049 鉢合わせ
「ランバートさん、一人でなんて危険じゃないですか?」
「お嬢ちゃんこそ自分の隊はどうしたんだ?だいたい単独行動は命令違反だぞ」
一人で捜査をしている自分の事は棚に上げてランバートはミラリオに説教をしている。
「私の隊は今日は非番ですよ」
「お嬢ちゃんの隊が非番だとしても、辻斬りの方はお嬢ちゃんが非番だとは知らないと思うがな」
呆れたように言うランバートはあまり真剣には怒っていないようだ。
「…ランバートさん、なんか機嫌がよくないですか?」
「そんな事はない」
そう答えるランバートだが、(こいつはまだまだ俺を殺せないからな)という安心感があるのだろう。その気持ちが表に出てしまっているらしい。
「それにしてもこんな所に辻斬りが現れるんですか?」
「わかんねえよ。そもそも手がかりがなさすぎるからな」
ランバートが投げやりに言うように辻斬りは相変わらず犠牲者以外の手がかりを残していない。辻斬りが男なのか、女なのか、背格好や年齢も全くわかっていないのが現状だ。
「もしかして適当に探してるんですか?」
「そう言うなよ。一応俺の経験からくる直感と分析で捜査する場所を厳選してるんだから」
ランバートが言うといつものように『何も考えていないのにそれらしく言っているだけ』のように聞こえるが、今回はハッタリではなくちゃんとした根拠がある。
ただ、その根拠から選んでいる場所は『辻斬りが現れそうな場所』ではなく『辻斬りが現れそうにない場所』なのだが。
そう、今ランバートは全力で辻斬りに会わないように立ち回っているのだ。しかも表向きには真面目に探しているふりをしながら!困った主人公である。
(自慢じゃないけどヤバい奴から逃げるのは得意だからな。とにかく嫌な気配がするところは避けて、なるべく会わないようにしないとな)
今まではななんだかんだ言っても自分よりも強くない者を相手にしてきたので多少の余裕があったのだが、今回の奴は自分よりも強いかもしれない奴だと判断しているのでなりふり構わなくなっている。
「それにしてもランバートさんがいるところってこれまで辻斬りが現れた場所で、すでに私たちや他の治安組織が重点的に捜査したところばかりじゃないですか。わざわざそんなところに来ますかね」
「だからこそだ。現れないと思われるところだから、裏を返せば怪しいんだよ」
「そんなものですか。でも、これまで辻斬りは同じ場所ではしていないんですけどねえ」
とミラリオはまだ納得できないようだが、
「なかなか鋭いですねえ。さすがはランバート参謀官」
とランバートを擁護する声がする。
そこに現れたのは執政銃士隊のジャービスとジュディだ。
思わせぶりな言動をして神秘的な雰囲気を出そうとしているのがジュディで、そのツッコミ役(物理)がジャービスだ。ちなみに今、口を挟んできたのはジャービスだ。
この二人は以前の辻斬り事件の際に協力した執政銃士隊の三番隊隊長とその副隊長だ。
本来は執政警邏隊と執政銃士隊が共同で捜査することはないのだが、ジュディ隊の隊員が犠牲になった事でなし崩し的に一緒に捜査することになったのだ。
「あなたたちも辻斬り事件の捜査ですか?」
ミラリオの問いにジュディが静かにうなづく。
「今回は『特例』。だから私たちも調べている」
事件の捜査は基本的には帝都にある三つの治安組織の中で最初に着手した組織が担当することになっているが、今回の辻斬り事件では被害が大きくなっているので全ての治安組織が捜査をする『特例事件』になっている。
まさかジュディたちと鉢合わせると思っていなかったのでランバートが(まさかこいつらもあえて安全地帯を捜査しているのか)と驚いていると、その表情に対して、
「あなた死ぬわ。それも近いうちに。よくない気を感じるもの」
ドヤ顔で言うジュディ。今まで何度となく言ってきたセリフだが今回ほどしっくり来たことがないと満足そうだが、
「今回は冗談になりませんよ~、ジュディ様」
「いったたた!痛いって!今日は痛い!いつもより絶対痛いやつになってるから!」
ジャービスにあり得ないほどほっぺたを引っ張られて情けない悲鳴を上げている。
(俺を殺せる奴がまた一人現れたなあ。せっかくの安全地帯なのに…)
ちなみにランバートが思っている俺を殺せる奴はジャービスの方だ。ジュディはまだそのレベルに達していないらしい。
「ところでジャービス、あなたもここが怪しいと思っているの?」
見慣れたやり取りにミラリオがため息をつきながら問いかける。
「まあ、そうですね~。確率が高いですよ」
「あなたが言う説得力があるわね」
ランバートの時と違ってミラリオは素直に受け入れている。ジャービスの能力を信頼しているのだろう。
「ジャービスはこういう調査はとても得意だから」
なぜかジュディが得意そうにミラリオを見上げている。
「確かにジャービスは昔からこういう地道な活動は得意だったわよね」
ミラリオもジュディも目立つ行動は得意なのだが、地道に何かをするのには向いていないので二人ともジャービスによくフォローされていたのだ。
「昔と言えばミラリオ、あなた士官学校時代から変わってないわ」
「そっちこそ昔から…」
ミラリオはジュディの事を苦手だと言いながらなんだかんだとこの二人は仲がいい。
学生時代にもどったように二人で話しているミラリオとジュディからジャービスはそっと離れるとランバートに小声で話しかけてくる。
「ランバート参謀官、あなたも悪い人ですねえ。辻斬りがいそうにないところを捜査しているなんて。まあ、私も人の事は言えませんが」
「なんのことですか?」
「とぼけないでいいですよ。別に責めるつもりはないんですよ。私だってジュディ隊長が危険な目に合わないないためにあえてここを捜査しているですからね。あの方はああみえて生真面目なので早く辻斬りを捕まえて市民たちの安全を守ろうとしてるんですよ。まったく、危なっかしいたらありゃしないですよ」
「くくっ」と忍び笑いをするジャービスをランバートはめんどくさそうな目で見ている。
「そんな顔したらダメですよ。今のあなたは食い詰めた冒険者じゃなくて執政警邏隊の参謀官なのですから」
「調べたのか?」
ランバートがジャービスに対しての警戒度を一段階上げる。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ。調べても大した事はわかりませんでしたから。ただ、とても食い詰めるような実力じゃない事はわかりましたよ」
「わかったような事を言うなよ」
食い詰めた冒険者だったと知られたランバートはもう参謀官モードで話す気がないのか口調が素に戻っている。
「…もう一つわかったことがありまして。あなた今、命を狙われていますよ」
「あのちっさいお嬢ちゃんのマネか?悪趣味だな」
「いえいえ、あなたを調べていたら偶然わかったんですよ。そして恐らくその刺客は今回の辻斬りと同一人物ですよ」
笑顔で告げてくるジャービスをランバートは気持ち悪そうに見る。何を考えてこんな事を言ってくるのかわからないのだ。
「あっ、誤解しないで下さいね。私は隊長と違って人に死ぬ死ぬ言う趣味はありませんから。この話をしたのはあなたに協力をするためですよ。もっと、言えば一緒に辻斬りを退治しようということです」
ちゃかしたような笑顔のジャービスの提案に、
「…お前の目的は何だ?」
ランバートがどすを利かせた声で問うと、
「辻斬りを野放しにできないからですよ。無鉄砲な隊長を…ジュディ様を守るためにね」
笑顔を消して真剣な目で答えるジャービスなのだった。
次回は 050 協力者 です。




