071 博打
ウォーベックが会頭を務める黒鬼会は帝都でも有数の民間軍事組織で帝都の中心部に拠点を構えている。
4階建ての建物で民間組織のものとしてはかなり立派なものだが、その他にも用心深いウォーベックはいろいろな用途に使うために帝都の中にいくつかの隠れ家を有している。
今、ウォーベックがいるのはその中でもごく限られた者しか知らない地下室だ。広くはないが一人で考える時に使用するにはおあつらえ向きの場所なのだ。
(ランバートが逮捕された、か。さて、どうするべきか)
ランバートが事情聴取を受けているという事実が知られているのはあくまで執政警邏隊内でのことで、一般にはまだ公開されていないのだがウォーベックの耳には入っていた。
うつむき加減で椅子に浅く座って一人考えるが、答えは容易に出そうになかった。
ランバートの逮捕(正確には事情聴取だが)が一体何を意味するのかまだわからないが、もし、マーガレット暗殺容疑なら早急に動かなくてはいけないだろう。
(事と次第によっては身一つで帝都から逃げることも考えないとならないな。ただ、ランバート個人の不正であった場合はこれほどのチャンスはない。ランバートがいないならばマーガレットを殺るまたとないチャンスになるだろう…。そうなるとやはり情報の正確さが重要になってくるが…ヨーダがいればよかったのだが)
執政警邏隊7番隊隊長、ヨーダ・リムナソン。それがウォーベックが執政警邏隊に潜り込ませていた直弟子だったが、ある事件をきっかけに執政警邏隊から失踪している。
隊長クラスの情報源を失った事が今さらながらに悔やまれるのだ。
ウォーベックは今でも執政警邏隊の一般隊員に金を握らせてある程度の情報は入ってくるようにしているが、自らの弟子が隊長をしていた時は幹部しか知りえない情報も得ていたのだ。
それがなくなった今では『ランバート参謀官が何か事件に関わっている。しかもそれに関わる証拠も提出している』らしいというぼんやりした情報しかわからないのだ。
(証拠か…。そんなものはないはずだが、どこか気になる。何か引っかかる気がする)
ランバートには証拠になるようなものなど何も渡していないはずだが、ウォーベックはやはり気になっている。
(何か忘れているのか。そんなはずはないはずだが…。だが、万が一ということが…)
色々な可能性を考えるウォーベックだが、まさかその証拠が自分が手渡した依頼金の革袋の事だとは思っていないのだ。
この辺りがマーガレットのずるいところだろう。依頼金の入った革袋などは本来は証拠としてはほとんど意味をなさないものだが、『依頼者から実際に受け取った物がある』という情報をたくみに流すことでそれがあたかもそれが重要な証拠の様な扱いになっているのだ。
(そもそも執政警邏隊だけならまだしも元老院議長サーデイ様も呼ばれているらしいしな)
また元老院議長のサーデイが執政警邏隊に呼ばれているのも気にかかる。サーデイは元老院議長ではあるが、国三指でもあるのでどちらの意味で呼ばれているのか。
(ランバートを抑えるためにサーデイ様を呼んだのか?しかし、あの方が容易に協力するだろうか?)
サーデイは偏屈で知られているのでそう簡単に戦力としてマーガレットに加担するとも思えないが、絶対にないとも言い切れない。
(あの方は元老院議長なのに元老院の決定を平気で無視して廃止された組織を援助するし、そのくせ単純に気にくわないって理由で独断で監査をしたり、わけのわからないところがある…)
そんな身勝手な人物が元老院議長をしていると問題になりそうなものだが、サーデイは妙な人望があるので許されているところがある。
もっとも、廃止された組織も公費ではなく私費で援助しているし、独断で監査に入ったところも重大な違反が見つかっているので結果だけ見ればその行動を支持する者がいるのも納得できるのだ。
今回に関しても単純にアデューが気にくわないという私的な理由でマーガレットに力を貸しているように見えるが、一番は独立騎士団という個人的な治安組織の在り方に疑問を持っているからなので、ただの身勝手ではない。
「わけのわからない事をされる議長ですが、この帝都でもっとも危険な方ですからね…」
いつの間にか考えを声に出してしまっていたウォーベックに背後から返事がある。
「わけがわからなくて悪かったねえ」
聞き覚えのある重みのある声にウォーベックが振り返ると、そこには元老院議長サーデイの姿がある。
(なぜこの場所が?ここを知っている者は少ないはずだが…。ジャービスの奴か?)
ウォーベックは破門にした弟子の顔が浮かぶが、すぐにサーデイに向きなおる。サーデイがここに来た意味を理解したのだ。
「あなたがわたくしの方に来ましたか。てっきりわたくしの方にはランバートが来ると思っていたのですが…」
「悪かったねえ、期待を裏切って。こんなババアが来ちまってさ。でも、あの参謀官はアデュー殿下とやってみたいってさ。これにはあたしも意外だったんだけどねえ。まあ、若いもん同士でやらせたらいいさ」
(あなたよりはわたくしの方がだいぶ若いですがね)
因縁があるランバートが自分の所に来ると思っていたウォーベックはサーデイにおじさん扱いされた事を少し不満に思いながら、最初に疑問に思ったことをたずねる。
「…この場所はジャービスから聞いたのですか?」
「そうだよ」
あっさり答えるサーデイ。
「わたくしはつくづく弟子の育て方に失敗しましたね」
誰に言うでもなくウォーベックは嘆いている。無差別殺人を楽しむような異常者や、師匠を裏切るような弟子しかいないのか、と思ったのだ。
しかし、その言葉にサーデイは敏感に反応する。
「そんな事はないだろ。あの若いのはなかなか見どころがあるよ。あいつは参謀官と一対一で戦ったんだろ?しかもわざわざ参謀官が傷を治すのをまってさ。見た目に似合わず今どき珍しい気骨のある剣士だよ」
「それが失敗だというのですよ!確実に倒せるように二人がかりでやればよかったのだ!」
目上の者に対して珍しく感情的になるウォーベック。あの時ジャービスがどんな手を使ってでもランバートを倒していればこんな事にはなっていないはずなのだ。
「いやいや、それは違うねえ。あの若いのが一対一での戦いを重んじる剣士に育っていたからこそあたしは一人で来たんだよ。ここを教える条件が一対一で戦う事だったからね。でなきゃ、こっちは人数を揃えてもよかったんだよ」
「では本当に一人で来たのですか?」
ウォーベックは呆れたように思わず苦笑いをする。
普通に考えればサーデイとランバートが二人がかりでやればウォーベックであっても確実に倒せるだろう。
いくらジャービスが教えないと言っても、無理やり吐かせる方法はあるし、場所をきいた後でその約束を反故にする事もできただろうにサーデイはそれをしなかったらしい。
「あんたらは剣士としての誇りをなくしても確実に勝ちたいみたいだけど、そんなのはつまらないだろ?あたしや参謀官は分が悪い博打も嫌いじゃないんだよ」
ランバートが聞いたら「いや、俺は何時も勝つつもりでギャンブルしてるんだけど!?」とツッコミをいれそうな事を言っている。
「大人しくは捕まりませんぞ?」
「そいつは楽しみだね。一度、本気のあんたとやってみたかったんでね」
ウォーベックとサーデイはお互いに不敵に笑いあうのだった。
次回は072 ウォーベック です。




