057 新人
執政警邏隊三番隊の新隊員、シャロは緊張していた。
シャロはもともとマーガレットの飛び地の領地であるセンビーズの若手騎士だったのだが、ランバートがセンビーズの反乱を未然に防いだ事件をきっかけに帝都の執政警邏隊に抜擢されている。
それというのも反乱を防いだ際にシャロの行動が大きく貢献したと評価され、その恩賞としてシャロ自身が執政警邏隊入りを希望したのだ。
自ら望んで来ただけあってシャロは執政警邏隊に配属されてからもそつなく仕事をこなしていたので、地方の若い騎士が執政警邏隊に抜擢されたという異例の処遇が特に問題になるような事はなかった。
もちろん陰では「田舎者が…」と見下す者もいたが、マーガレットやミラリオと昔から知り合いという事もあり表立って嫌がらせを受ける事はなかったのだ。
そんな順調な執政警邏隊での生活を満喫していたシャロだったが、今日は三番隊隊長のミラリオに「直々に頼みたいことがある」と隊長室に呼び出されていた。
(私を指名しての任務。一体どんな任務なのでしょうか…)
シャロはプレッシャーを感じて汗を一筋こめかみに流している。
なにしろ相手は三番隊隊長にしてマーガレットの側近と言ってもいい身分だ。そのミラリオが他の隊員を通じた指令(今まではそうだった)ではなく直接頼みたいと言ってきたのだから無理もない。
シャロが背筋を伸ばして隊長室に入るとミラリオはすぐに用件を切り出す。
「実はある組織に潜入して欲しい」
「潜入捜査ですか?」
「そうだ。シャロには少し早いと思ったが、今までの働きを見て任せられる判断したのだ」
ミラリオが潜入捜査という比較的難易度が高い任務に新人のシャロを選んだのは、まだ帝都に来て日が浅いので執政警邏隊としてまだ顔があまり知られていない点を買ったのだ。
(まあ、間違っても街のゴロツキ程度にやられるシャロではないでしょうしね)
そう思っている様にその力量も信用しているのだ。
「まあ、そんなに緊張することはない。実は今回の件はランバート参謀官の多少私的な事情によるもので、本来なら私たち執政警邏隊が関与するほどの相手ではない。それほど気負うほどの事はないぞ」
ミラリオは直立不動の姿勢を保っているシャロの緊張をほぐそうと軽く肩をたたいてやる。
しかし、ミラリオの言葉を聞いてシャロの方は、
(ランバート参謀官が関わっている?…どうやらこれは相当重要な任務の様ですね)
と、むしろさらにこじらせている。しかし、これは別にシャロは悪くない。
シャロも今までの『ランバート参謀官の英雄譚』を知っているからこそ、ランバート案件なら重要な任務だと判断したのだ。
(ランバート参謀官は的確な判断力で数々の難事件を解決してきた方。意味のない事をされるはずがない…)
シャロの知っている『ランバート参謀官の解決した事件』はその結果から後付けされて(誇張された)英雄譚になっているのだが、実はその発端のほとんどがその結果に結びつくとはランバート自身も思っていなかった事ばかりなのだ。
その過程を詳しく知ってしまえばその印象はかなり変わるだろうが、あいにくシャロはそれを知らない。実際、自分が関わったセンビーズの反乱の際も(多少金に細かい気がしたが)的確な判断で解決したようにシャロには見えていた。
「大丈夫か?本当に考えすぎるなよ」
深刻な表情になっているシャロを気遣うミラリオだが余計な心配というものだ。それというのも、
(うふふふふ。これはヤバいシチュエーションですね。センビーズの反乱の時よりもヒリヒリする展開になりそうです…)
実はシャロはそんな事を考えているような少女なのだ。
そう、ミラリオは知らなかった。
シャロという少女が危険を冒してセンビーズの反乱を食い止めようとしていたのは、領主のマーガレットへの強い忠誠心でもなく、捕らえられていた代官のためでもなく、身の危険を顧みないで自らを犠牲にしても頑張るという悲劇のヒロイン的なシチュエーションに酔うためだったのだ!
(これは執政警邏隊に入れてもらったかいがありましたね、こういう刺激を私は求めていたんです!)
深刻な顔をしたまま心躍らせているシャロ。
もしこの少女がこんな変な性癖を持っていると知っていたらミラリオもさすがに人選を考え直しただろうが、そんな事は知るよしもないのだった。
*
「シャロ、あなたが今回の任務に選ばれたそうですね」
ランバートは参謀官モードでシャロに話しかけている。
「ランバート参謀官!お久しぶりです!」
直立不動で敬礼をするシャロにランバートは楽にするように伝えると、
「うまくやれそうですか?」
と労いの言葉をかけている。
「大丈夫です。ある意味私の境遇と近い役割ですから」
今回の任務ではシャロは『田舎から出てきた若い冒険者が仲間を求めて街の不良たちの組織に入る』というやり方で潜入することになっている。
「不都合がなければこの子を連れて行くといいでしょう。単独行動の旅の冒険者が護衛の魔獣を連れているの珍しくないですからね」
自分の後ろに控えているレッドウルフ、ワルキューレちゃんの手綱を渡してくる。ランバートとしても自分の都合で危険な目に合わせるのである程度の事をしておこうということらしい。
「はあ…。でも良いのですか?」
(そんな強そうなのを連れていたらヒリヒリ感が弱まりますね…)
スリルが減ってしまうと浮かない顔をしているシャロの気持ちを勘違いしたのか、
「ちゃんとシャロの言う事をきくように言い聞かせておくから大丈夫です。こう見えて戦闘力は隊長クラスだから頼りになりますよ。まあ、ちょっと気が短いところはありますがね」
「気が短い…」
(それならいいかもしれませんね!思いもよらない騒動を引き起こす可能性がありますからね!)
特大サイズのレッドウルフを見ながら「ではお借りします!」とランバートに答えながら「期待していますよ!ワルキューレさん!」とワルキューレちゃんに声をかけるシャロ。
(わくわく。気が短いってどんな感じでキレるのかな~。しかも隊長クラスの戦闘力!これはいい子が仲間になりました)
潜入決行の日が待ち遠しくなるシャロなのだった。
次回は 057 潜入捜査 です。