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遺雪のプリムローズ(2)

「エルラさん、登録が済みましたので、こちらをどうぞ」


 カウンターへと呼ばれたエルラは任命書と手帳、識別票を受け取った。

 識別票は狩人としての身分と信用度、実力を表すもので、失くさぬよう肌身離さず持っておくことを勧める、と説明を受けた。エルラのものは赤色に染色された革製で、名前が打刻されており、紐などを通せるよう端に穴が開けられている。

 エルラは用意しておいた首掛け用の紐を識別票に通し、首に掛けた。


「狩人協会へようこそ。よき狩りを」


 受付の女性はニコリとして言った。


「おめでとう」


 サリクスが横から声をかけた。


「ありがと。サリュのは黒よね、どのくらい仕事すればそこまでいける?」


 識別票を指差して、エルラは尋ねた。

 協会に所属する狩人には、白・赤・緑・青・黒・白金の六種の等級が割り振られている。白が最も低位で白金が最高位だが、白は仮登録の見習い用のため、赤が事実上の最低位となっている。等級の評価判定は、実績に加えて人格なども考慮された総合的なもので、実力主義とはいえ腕っぷしだけでのし上がれるわけでもない。

 また、基本的には等級で仕事の受注、報酬などに制限や差異はないものの、案件によっては高い等級が要求されることもある。


「キミには難しいと思います」なんでもないことのようにさらりと言った。「それに、等級の上下で案件の内容が変わることはありませんし、わたしと組んでいれば、大抵の仕事は受注できるので急ぐ必要はないですよ」


「だとしても、位が高いほうが何かといいんでしょ?」


「そうですね、利点としては等級が上がると、若いとか女だとか、角が不細工だから、のようなつまらない理由で無礼(なめ)られなくなります。まぁ、それはそれで評価担当官と寝たからだの言われますが」


 サリクスは心底つまらなそうに言い、溜息を吐いた。


「あの、一応、補足しますと等級が上がると社会的な信用も上がりますし、暗黙ではありますが協会内での優先権も得られたりですとか、心づけもあったり……」


 受付の女性が遠慮がちに言い添えた。


「どのみち、社会的信用などと言っても黒以上でせいぜい騎士と同程度ですし、大衆には等級関係なく傭兵に類するものや害獣駆除人と認識されているので、地位なんてあってないようなものです」


 サリクスの言葉に、受付の女性は苦笑いを浮かべた。


「わかるわ……」


 エルラは受付の方を見て、しみじみと言った。受付の女性もエルラに目配せして肩をすくめた。





 狩人協会アムシルトブルク支部を後にしたエルラとサリクス、リリたちは「武器通り」や「戦争通り」などと呼ばれている路地に足を運んでいた。協会支部からほど近い位置にあり、武器などの装備品を扱う店や工房が多く、狩人にとっては欠かせない場所ともいえる。喉と鼻をチクチクと撫でる刺激臭に金属臭、煤けた空気。ショーウインドウは黒く汚れ、拭き跡がくっきりと残っている。

 その路地から、さらに細い通路へと入っていく。


 看板こそ出ていないが店や工房の類だとわかる表構えの建物の前でサリクスは立ち止まり、ドアノッカーを叩き、扉を開けた。


「はいはい~、お客さんとはめずらし……」


 同時に、少女が溌溂とした様子でドアを開けようと駆け寄ってきていた。


「あっ、ホラーテヴァさん」


 サリクスを見ると、おずおずと少女は言った。少女の頭にはウサギのものに似た第二の耳が生えていた。その耳が、少女が兎人種の亜人(クセルエンラ)であることを示していた。ウルグス(この国)では比較的珍しい人種。


