048 現場検証
「すみません、参謀官にも同行していだだいて」
「いえ、これも仕事ですから」
サミュエルはマーガレットに六番隊隊長レオポルドの事件を報告した後、現場にむかう事になったのだがランバートもそれに同行している。
ランバートとしてはあまり気が進まなかったのだが、マーガレットの手前、自分は行かないとは言えないかったらしい。
「しかし、レオポルドほどの者がやられるとは…。辻斬り犯は相当な腕前であることは確かですね」
「…ええ、そうですね」
深刻な顔で話しかけるサミュエルに対してランバートはどこか上の空だ。実はランバートは先ほどから、
(こいつも俺を殺せる…。しかもこいつ、一回俺とやりあってるから俺を殺せる可能性がちょっと高い。…なんか最近は距離感も近くないか?もしかして俺を油断させて…)
と変な思考におちいっているのだ。
そんなランバートに対してサミュエルはもちろん他意などない。
むしろランバートの実力を素直に認めて、自分の方が立場も身分も上なのだがランバートの方が年上なこともあり言葉遣いを改めて親交を深めたいと思っているのだ。
ソロ大好きおっさんだったランバートにはいまだにその心理がわからないらしく変に疑ってしまっているのだ。
レオポルドが殺された現場に到着したランバートは一瞬ビクッとした顔になる。
「あなたが担当していたんですね…」
参謀官モードのランバートには珍しく感情を出しているのは相手がランバートの苦手な者だからだろう。なにより、
(こいつも俺を殺せる…。サミュエルほどじゃないけど、俺を殺せる。なんかここには俺を殺せるやつばっかりいる…どういう組織なんだよ)
と自分が所属している執政警邏隊自体に文句を言い出している。そんなランバートの反応に気づかないのか、
「わたくしの五番隊とレオポルドの六番隊が合同でこの辺りで起こった辻斬り調査をしていたのですわ。そしてその調査中にレオポルドがやられてしまったということですわ」
五番隊隊長ブーティカは淡々と答えている。
「やられたのはレオポルドだけか?」
「はい。現場をご覧になりますか?こちらですわ」
ブーティカの案内にしたがってサミュエルとランバートは裏路地に入っていく。
その間にブーティカが簡単に状況を説明する。
「レオポルドが単独で行動していたのは30分程度ですわ。その間にあのレオポルドが応援も呼ぶ事も出来ずに殺されている。それだけでも相当の腕前だとわかりますわね」
ブーティカもサミュエルと同じような事を言っている。実際レオポルドの剣の腕は執政警邏隊内でもかなり評価されていて白竜会のガサ入れ時には踏み込むメンバーにも選ばれていたほどだ。
「このやられ方どう見ます?もし、まともにやり合ったらわたくしではこうはならないでしょう。ランバート参謀官ならできるかもしれませんけど」
ブーティカがレオポルドの傷口を見ながらランバートに話しかける。
「いや、これは私でも無理ですね。私がやったとしてもレオポルド隊長が相手ならもう少し抵抗された跡が残るでしょう」
ランバートが言うようにレオポルドの身体には心臓を貫かれた傷が一つあるだけだ。レオポルドほどの者なら急所を一突きされるなどなかなかあり得ない。よほどの実力差がなければ無理だろう。
さらに言えば『ランバートを殺せる10人』の中でもレオポルドは特に受けに優れた剣士だ。そのレオポルドを一方的に殺すのは至難の業だ。
「ランバート参謀官でも無理ですか…」
一度ランバートと本気でやり合ったサミュエルはその実力を知っているだけに息をのむ。
そして、少し考えるとその場にいる全員に向けて命令する。
「今後は常に2人、いや3人以上で行動するのだ。それから辻斬りに遭遇しても絶対に戦ってはダメだ。逃げる事と物音をたてる事に専念して仲間に知らせるのだ」
「敵に後ろを見せろというのですか?」
サミュエルの極端な命令に隊長を殺された6番隊の副隊長が不服そうに言うが、
「そうだ。死ぬのは勝手だと言いたいところだが、せめて役に立って死ぬんだな。無謀に戦って死んでも何も残らないが、騒げばまだ何かの役に立つ可能性がある。もっとも、お前がランバート参謀官以上の腕前を持っているというなら別だがな」
サミュエルに一蹴されて黙り込む。ランバートより強いはずがないのはさすがに自覚しているのだ。
「でしたらわたくしも考えなくてはいけませんわね…。5番隊隊員、ダンケル!」
ブーティカに名指しされたダンケルはビクッとする。以前の辻斬り事件の時には囮にされた経験があるので今回も囮にされるのかと怯えていると、
「あなたはしばらくわたくしとともに行動しなさい」
「へっ?」
「聞こえなかったの?単独行動は危険なので複数人で行動するのよ。あなたはわたくしの班に入りなさい」
「へへーっ!仰る通りにいたします!」
今回は囮にされたらしゃれにならないと思っていたのであからさまホッとしている。
なんだかんだと言ってブーティカはダンケルを憎めないところがあるらしい。
ノロケ?話のようなやり取りをしているブーティカとダンケルを横目で見ながらランバートはサミュエルに宣言する。
「私は1人で行動します。その方が良いでしょう」
総隊長である自分の命令に逆らう形になるが、サミュエルは笑顔で答える。
「足手まといは要らないってことですか。確かにあなたでも味方を守りながら戦える相手ではないかもしれませんね」
と、その提案を受け入れている。
「想像に任せますよ」
ランバートはカッコつけたことを言っているが、なんのことはない。
実際はヤバい相手だった時には全力で逃げるつもりなのだ。そのためには他の者がいたら都合が悪いだけだ。
(さすがに見捨てて逃げるのは後味が悪いからな。誰もいない方がいいだろう。だいたい俺を殺せるヤツらが周りにいたら落ち着かない…)
殺せるも何も執政警邏隊は普通に味方なのだが、ランバートの心の中では『自分を殺せる者が10人もいるヤバい組織』(1人欠員が出て9人になったが)になってしまっているのだった。
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