063 黒幕
『反抗した死神会を制裁しようと現れてくる上の組織を順番に潰していって、いつか黒幕にたどり着く作戦』は途中までは順調だったが、さすがにヤバいと思ったのかむこうから死神会にちょっかいをかけてくる組織はなくなっていた。
制裁に向かった組織が軒並み返り討ちにあって壊滅していたのだから無理もない。しかも、死神会側はいまのところ被害ゼロという圧倒的な結果でだ。
これにはランバートの力も大きいが、それ以上に張り切っていた人物がいたからだ。
「見てたか?お父さん、ランバートよりも三人も多く倒したぞ~!」
釣った魚の数を自慢するように娘にアピールしていた酒場のおっさんの存在が大きい。
前回娘に自分が父であることを明かしたシュートは、娘の反応に危うく(精神的に)死にかけたがランバートがその後いろいろフォローするように説明してくれたお陰で「まあ、私の事を心配してくれた上でのことなら…」と娘であるシズクの態度が軟化したことを受けてすっかり元気になっていた。
「ランバートさん…。私、いまかなり我慢してますよ?」
「すまないが、もう少し我慢してくれ。あれは強いんだ」
ランバートに説得されて父親であるシュートを認めたのものの嫌気がさしているシズクに対してシュートは、戦力になるので我慢して欲しいと懇願したものだった。
*
むかってくる組織がなくなってから三日後、シャロは死神会のメンバーを集めていた。
「作戦を第二フェーズに移行します」
ちゃっかりボスの座に居座っているシャロがそれらしいことを言っている。ランバートたちはあくまで助っ人なので死神会を仕切るのはシャロなのだ。
(戦闘でのヒリヒリはもうないんだから、せめてシチュエーションくらいはしっかり楽しませてもらわないと)
と自分の役割を演じている。
「今度はこちらからしかけます。先日の組織から上の組織の情報を吐かせましたからそこを襲撃します」
つまり潰した組織の連中を脅して命令した上の組織を順番に襲っていくことにしたのだ。
作戦とは名ばかりの完全な力技だが、それができる実力が充分あるので困る。
こうして順調に組織を次々と潰していったのだが…。
「やられました…」
シャロが悔しそうにうめいている。
「これ、やべえよ…」
素人に毛が生えた程度の死神会のメンバーたちは顔を青くしている。これまではランバートたちの活躍で余裕のある状況ができていたが今回はその余裕がなかった。
相手が強かったわけではない。むしろ戦ってすらいない。
シャロたちが踏み込んだそこにあったのは全て死体だったからだ。ふいに襲われたのだろう、食べかけの肉や器に入れられたエールがまだそこには残っていたが、生きている者はいなかった。全部で30体以上の死体がある。
今までも組織をつぶしていたが、人死にはほとんどでていない。ランバートとシュートにとっては殺すまでもない相手だったのでできるだけ殺さずに戦闘不能にしていたのだ。
そのため死神会のメンバーがこれだけ大量の死体を見たのは初めてだった。大量殺人現場に死神会のメンバーたちは震え上がるのだった。
*
死神会が踏み込む二日前。
覆面の男が荒い息を吐いていた。
「はあはあはあ…。ゴミどもとはいえ数が多いと掃除も疲れるわ」
覆面の男は口封じのためにマーガレット誘拐を依頼した組織を自ら壊滅させたのだ。それもたった一人で。
「それにしてあの男…。許せん!」
思えば、またしてもあのランバートとかいう参謀官にしてやられたのだ。
ランバートを暗殺者として使おうとして寝返られたのを手始めに、魔獣使いをそそのかし帝都の治安を低下させて執政官の評判を落とす計画や、マーガレットの領地で反乱を起こさせる計画もランバートに潰された。
またウォーベックが放った刺客がランバート本人を狙うも返り討ちにあった。
それならばと今回はマーガレット自身の命を再び狙ったが、その計画もなぜかランバートに察知されて危うく自分が黒幕であることがバレるところだった。
「このまま捨て置くはわけにはいかんが、どうするか…」
「困りましたな」
誰に言うでもなくつぶやいていた覆面の男の背後から声をかける者がいる。
「ウォーベックか」
その問いかけに答えずにウォーベックは続ける。
「わたくしが執政警邏隊に潜らせていた者を使いましたな?もうあの男は使えなくなりましたぞ」
ウォーベックはその弟子を執政警邏隊に入れていたのだが、そこから覆面の男は情報を引き出して今回のマーガレット襲撃計画を立てていたのだ。
「身元がわれたのか?」
「ええ。今回のマーガレット執政官の予定を知っていた者はごく限られた者たちだったので特定されてしまったようです」
「まさか口を割るような事はないだろうな」
そうなるなら消すしかないと言いたげな覆面の男に、
「捕まる前になんとか逃げ出したようですが、もはや執政警邏隊に戻ることはかなわんでしょう。そして、『義理は果たした』と今後は弟子としてわたくしに協力することはないと帝都から去っていきましたよ」
「ふん、使えぬ者よ。ランバートを殺すのが無理だというから情報を引き出したのだが無駄になったな」
自ら行いがそうさせたのに全く反省の色がない覆面の男に、
「大事な情報源だったのですが」
恨み言のように聞こえる言い方をするウォーベックに黒幕の男はイライラする。
「これからどうするのだ。どうしたらよいのだ」
「勝手な事をされるからです。…私がやりましょう」
(自らが追い詰められる覚悟がなければ暗殺など企てねばよいのだ)
自らも国三指と呼ばれるほどの使い手のくせに、人の手ばかり汚そうとしていた覆面の男に呆れながらもウォーベックは覚悟を決めるのだった。
今回で8章は終わりです。 次回は 登場人物7・8章でその次から最終章が始まります。
とりあえず完結までいきそうなので作者はホッとしています。