「ごきげんよう」


「あ、いつもご贔屓にしてもらってありがたいです、えっと、この前のですよね。少々お待ちを」


 そう言い少女はトテトテと工房の奥へ走っていく。


「にいさーん、ホラーテヴァさんが――」


 サリクスについてエルラも室内へ入る。壁に並べられた銃器と背丈ほどのケースに入った彫刻入りの刃物類が目を引く。


「ここは?」


「銃鍛冶です」


 サリクスは、ぼそっと一息で答えた。

 ふーん、と辺りを見回すエルラ。暇潰しという様子で、ふらりふらりと品々を見始めた。



「お待たせしてます」


 少女が戻ってくる。


「え、うわっ、美人さんが増えてる。あ、ごめんなさい」


 少女は、慌てたように早口に言い、顔を赤くした。バンバンと自身の腿を叩いている。ウサギ様の耳が揺れる。

 さきほどの応対時にはエルラの存在に気付いていなかった。


「まったく騒がしいな。接客くらい静かにさぁ」


 ぼやきながら、男が奥側からやってきた。取っ手付きの木箱を抱えている。少女に「にいさん」と呼ばれていたが、亜人ではないようだった。

 ボサボサの髪に、濃いクマ、いかにも辛気臭い様子の男は、外見と反した陽気な口調で言った。


「やあ、吸血姫。その子が例の?」


「その呼び方はやめてください」


「キミも律儀だね、毎回、やめろって反応してくれる」クク、と笑い、男は続ける。「ま、そんなことはどうでもいい。注文の品は仕上がってる、確認してくれ」


 男は木箱をカウンターへ置いた。


「エルラ、ちょっと」


 サリクスは頷き、室内を見て回るエルラへ呼びかけた。


「え? わたし?」


「そうです、開けてごらんなさい。キミへのプレゼントです」


 エルラは、木箱をゆっくりと開いた。

 中に入っていたのは拳銃だった。花の意匠が彫られた大型の回転式拳銃。

 手に取って眺める。


「これ……」


「エングレーブはスノードロップです。この国では人に贈るのはあまりよくない花とされることもあるようですが、わたしの好きな花ですし、それにキミに似ていると思って」


「ありがとサリュ。ええと、工房のお兄さんも」


「ああ、喜んでもらえたのなら幸いだ」何か思い出したように言い足す。「おっとそうだ。あいつも手伝ったんだった」


 男は、作業場へ続く通路のドアに隠れて様子を窺う少女を顎で指し示した。


「あなたもありがとう」


「そそ、そんな、わたしなんて、大したこと――」


「エングレーブの大半はこいつがやった。俺もサリクスもお前なら充分な仕事ができると考えて任せたんだ」


「確かにいい腕です。装飾ならフリードよりも巧くなるかもしれませんね。わたしの助手になることも考えてみませんか?」


「そんな……わたしにはとてもとても」


「そうですね。あなたはわたしとは釣り合わないでしょう。あなたはもっと輝ける場所がありましたね」


 サリクスは、目を伏せ言った。男――フリードリヒはサリクスの言葉に目を細め視線を逸らした。

 少女もうつむく。


「あのぅ、この銃について説明をお願いしたいのだけど」場の空気が止まったことを察したエルラが尋ねた。「ここを押せば、弾を込められるのよね?」


 エルラは、拳銃をガチャガチャと弄ってみせた。


「そうだ、両側のレバーを同時に押し込むとロックが外れて、折り広げられる」


 フリードリヒの言葉どおりに操作してみせるエルラ。


「中折式、自動排莢、シングルダブル両用、.50口径、五連発。新型火薬対応の銃身とシリンダー。グリップの内側には機能補助の術式も内蔵している」


 淡々と簡単な仕様を告げていく。


「そして、この銃の特筆すべき特徴はシリンダー長を延長して専用弾を使えるようにしたことだ」


「専用弾?」


 エルラは尋ねた。彼が聞いて欲しそうな態度だったのと、銃本体しかまだ見せられていないからだった。

 フリードリヒは頷き、大型の金庫から紙箱を二つ取り出した。


「こっちは新型火薬を用いた強化弾薬だ。判別のために薬莢の底部を赤く塗ってある。で、こっちが専用弾。装薬量と弾頭重量を増やすことで破壊力を向上させた。ただし、見てのとおりずいぶんと頭でっかちな弾で、威力と引き換えに射程と弾道安定性に欠ける」


 エルラは頷いた。なぜだかすごく緊張してしまっていた。どちらも薬莢の大きさは同じだが、専用弾のほうは露出している部分の弾頭だけでも薬莢と同じくらいの長さがあった。


「より狩人の戦闘スタイルに適応させた結果ともいえるが、目的のためにかなり無理な設計をしているのは否めない。術式で銃自体を支えなければすぐ壊してしまうような代物だな。射手だってそうだ」


「いいじゃない」


 エルラは自然と口角が上がるのを感じた。

 自分のような化け物が扱うにはおあつらえむきの武器だ。サリクスが依頼した品なのだから当然か、エルラはそう思った。もっともサリクスは強力な武器をパートナーに与えたかっただけだろうが。


「ありがとう、上手く使ってみせるわ」




  ◆  ◆  ◆


「ここが、今日からキミたちの家になる場所です」


 旧市街の一角に、エルラたちはいた。

 銃鍛冶を出たあと、消耗品や日用品などをアーケードで手早く必要な分だけ買い揃え、サリクスにつれられるままに歩いた。

 着いた場所は街の北側の地区で、商業区からは外れ、比較的静かな地域になる。

 サリクスが示したのは、外壁に蔦の這った石造りの建物。


「どうしました? 想像と違いました?」


 建物を見上げるエルラへ、サリクスは扉を潜りながら揶揄うように言った。普段よりもずっと上機嫌なのが、エルラにも感じ取れた。

 楽しそうに、少し気恥ずかし気に、サリクスは建築内を案内していった。L字型の三階建ての建物と庭から成り、一階部はダイニングやキッチン、バスルームなどの水場、残りの部屋は工房として利用されている。二階には、サリクスの寝室や書斎があり、エルラの自室が用意されたのも二階だった。気を遣われてか、サリクスの寝室から離れた広く明るい部屋を充てられた。調度品は意匠こそ質素なものだが、そのほとんどが上等な物であることはエルラにも理解できた。三階には勝手に入らないようにと説明された。

