056 女の子
帝都の南東に住宅街でランバートとシュートは一人の女の子を尾行していた。
「あの子なのか?」
「ああ。どうもそうらしい」
ランバートにきかれたシュートは神妙な顔で返事をしている。
二人の視線の先に見えるのは15、6歳くらいのなかなか可愛らしい女の子だ。
大の男二人が物陰に隠れてのぞき見をしているのはあまり格好の良いものではないが、シュートには気付かれたくない理由があるので仕方ないのだ。
「絶対に気付かれるなよ」
「わかってるって」
これだけジロジロ見ていたら視線を察知されそうなものだが、そこはさすがに二人とも尾行の心得があるので素人に見つかるようなへまはしないのだ。
透明マントを使えば簡単なのだが、さすがに大の男二人では狭いし、お互いに密着したくないので今回は使っていない。
そのかわりに『気配を消して、相手の視線がこちらに来る前に事前に察知して身を隠す』という達人クラスの技術をこの二人は盛大に無駄遣いをしている。
「しかし、本当にあの子がお前の子供なのか?」
「どうもそうらしい」
同じ答えを繰り返すシュートの返事はいまいち頼りない。
シュートが話すことによると、あの女の子の祖母と名乗るばあさんが店に訪ねてきてあの女の子の事を相談してきたらしい。最近、街中の評判のよくない連中の所に出入りしているから心配だから何とかしてほしいとの事だった。
もちろんシュートは別に街の相談役ではないので普通なら丁重に断るところだが、そのばあさんが言うにはその子はシュートの子供だ言う事だったのだ。
もう亡くなっているというばあさんの娘の名前と特徴を聞くと確かにシュートには覚えがあった。
「一体何歳の時の子だよ」
「たぶん、あの子と同じくらいの時だな。その時ならそういうことをした覚えもある。でも、できてるとは知らなかったんだぞ?」
なんの言い訳にもならない事を言うシュートにランバートは返事をしない。
シュートはランバートより3歳年上なので32歳なので確かにその頃にそうしていたら15、6歳くらいに見える女の子がいても計算は合わなくもない。
よく見ると目元がシュートに似ていなくもないし、全体的な顔つきもなんとなく似ている気がする。
ランバートが黙っているので再びシュートが話し出す。
「どうやら悪い仲間と付き合いがあるみたいでな」
「ほっとけばよくないか?あのくらいの年に自立するやつも珍しくないだろ」
そういうランバート自身も13歳の時に旅に出ているのであまり気が入っていないが、シュートはそうもいかないようで、
「やっぱり、娘だからな。ロクでもない男に引っかかったりしないか心配なんだよ」
「お前がそれを言うのか…」
「ランバートも親になれば気持ちはわかるって」
「俺はお前と違って自分に子供がいた事を知らなかったなんてことは絶対にない」
一緒にして欲しくないとばかりにため息をつく。
「あっ、あそこに入っていくぞ」
路地の一角にある古ぼけた石作りの建物の中に入っていく。
「店とかではないみたいだな…」
これではこれ以上あとをつけて中に入ることは難しそうだ。
「ランバート、ほら、執政警邏隊の参謀官として乗り込んでくれ」
「無茶苦茶言うなよ。いくらなんでもなんの疑いのない私邸に踏み込めるかよ」
「いや、見ろよ。なんか悪そうなガキどもが出入りしているじゃないか。さあ、逮捕してくれ」
「だから、それだけじゃあ無理だろ」
さすがに悪そうな奴らが出入りしているだけで悪事の証拠もないのに逮捕できるはずがない。
「こうなったら俺が全員叩きのめして…」
「やめろって。とりあえず今日のところはこれくらいにしてまた出直そう。俺もあの建物を探るうまい方法を考えてみるよ」
いくら子供が心配とはいえ、何の証拠もなしに不良少年たちを叩きのめしたらシュートの方を捕まえなくてはならなくなるだろう。
(さて、どうするかな…。と言っても当てはあんまりないし、つくづく面倒な事になったな…)
と思うランバートなのだった。
*
「それで私のところに相談に来たんですか。執政警邏隊は確かに治安維持組織ですけど、対象はどちらかといえば凶悪犯罪ですよ?たかが街の不良少年少女を相手にするのは違うんですけどね」
ランバートから相談を受けてミラリオは困った表情になる。
執政警邏隊は帝都の一般の兵士たちと違って融通が利かない(ワイロを受け取らない。ランバートは例外)ので犯罪組織から特に煙たがられいるが、担当するのはそれなりに大きな犯罪組織だ。
大人のマネをしてぐれているだけの少年少女程度をいちいち相手にしていないのだ。
「それはわかってるよ。だけど執政警邏隊が絶対に対象にしてはいけないわけでもないんだろ。なんとか頼むよ」
シュートから治安組織としての執政警邏隊の力をあてにされたランバートだったが、ランバート自身は参謀官という役職上、直属の部下というものがいないのだ。
まあ、この男の場合は戦闘に関してはたいていの場合、自分一人の力押しで事足りるので戦闘面での部下は必要ないかもしれない。
しかし、今回のように何かを調査する場合には人手があったが方がやりやすいのだ。
「…まあいいですよ。ちょうどよい者が新しく三番隊に入りましたから試しにやらせてみます。年も近いですからうまく潜入できるでしょう」
普通ならやらない事なのだがランバートの頼みなのと、新任の隊員の力量を図るによい機会だと思ったミラリオは承諾する。
「なんでもいいさ。よろしく頼むよ」
「さすがのランバートさんも不良少年たち相手にはその腕を生かすわけにもいきませんからね」
考えてみればこれまでランバートが関わってきた事件は連続殺人や反乱といった大規模な重犯罪ばかりだった。
それが今回は不良少年たちの取締りとスケールがひとまわり小さくなっている。
この調子でいけば次の事件は食い逃げ犯を捕まえたりすることになるかもしれない。
「でも、知り合いの子供さんのためなんてシュートさんもいいところこありますね。ランバートさんも少し見習った方がいいですよ」
さすがにシュートの隠し子とは言えないので、シュートの知り合いの子供ということにしているランバートは(やっぱわりにあわねえなあ…)と思うのだった。
次回は 057 新人 です。