066 わな
ランバートと二対一で戦うためにチャンスをうかがっていたウォーベックとアデュー。
二対一は卑怯と言えば卑怯だが、別にランバートと試合をしたいわけではなく殺したいだけなのでそれでいいのだ。
そして尾行を始める前のウォーベックにはランバートが一人になる公算は十分あった。
執政警邏隊の中でも多勢の部下に囲まれている他の隊長たちと違って、ランバートは執政警邏隊参謀官という職務上、特定の部下というものを持っておらず単独で任務にあたることができる。裏を返せばそれだけの実力があると言っていい。
これは同じく単独での治安維持が許されているアデューの独立騎士団に性質が似ているように見える。
似ているのも当然の話で実はマーガレットがランバートを『参謀官』に任命した意図はそこにある。
もともと独立騎士団というアデュー個人が帝都の治安組織の一つとして扱われている事に対して、マーガレットは執政官として面白く思っていなかったのだ。
いかに王家の出身とはいえ執政官以外の者が個人で強力な権力を持つことは、統治機関としては歓迎できるはずがない。とはいえ実の兄で自分が執政官の地位を奪ってしまった間柄なのでなかなか強く出れないところもあった。
そこで独立騎士団に匹敵する存在として執政警邏隊『参謀官』という職務を作り出して、独立騎士団の存在感を弱める事にしたのだ。
一人でそれだけの働きができる者は数少ない(国三指と呼ばれるアデュー並みの強さが必要)が、ちょうど自分の暗殺に来たランバートなら適任だと思ったのだ。
なおかつ『参謀官』は執政警邏隊『参謀官』という名前にする事で、あくまでも執政警邏隊の管理下にある事を示す事ができる。個人で好きにしている独立騎士団とは一線を画しているというわけだ。
思えば暗殺事件があった時にマーガレットは心当たりは無数にあると言っていたが、その時にすでにアデューの事を疑っていたからランバートを当てつけのように執政警邏隊『参謀官』にとも考えられるが…。
ともあれ、マーガレットの目論見通りにランバートは『参謀官』として数々の事件を解決して独立騎士団に当てつける事に成功していたのだ。
そんなわけで単独行動がデフォルトのランバートは本人がソロプレイ大好きおじさんなのもあって本来ならいくらでも一人になる存在なのだが、いざ尾行してみると最近はいろんな人物がちょっかいをかけてくるようになっていたのだ。
こうなると自然とランバートが一人になるのを待つよりも、ランバートが一人になるシチュエーションを作り出す方が話が早いだろう。
「…罠をしかけますかな」
「罠?」
ウォーベックの言葉にアデューが怪訝な顔をする。
「ランバートを誘い出せる餌を用意して誘き出すのです」
「罠をしかけるにはあいつの弱点を突かなくていけないだろう。それはわかっているのか?まあ、たいていは金か女か権力といったところだろうが…」
アデューの発想は典型的すぎるが、なかなか真実をついている。こういう場合は独特な感性よりも一般的な発想の方が実際には役にたつものだが、
「以前見かけた腕を組んで一緒に歩いていた女は相当な美形でしたが、ランバートの方はあまり気がないようでしたな。権力の方も執政警邏隊の参謀官のわりにさして向上心があるわけでもなく権力を握ることに執着しているようにも見えません。となると金なのですが…あの男は一度大金で依頼した暗殺を放棄していますからな」
まさにその金がランバート最大の弱点なのだが、まさか大した考えもなしに(…まあ、別に返さなくてもいいだろ)と持ち逃げしているとは想像もつかないのだ。
よくも悪くも常識的な思考をしているウォーベックは(いざ金をもらって引き受けたものの、剣士としての誇りで無抵抗の女を殺すことはできなかったに違いない)とかなり好意的な解釈をしている。
さすがに『金に対して卑しすぎるから持ち逃げをした』という考えには至らない。
「確かにな。金の線はないか…。では女の方はどうだ?周りにいる女が単純に好みではないとか」
「しかし、ランバートの周りの女は皆タイプは違うが美形揃いですぞ。もしかしていわゆるブス専という奴かもしれませんが」
「なんだ?そのブス専というのは」
「いわゆる美形よりも少し醜い者の方が好きだと言うことです」
「なるほど。できるだけ醜いものを集めて誘惑させてみるか」
アデューの天然によって地獄の様な作戦が展開されようとしているが、
「いえ、今のは言葉のあやです。他の線でいきましょう」
さすがにウォーベックはそんな作戦を実行する気はないのかすぐに否定している。
「貴様の組織は使えんのか?」
「無理ですな。まさか執政警邏隊と戦争をしようってわけにもいかんでしょう」
組織を使って動くとなると相手の組織を刺激する事にもなる。
それに黒鬼会は合法的な民間軍事組織だ。いくらウォーベックの命令といっても帝都の治安組織である執政警邏隊の参謀官と戦うとなると、ごく一部の忠誠心の厚い者を除くと二の足を踏むものがほとんどだろう。
「どうするのだ。これではいつまでたっても埒があかんぞ」
文句を言うアデューに、(少しは自分で考えればいいのだ)と思うが、(この思慮の浅さだからこそ、この方を利用できるのも事実だから難しい)ウォーベックはジレンマを抱く。
「少々古典的ですが手紙で誘き出してみますか」
ウォーベックはランバートの正体を知らなかった時に単なる有力者に対する社交辞令として招待状を送った事があるが(5章 031受付嬢ラナ参照)、今それをすれば意味合いが違ってくるのはランバート自身にも伝わるだろう。
「貴様がそれをするとさすがに発覚した時にまずいんじゃないのか?」
アデューが珍しく鋭い事を言う。招待状などという証拠を残すとランバートの身に何かあった時に真っ先に疑われると指摘しているのだ。
「それはそうですが、おそらくランバートはおおやけにせずに来るでしょう。私がヤツにマーガレットの暗殺をランバートに依頼したという関係を明かすわけにはいきませんからな」
普通に考えたらそうなのだが、実はランバートはウォーベックから依頼されたとことを最初からマーガレット本人には伝えている。
ただ、執政警邏隊の隊員には秘密にしているし、それが知られるといくらマーガレットが許していると言っても執政警邏隊に居場所がなくなるのも間違いないだろう。
「どちらにしても文面には気を付けて送ってみましょう。うまくいけばヤツを誘き出せるはずです」
ウォーベックはそれほど本気で提案した案ではなかったが、話しているうちにやってみても悪くないと思い始めていたのだった。
*
「話がある…か」
ランバートは黒鬼会会頭のウォーベックから届けられた招待状を手に自室で一人、真剣な顔をしていた
(う~ん、もしかして持ち逃げした依頼金の事か?刺客まで送って俺の命を狙ってきた時点でそれはもうチャラだろ!?そんなに金が惜しいのかよ。今さらそんな事を言い出すなんてセコイ奴だ!)
と盗人猛々しい事を思っている。
まさかウォーベックもランバートにセコイ呼ばわりされるという人として不名誉極まりない誤解を受けているとは想像も付かないのだった。
次回は 067 相談 です。