 すごい、すごいとリリははしゃいでいる。


『お城みたい』


「本物のお城が見たいなら、街の中心にありますよ」


『えっ、それも見たいけど。でも、そういうつもりで言ったんじゃないよ』


「こんな広い家、一人で住んでたの?」


「確かに広いほうだけれど、半分くらいは物置や空き部屋ですよ。それに一人では――」


 言いかけたサリクスへ何者かが声をかけた。


「あら、()()()()帰っていたのかい? 早かったね」


 声のした方向をエルラが見ると、そこには羊に似た角の生えた砂色の髪の少女が立っていた。

 着ているシャツとスカートは、絵具と思われる鮮やかな色彩で汚れている。

 エルラは、この少女は誰だ、と問いかけるようにサリクスの顔を見た。


「この子はアザリエ。この家の主人みたいなものです」


「アザリエ・ジナイダ・アレクサンドロヴナ・ホラーテヴァだ。見てのとおり絵描きさ。あなたはエルラ――とリリだね、お姉さまから話は聞いてるよ。よろしく、新しいお姉さま方」


 アザリエは膝を曲げ、頭を下げる仕草をした。

 見知らぬ少女に、どぎまぎしながらもエルラも言葉を返す。


「よろしく」


「うん、どんな人かと思っていたけど、なかなか美人で面白そうなヤツじゃないか。今度モデルになってもらおうかな」


 アザリエは言った。不敵に笑みを浮かべている。


「サリュ、妹いたの?」


「いえ、この方は……」


「まさか! 彼女とボクが血のつながった姉妹に見えるかい?」


 芝居がかった大仰な態度で、アザリエはサリクスに被るように言った。


「サリクスとは一族じゃあないよ。故あって同じ家系ということになってはいるけどね。血族といえば血族には違いないが、それは全人類を家族とまとめてしまうのと同じようなものだ。ま、あなたと似たようなものさ、エルラ」


「それより、ボリスさんは? 外出中ですよね、てっきりあなたも一緒かと思っていたのですが」


「ああ、彼なら買い出しに行ったよ。お嬢様たちが帰ってくるからもてなさねばって言ってね。はぁ、あの人の主人はボクなんだけどなぁ」


 アザリエは、わざとらしく肩をすくめた。


「主人の意思を汲んで行動できる優秀な使用人じゃないですか」


「わがままだからね、ボクは」


 ふん、と鼻を鳴らし、胸を反らす。


「さ、お茶にでもしようか。疲れただろう? あっちでの話も聞きたいしね」


 そう言い、アザリエは階段を降りていく。ついてこいと言わんばかりに、かつかつと足音を鳴らしながら。


「ようやく愛しのお姉さまがあの魔女から解放されたんだ、こんなに嬉しいことはないよ、うん」


 弾むように、誰に言うでもなく発した。

 そうしたアザリエの様子を見て、


『似てる』


 リリがぼそりと呟いた。


「うん。言葉を取り繕わないサリュって感じね」


『一緒に住んでると移るんだね~』


「それってわたしも?」


『お姉ちゃんたちは最初からそっくりだったよ』


「なにそれ」




――。

 アムシルトブルクでの二日目の夜が過ぎていく。

 掃除の行き届いた整然とした部屋の中、清潔で上等な寝具に包まれ、エルラは天井をぼんやりと眺めていた。

 正式に協会の狩人となり、新しい生活が始まると思うと、様々な感情がエルラの心に渦巻く。ようやく表舞台に立てるという高揚感と、仕事が上手くこなせるかの不安感、目的達成への期待と懐疑。

 そして、それらと同じくらい、焦燥感や閉塞感も募っていた。

 衣食住のほとんどをサリクスには貰ってばかりだった。これからは彼女への返済も進めていかなくてはならないな、とエルラは思った。

 まだ先のことだが、自分とサリクスの両方の目的が達成されたとき、目的とは関わらない貸し借りを理由に関係を続けたくはなかった。

 自分はもう狩人なのだ。同じ狩人として対等でありたい。サリクスは自身とエルラとを対等の立場だと答えるだろうが、エルラにしてみれば、サリクスは依然として追いかける存在だった。なんとしても、狩人の等級を同じ位階にして証明がほしい。身内以外の他者からの評価ならば、自分も納得せざるを得ない。

 いまは何日か立ち止まれる、それが過ぎれば進み続けるしかなくなる。最初の仕事を受けるまでが、最後の平穏になるだろう。

 エルラは、そうなる、と感じていた。いくらか願望も入っている。息吐く暇もない激動の人生、そういったものを想像して。

 平坦な道ではないにしろ、進む先に希望はある。

 そう思っていた。

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