050 協力者
ランバートはジャービスに誘われて執政銃士隊の本部に来ていた。
ジャービスの言う事を完全に信用したわけではないので下手なところに行く気はなかったが、さすがに執政銃士隊の本部で執政警邏隊の参謀官に危害を加える事はないだろうと判断したのだ。
裏では対立してるとはいえ、表向きは協力関係あるので無茶はできないはずだ。
「あんまり執政警邏隊と変わらないんだな」
「まあ、同じ帝都の治安組織ですからね。作りは似ていますよ」
物珍しそうに見回しているランバートにジャービスは苦笑しながらこたえている。
(この人これでめちゃくちゃ強いんですよねえ。だから私も力を貸す気になったんですが)
いろいろと企んでいそうな顔をしているランバートだが、悪人になり切れないのをジャービスは見抜いている。
「でもなんだって俺と組む気になったんだ。執政銃士隊にも強い奴はいるだろう」
わざわざ自分を選んだ理由がいまいちピンと来ていないランバートに、
「あなたほどの使い手は執政銃士隊にもいませんよ。私が知っている中ではランバート参謀官は帝都最強クラスですからね。私の師匠と同じくらいです」
「お前の師匠?」
ここ最近は強いと言われる事は当たり前になっていたが、誰かと並び称されることはなかったのでジャービスの発言はランバートの興味を引く。
「私の師匠は国三指の1人、黒鬼会のウォーベック様ですよ」
「げっ、マジかよ」
今、一番聞きたくない名前を聞いてランバートは思わずうめく。
「はい。私はウォーベック師匠の五人の弟子のうちの一人なんですよ」
ランバートからしたらわりと衝撃の事実なのだがジャービスはいつもの笑顔で平然としている。
「…お前、本当に大丈夫なのか?」
自分の命を狙っている者の弟子ときいたらランバートでなくとも同じような反応をするだろう。何か裏があると考えるのが普通だ。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ。ウォーベック師匠とは師弟関係ですけど別に部下ってわけじゃないですから。まあ、執政銃士隊の情報を流してくれって言われたら時々教えていますけどね」
「教えてんのかよ!」
「まあ、師匠ですから多少の頼みは聞きますよ」
頭をかきながら、いたずらが見つかった子供の様なしぐさでしらっと言うジャービスには全く悪気がなさそうだ。
「情報を流すくらい別にたいしたことじゃないですよ。それに執政警邏隊にも師匠の弟子がいて私と同じように情報を流しているはずですよ。最近は主にあなたに関する情報ですね」
どうやらジャービスがランバートの事をよく知っていたのはこの辺りが関係していたらしい。
「あいつ、いろいろやってるんだな」
強いだけでなく組織の長になるような奴は違うねえ、とランバートは変な事に感心している。
「でもそれならお前は結局は部下として情報を流してるんじゃないのか?」
ランバートのもっともな疑問をジャービスは肩をすくめて否定する。
「いえいえ、本当の部下はちゃんと部下として黒鬼会に加入させていますからね。師匠にとって弟子は別物なんでしょう。割と自由にさせてくれますよ。師匠は才能のある者を弟子にしますが黒鬼会に自分の部下として残すことに執着していませんからね。実際のところ五人の弟子で今、黒鬼会に正式に所属しているのは一人だけですし」
ジャービスが言うところによるとウォーベックが弟子をとる基準はあくまで才能のあるなしだけで、自分の部下にするのは二の次らしい。逆にどんなに忠誠心が厚い部下だとしても才能がなければ弟子にはしないとの事だ。
そして弟子には頼み事はするが、それに強制力はなく内容によっては弟子も普通に断ることもあるのだそうだ。
「意外だな。軍事組織の長にしてはずいぶん甘い理由で弟子をとってるんだな」
思い起こせば白龍会の会頭も自分の技を継承させるために無茶な弟子の育成をして組織を壊してしまっていた。組織の長とはいえ自らの強さの根底にあるものに対しての思い入れはなかなか捨てられないものらしい。
(俺は弟子なんてとるような柄じゃないが、もし弟子をとるとしたら確かに利害関係だけではないだろうな)
ランバートは意外だと言いながらなんとなくウォーベックの気持ちが分かるような気がするのは、ランバートもまた厳しい修行を経て技を身に着けた達人だからだろう。
「ちなみに今回の辻斬りをしている者もウォーベック師匠の弟子ですよ。まあ数年前にも辻斬り騒ぎを起こして放逐されたんですけどね」
「前にもそんな事やってたのか、そいつ」
「ウォーベック師匠は技術を教えるのはうまいんですが、心を育てるのはからっきしなんですよねえ。まあ、私が言うのも変なんですけど。あはははは」
高笑いするジャービスを見て(あのおっさんも苦労してんだな)とランバートはウォーベックにちょっと同情してしまう。
ランバートの暗殺を請け負った弟子は辻斬りを楽しむようなサイコパスだし、別の弟子は師匠を裏切ってランバートの味方をしているというのに高笑いをしている始末だ。敵とはいえなかなか可愛そうな境遇だとも思うのだ。
もっとも、ウォーベックとっては苦労の元凶とも言えるランバートに同情されても本人は全然嬉しくないだろうが。
「で、その辻斬りをやってるやつはやっぱり強いのか?」
「そうですね。五人の弟子の中では一番才能がありましたよ。たぶん師匠でもまともにやり合えば危ないんじゃないですかねえ」
「いやな情報だな」
(そりゃ、俺でも危ないってことじゃないか。完全に俺を殺せるヤツじゃないか)
ランバートはウォーベックと自分を同格と考えているので、すぐに弱気になる。この男は確実に自分より弱くないと基本的には戦いたくないのだ。なにしろ長生きするために最強なるのをあきらめた男だ。
「いい情報もありますよ。あの男は修業熱心ではなかったですが、その剣術の元になっているのは間違いなくウォーベック流の技です。ですから私がその技をあなたに見せて対策をたてようって事です。ランバート参謀官はそういうの得意でしょ」
分析がすごいと褒められているのか、手口がセコイと言われているのか。どっちにしても、
「あくまでやるのは俺なんだな」
としぶしぶながら覚悟を決めている。
「まあ、私ではまず勝てないですからねえ。ランバート参謀官に勝ってもらうしかないでしょうねえ。こちらの鍛錬室は人払いをしてありますからそこでやりましょう」
結局はこうなることを確信していたように言うジャービスに、
「執政警邏隊には別の弟子がいるからな。お前が俺にウォーベック流の技を教えてるところを知られたくないからこんな所まで連れ出したってことだな」
「そういう事です。話が早くて助かりますよ」
ため息をつきながら察しのいい事を言うランバートにジャービスは笑顔で頷くのだった。
次回は 051 捨て身 です。