052 奥の手
ブラッドはウォーベックの弟子が集めたという助っ人たちと打ち合わせをするために帝都の外れにある庭園を訪れていた。
庭園と言っても私有地なので普通は勝手に入ることはできないが、今回助っ人を集めたウォーベックの弟子が貴族だったのでそのつてでこの場所を用意したようだった。
「おやおや、これはこれは。…ジャービス先輩、ボクをはめたんですかぁ?」
ブラッドは仲介者のジャービスの連れている人物を見て妙に芝居がかった感じでおどけているが、その目は笑っていない。
「君のやっていることを見過ごすわけにはいきませんからね。せめて最後はウォーベック流の剣士として恥ずかしくない行動をするんですね」
「はははっ!センセイはそんな立派な師匠じゃないでしょう?」
ウォーベックが何をしているのか知っているくせに説教するつもりですか?と言いたげにブラッドは肩をすくめている。
「俺もその意見には同感だね」
ジャービスが連れていた男、ランバートもブラッドに同意している。
「初めまして…ということですかねぇ。ランバート参謀官」
はめられたと言っているわりにブラッドには余裕があるように見える。今まではランバートを遠目に見ていただけなので正確な力が測れなかったが、こうして相対してみると自分の方が剣才があると感じたのだ。
(強いけど、この人は努力の人だなぁ。ボクのような天才とはちがうね)
「まあボクもそろそろレベルアップしたいところですしね。ザコをいくら狩っても手には要らない経験値を得るためにはあなたはいい相手ですよ」
「俺はレアモンスターかい?」
ランバートは軽口をたたいているが、こちらには余裕がない。初めから参謀官ではなく剣士ランバートとしての口調になっているのはブラッドをそれだけ危険な相手だと認識しているからだ。
(これは確かにヤバい奴だな。高みに達する才能を持っている。俺とはちがうな)
二人のお互い対する評価は一致している。すなわちブラッドの方が優位だという結論だ。
「ジャービス先輩、まさか二対一でやるわけではないですよね?」
「私もウォーベック師匠に一応義理がありますから。これ以上は手出しをしませんよ。それにランバート参謀官も一人の方が良いそうですから」
ジャービスも具体的な方法は聞いていないが、ランバートのブラッド対策はジャービスと組むよりは一人の方がやりやすいとの事だったのだ。
「へえ…。じゃ、さっそくやりましょ!」
ブラッドは返事を待たずにランバートに斬りかかかっていく。
これまでの相手なら全て一撃で仕留めてきたブラッドだが、さすがにランバート相手ではそうはいかない。
不意打ちの様な形で斬りかかった最初の一撃を受け止めると、その後も危なげなく斬り結んでいる。
ジャービス相手にウォーベック流の予習をしているので受けるだけならかなりの間防御することができるのだ。
「すごぉい!すごいですよぉ!これほどの相手は初めてだぁ!」
興奮して叫ぶブラッドに対してランバートは黙ったままだ。その後も何度か剣を交えるが、お互いに決定打にかけている。
(これはこっちの技を知っていますねぇ)
ブラッドはジャービスの方をチラリとみる。
(そういう事ですか。でも、ボクとジャービス先輩では違うんですよぉ)
ウォーベック流は基本的に先手を取って攻める、短期決戦を軸にした技が多い。実際のその技で受けのうまいレオポルドあたりも一撃でやられている。
しかし、ブラッドにはウォーベック流の技が基本にあるがそれを自己流にした技もあるのだ。
強敵相手には少しづつダメージを与えて、じっくりと追い詰めていくためにブラッドが工夫した技だ。
ブラッドは常にふざけたような言動とは真逆に、戦い方は慎重で辛抱強い。
長期戦を厭わない戦い方なので、相手がじれた隙をついて仕留めるタイプのランバートも攻めにくい。
さらにブラッドは間合いの開け方も巧みでギリギリ身体に刃が届か届かないくらいの距離を保っている。
(さて、そろそろやりますかぁ)
ブラッドが独自に変化させた技を繰り出すと、ランバートの反応がわずかに遅れる。ウォーベック流の技への対策が完璧すぎるがためにブラッドの変化に追いつけなかったのだ。
とはいえさすがに一撃で致命傷を与えるほどの遅れはないが、軽傷を与えるには十分だ。軽傷を少しづつ負わせていけば動きを鈍らせる事ができる。そのための攻撃だ。
(もらった!まずは一筋!)
ブラッドの一撃はランバートの左腕に少しの傷をつけるつもりの一振りだったが、その左腕を見事に斬り飛ばしている。
「なにっ?!」
わずかな傷を与えるつもりが、左腕を斬り落とすという予想以上の結果にブラッドは一瞬身体が固まってしまう。
(今だっ!)
その隙を見逃さずにランバートは右手の剣でブラッドの心臓を貫いている。
「…面倒なやろうだったよ。全く」
すでにこと切れているブラッドを見下ろすランバートにジャービスが駆け寄っていく。
「大丈夫ですか?」
「自分で治すから大丈夫だ」
ランバートはそう言いながら治癒魔法を自分にかけて左腕をくっつけようとしている。
「しかし、治ったとしても元通りにはならないでしょう。決して大丈夫では…」
ジャービスが言うように魔法で治療したとしても一度断ち切られた骨や筋肉は元には戻らない。
いや、見た目には元通りになるがそれまで培った技を自由自在に出すための微妙な感覚は失われるのだ。修行を長年積んだ剣士は今までの修業を無にするような事は普通はしない。それこそランバートほどの実力者ならなおさらだろう。
「俺の左腕は今までも何度か断ち切られている。だから同じ事だよ」
「まさか左腕を捨てているんですか?」
ジャービスは信じられないという目でランバートを見る。ジャービスもウォーベックに見込まれるほどの剣才を持った者なので左腕を活かせなくなることの不利はよくわかるのだ。
隻腕の達人もいないわけではないが、それでも両腕があればより強い者になるだろうし、戦いの幅も広がるはずだ。
「俺はかつて俺より強い相手から逃げるために左腕を捨てたんだよ。強ければ強いほど今のお前みたいにまさか俺が左腕を簡単に捨てるとは思わないからな。だからうまくいったんだよ」
淡々と言うランバートだが、ジャービスはその覚悟の強さに息をのむ。強くなることを諦めたからこそできる奥の手をこのレベルの達人が持っているとは普通は思わないだろう。
(しかし、感心している場合ではありませんね)
ジャービスは驚きながらも、次にしなくてはいけない事をする決意をする。
「治りましたか?それではランバート参謀官。申し訳ありませんが、ここで死んでください」
ジャービスがすらりと剣を抜いて構えるのを見てランバートはため息をつく。
「わざわざ治るのを待ってたのか?趣味がわるいな」
その言い方からランバートはこうなることが分かっていたかのようだ。
「悪趣味なのはそこで死んでいる男でしょう。私のは真っ当な騎士道精神ですよ」
「お貴族様は言う事が違うねえ。一応理由を聞いておこうか?」
「師匠に対する義理ですよ。ブラッドは確実に始末したかったのですが、さすがに師匠を裏切ったままっていうのも問題かな、と」
「仕方ねえな」
やれやれとランバートも剣を抜いて応じるのだった。
すみません。今回で7章が終わりませんでした。
次回 053 したたかな相手 で7章は終わります。