあり

   癒し、慰められる




 まとまりなく唱えられていた個々の祈りの文言は次第に重なり、やがては祈祷文も皆同じものになっていった。初めからそのような構造の礼拝であるかのように。バラついた状態から一体になるまでに、奇妙なまでの円滑さと正確さがあった。

 斉唱に伴って、教会堂内の空気が変わっていった。流体と魔力が女神像を中心に渦を巻き、像は幽かな燐光を纏っている。

 外に比べれば乾いていた室内の空気は、瞬く間に重く湿り、潮の匂いを帯びていく。

 〝海〟の気配が降りてくる。




   宿らずの月、我が女王、我が母よ

   水底よりあなたを仰ぎ見、あなたを呼びます

   私の祈りを聞いてください

   私はあなたを望みます

   赦しは、あなたのもとに




「これは……」


「マズい――!」珍しく焦った顔で声を張り上げる。「エルラ! リリ! 神像を破壊してください!」


「ダメだ、もうそれでは止まらない!」


「リリ!」


 エルラは、待ってました、とばかりに両手剣(リリ)を振り払った。

 リリは呼びかけに応え、自身の術式を覚ます。


『ANFANG――』リリが詠う。『《憂愁は迷いを挫き、純潔は光を遮る。胸の灯火は果てず、杯が満たされることはない》』


 〈リリ〉が澄んだ黒い光を纏う。リィン、と音が鳴る。

 放たれた矢のようにエルラは神像へ疾駆し、〈リリ〉を振るった。その刃が木彫りの像を砕かんとする、そのとき、

 やにわに何かを察知したエルラは身を引き、身体を隠すように剣腹を横へ向けた。

 次の瞬間、エルラへ鋭い光芒が襲いかかった。さながら鉄砲水のような光熱の一刺し。閃光と高熱、高圧がエルラを押し流さんと殺到する。

 光撃を受け止める〈リリ〉が、キィィと高い音を発している。リリ自身、想像もしていなかったふいの攻撃に身を以って抗していた。

 エルラは弾き飛ばされながらも、光線の軌道を逸らし頭上へと打ち上げた。

 金切り声にも似た音とともに光の奔流は去っていった。

 天井には、元からそうだったかのように綺麗な円形の穴が開いている。瓦礫の一つも落ちてこない。雲と霧もくり抜かれたように散り、青空がのぞき、天井の穴から教会堂内へ陽光が降り注いでいる。


「な……」


 サリクスとハウスマンは、起こったことへの理解が俄かに遅れた。ダグマルは唖然とし、目を見開いている。

 エルラは壁の残骸を押し退け立ち上がった。


「なんなの? いきなり」


 苛立ちと驚きが声に滲んでいる。あらぬ方向へ曲がった左肘の関節を曲げ戻し、腹に刺さった木片を引き抜く。


「リリ、大丈夫?」


『平気。でも、限定解除だったけど、わたしが壊せないなんて……』リリは悔しげに言ったあと、小さく続ける。『この光、教会の……』


「なんと、アナイアレイターを受けて生きているとは、一体彼女は――、いやそれよりも」ハウスマンは驚き、教会堂の端を見た。「執行官! 何をしている!」


 ノーラマリーは、ぼんやりとした表情で拳銃のようなものを構えている。夢を見ているようだった。ハウスマンの声にも反応を示さない。

 サリクスの興味はノーラマリーの使った武器のほうにあるようで、


「あれがハンドカノン……初めて見ましたが、とんでもない代物ですね」


 と、関心と畏怖の混じった調子で言った。



 ハンドカノン――教会勢力が独自に配備している術の投射装置。教派や所属部隊によって内蔵する式に多少の差異はあるが、教典を核とした高密度の術装。その光に灼けぬものは存在しないとされる教会の持つ最大の実力行使の手段。手に収まる法であり、砲。教会としての公称はハンドカノンだが、現場では別の呼称が用いられることがほとんどで、その多くが殲滅者や審問者などの大仰な単語だった。



 教会の処刑器具、断罪武装といった印象から想起される種類の暴力とは乖離した、抉り喰い破る光の激流。塵すら残さぬ消滅。

 それを目の当たりにし、


「え……? なに、どうして……」


 ダグマルは依然、状況を飲み込めず、皆の顔を見回している。無意識に自身の腰の銃嚢に手を触れている。



「やっぱり角が生えてるヤツは信用できないわね」


 エルラは左手で拳銃を抜き、ノーラマリーへその筒先を向けた。半身ずらし、右手の剣がノーラマリーから見えにくくなるように構える。


「違う、違うの、わたしじゃないの」


 ノーラマリーは、怯え、涙を浮かべて言った。アナイアレイター――ハンドカノンを取り落とした。そして、何かに気付いたのか、スッと青ざめ、固まってしまった。


「仲間割れしている暇はないの。邪魔だから、そのまま泣いてなさい」


 エルラは神像へ向き直る。

 神像はまだ破壊されておらず、術式は動いたままだった。エルラにも淵に似た不快な気配は感じ取れた。このまま放っておくと、よくない結果を齎すものであることは察せられた。

