064 国三指
帝国には『国三指』と呼ばれる者たちがいる。
帝国内でもっとも剣の腕に優れると言われる三人の者たちだ。一人は民間軍事組織『黒鬼会』代表のウォーベック。一人は『元老院』のサーデイ議長、そして最後の一人が『独立騎士団』のアデュー・レイだ。
その名前からも分かるようにアデューは帝国四王家のひとつ、レイ家の長男だ。つまりレイ家第三王女にして執政官マーガレットの一番上の兄なのだ。
ちなみに独立騎士団は団という組織の名前を冠しているが所属しているのはアデューだけだ。 そのあまり強さゆえに一人で騎士団並みの実力を持っているとされている。そしてその権限も騎士団級だ。
独立騎士団はその名の通り独立した捜査権と逮捕・鎮圧権を持っている。
独自の判断で治安維持のために行動する事ができるのだ。この点でも個人というよりは組織的な意味合いが強い。普通なら個人に与えられる権能を大きく超えているが、それはもちろんアデューのレイ家という出自が大きく影響している。
つまりアデューは独立騎士団の肩書があることで個人としてはかなり高い地位にいる。
と言っても政治のトップである執政官に比べるとその権能には雲泥の差がある。執政官が王であるとすれば独立騎士団はせいぜい治安維持役の大臣…のそのまた下に複数ある組織のトップくらいの位置だろう。
そう考えればレイ家の長兄であるアデューが就くには低すぎる役職だが、これは本人が望んだことだ。とされている。
18歳という若さで、しかも第三王女であるマーガレットが他の兄弟たちを差し置いて政治のトップである執政官の一人に選ばれているのは様々な理由があったが、この長兄が執政官にならなかった理由は実ははっきりしている。
その恐ろしいまでの剣の才能によるためだ。
アデューは自分の剣の才能を埋もれさせたくなかった。
曰く、『私は剣の道に一生を捧げる。ただひたすらに剣の道を究めていずれはこの世界最強になりたい』とランバートがきいたら『いやー、世界は広いよ?若いねえ…』とチャチャを入れそうな宣言をしてアデューは執政官の座を自ら蹴ったとされている。
その才能を伸ばすため自ら執政官になる道を捨て、その剣の腕を実際に活かすことのできる道を選んだ…ように装っていたが真実は違う。
もし、本当に剣の道を目指すなら独立騎士団として帝都に残らずに修業の旅に出た方がいい。
王家の者としての務め、とかいろいろ言い訳をしているが、独立騎士団になったのはやはり権力を握る事を諦めきれないからなのだ。
長男であるにもかかわらず父王が自分を後継者として選ばない事を知ったアデューは、それが世間に公表される前に自ら執政官の座を放棄したように見せかけた。
それが本当の事であるように思われたのはそれだけアデューが次の執政官になる事は既定路線だった。
帝国には王家が四王家あるが執政官になれるのは三人だけなので王家の後継者でも執政官になれるとは限らないが、実際のことろ執政官になる三家は近年は固定されていたからだ。
アデューのレイ家もその一つで当然自分が執政官になると思っていた。父王がそうであったし、アデューは剣の腕は文句なく天才だったし、頭も悪くなく、素行も問題視されるようなことはしていなかった。
普通なら執政官になってしかるべきだ。
そんなアデューは妹に執政官の座を奪われるという屈辱を受ける事が我慢ならなかったのだ。
アデューはありあまる才能に反して、別に剣が好きではなかったがこの時ばかりはその才能に感謝した。
その圧倒的な才能のおかげで『剣の道に生きる』という言い訳がそれほど不自然ではなく、うまい隠れ蓑になったからだ。
事実、『あの王子のずば抜けた才能ならその選択もあり得るだろう』と思った者が大半だった。
実際は『剣の道に生きる』どころ剣の腕を磨くことに興味はないのだ。ただ、才能があったので強かった。この点ではウォーベックの弟子であるブラッドに近い。
もっとも、ブラッドはその剣の才能を自分の趣味(殺し)に活かせていたがアデューにはそれを活かしたいものがなかった。
強い相手と戦う事に全く興味はないし、別に人殺しも好きではなかった。ただ、必要であれば殺すことにためらいはないがそれは必要だからする事だ。必要がなければわざわざ殺したりしない。むしろ無差別殺人などは嫌いな方だ。
これほど無駄な才能もないだろう。
ちなみに自らが指示を出していた反社組織を自分で皆殺しにした事も必要だったからしただけだで、特に楽しくはなかった。そしてこの件は最悪バレても問題ないと思っている。
治安維持を任務とする独立騎士団のアデューが帝都内の反社組織を潰したところで、仕事をしただけだと言えばいい。それが通るくらいの権力はある。
しかし、マーガレットの暗殺は治安維持のためという強弁は通らない。アデューの仕業だとバレたらさすにが私欲だとわかるだろう。
(あいつらはすぐに処分できるが、あまりにも使えん。多少リスクがあってもやはりウォーベックに頼るしかないか)
アデューはウォーベックの提案を受け入れる気になっていた。
*
アデューが口封じに反社組織の者を皆殺しにした際に、ウォーベックがその現場に現れてランバートを殺すことを申し出た時の事だ。
マーガレット暗殺の最大の障害になっているランバート(実は本人にはそこまで真面目にやる気はないのだが結果的にそうなっている)を排除するという事に対して、アデューとしては当然賛成だが懸念もある。
「本当にあの男を殺れるのか?」
「わたくし一人では確実とは言えません。しかし、私とあなたと二人がかりで二対一に持ち込めば確実にやれます」
「俺もやるのか」
面倒くさそうに言うアデューに、
「それが最善です。以前わたくしの弟子でわたくしと遜色のない実力の持ち主を刺客として差し向けましたが、あのランバートには敗れています」
「二人ならやれる、と」
「はい。間違いなくできます。何しろ私とあなたは国三指なのですから」
確かに国三指のうち二人相手に勝てる者はいないだろう。それがいたらまさに世界最強クラスの存在だと言っても過言ではないのだから。
今回は最終章の導入なのでシリアスな感じですが次回からはいつもの感じになります。
次は 065 とりまき です。