07 月給 (毎月25日払い)
「では、契約成立だな」
「契約書でも書くか?」
「貴様にはそれは無意味だろう。後で辞令は出しておく。形式上必要だからな」
「辞令以外にも出すものがあるんじゃないのか?」
物欲しそうな顔をするランバートに怪訝な顔をするマーガレットだったが、すぐに思い当たる。
「報酬だな?待ってろ」
そう言って寝室の隣の部屋に入っていくと、金貨の袋を持ってきてランバートに手渡す。
嬉しそうに受け取るランバートだが、中を確認して変な顔をする。
「…金貨5枚しかないぞ?」
「ああ、言い忘れてたが執政警邏隊の月給は毎月25日に支払われる。それは支度金の5枚だな」
「てめえ…」とハメられたと思って睨みつけるランバートに、
「仕方なかろう。そう決まっているのだ」
とマーガレットは涼しい顔で答え得る。
「貴様はそれなりに人生経験もつんでいて、それ相応の腕前をもっているようだが、あまり世渡り上手ではないようだな」
「ぐう!」
マーガレットのささやかな逆襲に図星をつかれたランバートはぐうの音しか出ない。
一方のマーガレットはやり込めたことで気分がよくなっているのか、つい聞かなくてもよい事をきいてしまう。
「ところで貴様に私を殺すように依頼した人物は誰なんだ?」
「おっ?まさかそれを知るために俺を雇うって言いだしたのか?」
疑いの目を向けるランバートにマーガレットは首を振る。
「いや、もののついでだ。貴様の機嫌を損ねるくらいならこの質問はなかったことにしてもよい。貴様を雇えない方が私にとっては痛手だからな」
あっさりと前言撤回するところを見るとどうやらマーガレットは本心で言っているようだ。
こうなるとランバートは答えたくなるらしい。基本的にひねくれているのだ。
「…そう言えばウォーベックとか名乗ってたな。本名かどうかわからんが」
「ウォーベック!?まさか…」
「なんか金は持ってそうだったが…貴族なのか?」
「いや、貴族ではない。しかし、大規模民間軍事組織の長でこの国ではひとかどの名士だぞ。それに剣の腕前ではこの国でも三本の指に入ると言われているほどの男だ」
「まあ、確かに相当やる感じだったな。あいつとやるのは俺も勘弁してもらいたいね」
「本当にウォーベックなのか?」
疑ってかかるマーガレットに、
「だから本名かどうかは俺も知らねえよ。本物のウォーベックとやらの顔も知らないし。だか、強いのは確かだぜ」
他人事のように言うランバートにマーガレットは疲れたようにため息をつく。
「そうか、ウォーベックだとすると面倒だな…」
「なんでだよ?あんたは執政官だからこの国で一番偉いんだろ?」
「そう簡単にはいかないのだ」
ランバートはよく知らなかったのだが、この国の統治制度は少々ややこしい。
まず絶対的な王は存在せず、貴族による元老院の合議によって進めるべき政策を決定している。
実際の政治の運営は四つの王家から選ばれる執政官がとっている。執政官は複数いる場合があり、現在は3人の執政官がいてそのうちの一人が『氷の執政官』マーガレットだ。
この複雑な制度のせいでマーガレットには政敵も多く、誰がその命を狙わせたのかわからないのだ。
まずレイ家以外の三王家の者たち。現在は比較的四家の仲は安定しているが、過去には血で血を洗う争いをしてきた歴史がある。
そして同じレイ家の者でも第三王女という微妙な序列のマーガレットが執政官になったことに反感を持っている者もいる可能性がある。
さらには元老院の貴族たちまで含めたらそれこそ見当もつかないのだ。
「証拠もなしに逮捕することはできん。そんな事をしたら政敵たちにいい口実を与えるだけだ。それにウォーベックを逮捕したところで黒幕にはたどりつけないだろう。あいつが出入りしている王侯貴族は数多いし、表向きは民間軍事組織として中立を保っているからな」
「まあ、俺が証人になるわけにもいかないしな」
「そうだな。貴様が証人ではウォーベックが相手では無意味だろう。どう考えてもウォーベックに分がある」
一介の冒険者と大規模民間軍事組織の長というウォーベックではこの国での信用が違い過ぎるのだ。
「じゃあ、俺は暗殺の件に関してはこれ以上役立てそうもないな。眠いし帰るぜ」
話は終わったとばかりに去っていこうとするランバートに、
「今度は昼間に訪ねて来い。二日後の14時だ。話は通しておく」
(こいつは再び来るだろうか?まあ、命は助かったし金貨5枚程度なら惜しくはないが…)と思いながらマーガレットは声をかけたのだった。
次回は 08 隊服 (馬子にも) です。