 〈リリ〉を握る手に力が入る。


「もう遅い。神像を破壊し、儀式の構成要素を取り除いても術は止まらない。そうした段階は過ぎてしまった、残念だが」


 苦い顔でハウスマンが告げた。

 その言葉にエルラは「そう」と、無感動に答えた。仕事は失敗なのか、と俄かに無力感と寂しさが起き上がる。


「せめてあと半日あれば対抗術式を組めたかもしれないですが、そんなことを言ってもなんにもなりませんよね……」


「すまない、我々の責任だ」


「いえ、わたしにも責任はあります。ですが、反省会は後にしてください。いまは問題に対処しないと」


 詠唱は未だ止まず、流体と魔力も集まり続けている。

 しかし流体は教会堂へ集まり魔力へと精製され続けているが、溜まり淀むに止まっていた。術の完成に必要な何かが欠けている、そうサリクスは思った。それをハウスマンへも伝える。

 魔力を蓄えた状態の術式を破壊するのは、行き所を失った魔力が暴走する危険性があるというのが二人の共通認識だった。術式の破壊を以って完成する術である可能性もある。


「ひとまずは、そうだな。ダグマル、彼女を拘束しなさい」


 ハウスマンは、どうしたらいいのかわからずそわそわしているダグマルへ指示を与えた。

 エルラは、ノーラマリーを一瞥した。

 命を受けたダグマルがノーラマリーを拘束しようと近づく。その背をハウスマンは見やった。


「それにしても何が彼女をこうも……」言いかけ、詩を唱える町人たちを見回す。「待て、あの子供はどこへ行った?」


 ノーラマリーが看ていた子供の姿が見当たらないことにハウスマンは気付いた。

 サリクスとハウスマンは顔を見合わせた。嫌な予感、予想を言葉なしに共有する。


「ごめんなさい、わたし、違うの、許し――」


 手を触れたダグマルに気もくれず、ノーラマリーはぶつぶつと呟き続けている。そしてダグマルの制止を振り払い、ゆらゆらと身体を揺らし、焦燥した様子で教会堂の中央へ進んでいった。糸か何かに繋がれ、引かれているように見える奇妙な足取りで、ゆっくりと。

 呟く言葉は次第に弁解や謝罪ではなくなり、集まった町人たちと同じ祈祷文へと変わっていく。




   我が身に罪あれば、我が子も罪ありき

   我が母に咎あれば、我が身も咎ありき

   神よ、その灯りを以って、罪穢を濯ぎ、洗え清め給え

   然れば雪より白くならん

   聖灰を踏み、我に喜びを与え給え

   我が身を洗え

   我らを救い給え

   血の軛を砕き給え




 サリクスとハウスマンもノーラマリーの異変に気付き、武器に手をかけている。状況を見極めようとしている。術に詳しい二人は反射的な行動をとれずにいたが、ノーラマリーが〝鍵〟だとほとんど確信しているようでもあった。

 エルラも二人の緊張を感じ取った。


「ちょっと姉さま、どうしたんですか!」


 ダグマルがノーラマリーを追う。そのダグマルの肩をエルラは掴み、首を横に振った。ダグマルはきょとんとした顔でエルラを見上げた。


「『殺すしかない』」


 エルラとリリの呟きが重なった。二人にしてみれば、ノーラマリーがすでにどうこうできる段階ではなくなっていることを悟ったのもあるが、それ以上に合唱があまりにも耳障りだったからだ。


「サリュ! 斬っちゃっていいのよねぇ!」


 エルラは大声で言った。宣言するように。


「ええ」


 サリクスは答えた。これ以上考えを巡らせていても、状況を打開できないと考え、打って出ることに決めた。どのみち、この町を助けることは叶わない。黒幕の計画を挫く方向へシフトしようと考えた。幸いこちらには魔的なものを破壊する魔断の剣がある。

 おそらく〝鍵〟の機能を委託されているだろうノーラマリーを殺せば、術は次の工程へ進むと推測できる。自分がこの術式の設計者ならば〝鍵〟が壊された場合の発動条件も式に組み込む、と考えた。いまの〈リリ〉とエルラの練度なら、敢えて術を発動させ全体像が見えた状態のほうが破壊は容易になる。

 それにハンドカノンのハンドラーも二人いる。もし、この儀式術式がマモノを召喚する術で、どれほど強大なマモノが現れようとも、さきに見たハンドカノンの火力なら焼き殺せる。

 サリクスは、そう見積もった。




   不義理を許さぬ者よ

   お前は私に頼んだのだ

   この鉄の杖を持ちて我らの敵を討ち滅ぼすよう命じてください、と




「悪いけど、死んでもらうわ」


 エルラが告げた。続けて呟く、傍らのダグマルへ断るように。


「――恨んでくれて構わないよ」


 〈リリ〉を肩に担ぎ、足を踏み出す。

 ノーラマリーは絶望した表情で、その目に涙を湛えている。身体は己の意思では動かせず、目は涙で霞み、耳には祈りが響き、口は独りでに祈祷文を朗誦している。助けを求めることも、自分を殺してくれと頼むこともできない。感覚は閉ざされ、周囲の様子をまともに知ることもできずにいた。

 背後から迫るエルラは、ノーラマリーの膝を蹴り、跪かせた。そして、間髪入れず一思いに彼女の首へ〈リリ〉の刃を振り下ろした。

 黒い閃光が走り、ノーラマリーの命は絶たれた。

 骨肉を断つ手応えとともに薄氷を割るような感触をエルラは感じた。


 続けざまに、遺体を足で仰向けにし、胸と下腹に剣先を突き刺す。鑿にも似た切先で何度も、潰すように。肉と内蔵、骨を挽き砕く鈍い音が、祈祷合唱にかき消されぬほどの異物感で響いている。

 魔力と魔力源たる流体の貯蔵庫である心臓と子宮を破壊することで、術師を完全に無力化する。ノーラマリーの遺体に残った魔力と流体を再利用させないためにも必要な処置だが、絵面としては彼女の尊厳を踏み躙っているようにしか見えなかった。

 エルラはチラとダグマルの方を見やる。出会って間もないながら、年少者であるダグマルはエルラにしてみれば、気にかけるべきか弱い人間だった。


 ダグマルはノーラマリーの損壊された遺体を無感動に眺めていた。呆然としているふうでもない。エルラは、彼女が泣きだすか嘔吐くだろうと予想していた。しかし、それは当たらなかった。ダグマルという少女は、エルラの思うよりもずっと強い人物のように思える。


 サリクスも、このときまではエルラと同じように考えていた。おそらく、経験は浅いが聖女としての格はノーラマリーよりもダグマルのほうが上なのだろうと、評価を改める。彼女の力を知りたい、と興味が湧きかけるが、個人的な欲求はこの状況において優先されるべきものではない。他組織の人員を部外者が処理してしまったことを釈明しなければ、とサリクスは考えた。


「すみません。出過ぎた真似をしました。ですが急を要するようだったので」


 サリクスがハウスマンへ頭を下げた。エルラの剣が術式破壊の能力を持っていることを全貌をぼやかしながら告げる。

 対しハウスマンは、構わない、と答えた。

 いつしか祈りの合唱は止んでいる。


「遺体の処遇はそちらに任せます。必要であれば、彼女自身は潔白であると証げ――」


 言い終える前に、堂内に声が響く。


「嗚呼、ひどいわ」


 子供の声。底抜けに明るい、無邪気というには作り物感の強すぎる場違いな調子。

 さきほどまでノーラマリーと共にいた少女が、ノーラマリーの首を抱きかかえ、通路に立っていた。


「お母さんにするのにちょうどよい躰だったのに」


 少女が明るい声音のままで残念がった。

 エルラは振り向きざま、考えるよりも早く拳銃を抜き、少女を撃った。怪物を倒すための大口径弾は、幼い子供の頭を容易く砕いた。少女の身体は後ろへ倒れかかる。しかし完全には倒れず、糸で吊られているように不自然に反った形で静止し、立ち直った。ぼこぼこと泡のように肉塊が蠢き、弾けた頭部が元の形へ戻っていく。


「なに……?」


 思わず呟きが零れる。


『妙な気色だとは思ってたけど……とんだバケモノね』


「他人から見れば、わたしもあんな感じなのか……」


『違っ、お姉ちゃんのことじゃなくて。お姉ちゃんはもっと綺麗に治るから』


 欠損が元どおりになる時点で怪物の仲間に違いはないのでは、とエルラは内心思った。とはいえ、そんな自虐的な軽口で妹とじゃれあっている場合ではない。


「せっかく準備したのに台無し」少女は撃たれたことを意に介していない様子で喋り続ける。「この際、あなたでもいいかと思ったけど、やっぱり吐き気がするほど気持ち悪いわ。どうしようかしら? この身体は幼すぎるから好ましくはないのだけれど」


 掴みどころのない調子で少女がエルラへ告げた。


「どういう意味? よくわからないけれど、〝お母さん〟が目的なの?」


 少女はエルラの問いには答えない。代わりに、目を閉じ、いかにも演技然とした様子で首を傾げ、思案する素振りをしてみせる。


「……あの子でいいかしら、ちょっと気持ち悪いけれど、この中では一番マシだわ」


 少女がサリクスを見た。

 エルラはサリクスが標的になったのを悟り、サリクスへ振り向き、口を開く。


「サリュ!!」


 呼びかけとほぼ同時に、礼拝者の一人が口を大きく開け、その喉奥から触手がサリクス目掛けて放たれた。

 すでに警戒態勢で拳銃と術符を手にしていたサリクスだったが、注意の薄い方向からの不意打ちに反応が遅れる。攻撃元を視認したときには、触手は彼女の数歩先にあった。

 サリクスは、反射的に術符を撒き、引き金を引いた。

 装飾の施された雷管式リボルバーから誘導術の付与された弾丸が撃ち出される。その弾丸は触手を撃ち落とすことを意図したものではなく、触手の基部――つまりは人体、中でも脳幹部を狙ったものだった。しかし弾丸は触手がサリクスに到達するよりも先に標的に命中し、行動を止めることはできない。縄が投げられた後に投擲者を捕まえても、縄が空中で静止することはないのだ。

 だからこそ、術符で防いで、相手の回避不可能なタイミングで反撃する。攻撃者にとって最も無防備な瞬間は攻撃時だ。ことに奇襲が成功したと思うときは。

 仮に触手の槍が術符の防御を打ち崩す威力があったとしても、最悪は〈影〉で止められる。

 不意打ちに対して、持ちうる限りの余裕さで待ち構えようとしていたサリクスだったが、彼女の手の届く距離まで触手が辿り着くことはなかった。


 サリクスが発砲した瞬間には、ハウスマンが触手を斬り落としてしまったからだった。まさに瞬きする間の出来事で、サリクスには彼の動きのすべては捉えられなかった。

 両手に淡く光を放つ光剣を握り、ハウスマンは攻撃者とサリクスをそれぞれ一瞥した。


 触手を吐き出した礼拝者は頭部に被弾し項垂れ、斬り落とされた肉塊は青白い炎に包まれ形を失いつつある。

 断たれた触手が燃えているのは光剣の能力によるものだ。

 光剣は武装聖職者の標準武装の一種。光芒の刃を創造する術の補助魔道具であり、剣として扱うための柄。実体を持たない刀身は、敵や害と認識したもののみを傷つけ灰に帰す。いわば断罪の剣で、執行者としての武装聖職者を象徴するものの一つである。



 不意打ちが未遂に終わった少女は顔を歪め、呟きかける。


「やっぱりそんな簡単には――」


 その言葉が出切る前に少女の首に鋼の一撃が叩き込まれた。大剣の鑿のような切先が細い首を刎ねた。

 すかさずエルラは少女の手からノーラマリーの頭を取り上げようと手を伸ばした。胴体のほうはひどく傷つけてしまったから、無傷の頭部だけでも教会の元へ返したいと思った。これ以上少女の手元に置いておけば、サリクスへ危害を加えようとした町人のように何かを仕込まれる危険が増す。

 エルラの考えは当たっていた。

 しかし遅かった。ノーラマリーの命運はエルラやハウスマンがこの町に到着した時点ですでに決まってしまっていた。


《――開け》


 奇妙な声が響き渡った。

 ついとノーラマリーの目と口が開く。開ききった瞳と視線が交わった。吸い込まれそうな虚無の澱が瞳孔の奥で沸き立っていた。さざめきがエルラを包む。エルラの身体が出し抜けに硬直し、意識もぼやけていく。


『お姉ちゃん!!』


 リリの呼びかけにエルラはハッと我に返り、飛び退った。

 少女の身体が黒い粘液質の塊に変容し、床に広がっていた。ノーラマリーの遺体を飲み込むと波打ち、黒色の水溜まりの中心に浮かぶノーラマリーの首が突き刺すような悲鳴をあげた。

 その絶叫に呼応し、礼拝者たちの身体が変化し始めた。脱皮するかのように皮膚が裂け、朽ち木と水の匂いが混じったような臭気を吐き出し、中から怪物が姿を現す。細長い手足に肥大した胴、口以外の器官が存在しない頭、円形に並んだ鋸歯。

 エルラの眼前では、ノーラマリーと少女だった黒い淀みは膨れあがり、弾けるように開いていった。シダ植物のものに似た()を広げ、中心には蕾や卵を思わせる長球状の塊が座している。表面に血管の浮き出た蕾は、人間の鼓動に近いリズムで拍動し、葉が漂うようになびいている。


「……これからが本番ってわけね」


 エルラは〈リリ〉を握り直した。

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