044 革袋
「くそー、代官派の連中はどうやってシュテファンを奪還したのだ。それに例の参謀官の隠密もいまだに捕らえる事ができていないのだろう?!いったいなにがどうなっているんだ!」
反乱分子の首領であるディアスが不機嫌な声で領主の館の一室でわめき散らしている。
(これでは計画がめちゃくちゃだ!マーガレットの領地で組織的な反乱を起こさなくてはいけないのに、このままでは小規模な抵抗運動にすぎなくなってしまう。いや、それですらないただの犯罪集団として処理されてしまうかも…)
実はディアスは帝国に対する反乱が本気で成立するとは思っていない。帝国がその気になれば例え万単位の軍を擁したとしてもまず間違いなく鎮圧される。それほど帝国の力が強大だという事を理解している男なのだ。
では、そのディアスがなぜこのセンビースで反乱を起こそうとしているのか。
重要なのは『マーガレット執政官の領地で反乱が起こった』という事実だ。飛び地とはいえ自分の領地で反乱が起こればマーガレットが中央政界で政治的に不利になるのは否めないだろう。それこそが雇い主にディアスが命じられた任務の目的なのだ。
もっともそれを知っているのはディアス直属の幹部だけで、ほとんどの者は本気で反乱に参加している。どんなに善政をしいていたとしても何かしら不平不満を持つ者はいるものだ。
センビースの場合は代官シュテファンが厳格だったので、そのことに息苦しさを感じていた者が少なからずいた。少しの不正すら許さず正論で追及するその姿に嫌気がさす者がいたのだ。
ディアスはそれらをうまく扇動して、代官を捕えてそれにとって代わるなどこれまで順調だったのが、あの参謀官が視察に来てから一気に旗色が悪くなっている。
参謀官本人はうまく買収できたものの、別行動していた隠密を始末するために暗殺を得意とする密偵部隊を派遣したのだが返り討ちにあっている状況だ。
信じらない事だが60名いた密偵部隊の半数がたった一人の男に殺されてしまっている。残った者たちでまだ動ける者たちが警備担当の兵を借りて探しているがその行方はつかめないのだ。
「たった、一人にいいようにされて情けない奴らだ!」
吐き捨てるように言うディアスに、部下が遠慮がちに報告してくる。
「代官派のアジトに向かった連中も苦戦しているようです。あの執政警邏隊のミラリオが指揮をとっているようで、攻めあぐねています。増援を求めてきていますが…」
50名の代官派はシュテファンを奪還すると、官舎に立てこもって反抗の姿勢を見せているのでそちらにも兵を派遣しているが、かんばくないらしい。
「どこにそんな人員がいる!すでに100名以上むかわせているではないか。なんとかさせろ!」
シュテファンの監視につけていた者たちもやられているし、隠密捜索と代官派対策、それ以外の場所にも少数ながら領地内に兵を配置しているので、この領主の館に残っている者もすでに70名足らずになっているはずだ。
(こうなれば私が自ら行くか?まずは代官シュテファンを取り戻すのが先決だな。参謀官ならともかくあのミラリオとかいう小娘もまあまあやるようだが私の敵ではない…)
ここまで考えた時、ディアスは重要な事を見落としていることに気付いた。
「待て。今、代官派の指揮を執っているのはミラリオだと言ったな?ではあの参謀官はどうしているのだ!」
その答えを側近の者が口にしようとその時、
「ここまですね!観念して頂きましょう!」(ジャラ!)
そこに現れたのはランバートだ。あまりのタイミングの良さに思わずこれは幻かと思うディアスだが、見覚えのある革袋が腰にぶら下がっているのであれが参謀官本人だと確信する。
「なに?!どうやってここに来たのだ」
「簡単な事ですよ。邪魔するものは全て倒しました。こうやってね!」(ジャラジャラ)
ランバートの隙をつくように背後から斬りかかってきた男の剣を難なくかわし、その胸を真っすぐに突き刺している。
まるで男の方から刺されに来ている様にも見えるがもちろんそんなわけはない。ランバートの動きが玄妙すぎてそう見えているだけだ。ただ、さすがに戦闘中なので金貨の音がしないようには配慮ができていないが。
「外にも兵がいたはずだぞ!?」
「いましたね。もう存在しませんが」(ジャラ!)
そう笑うランバートはもう本性を隠す気がないらしい。口調こそ丁寧だが、発言内容に素がでている。そんなランバートに対して、
「えーい、やってしまえ!こうなれば参謀官とて容赦するな!殺してしまえ!口を封じてしまえば後腐れもないわ!」
悪の親玉のラストシーンのようなディアスのセリフが、ランバートの変なスイッチを刺激する。
「ふっ、あなた方に私を倒せますかね」(ジャラ!)
ランバートは参謀官モードでカッコつけたセリフを言っているが、余計な音もついてきているのでいまいち締まらない。
殺到してくるディアスの部下たちを一刀のもとに斬り捨てているが、わざとしているのかというくらい一人倒すごとに(ジャラ)と革袋から金貨の音が鳴っている。
「お前たち、あんなジャラジャラしてるやつにやられて悔しくないのか!」
いいようにやられている部下たちの姿に腹が立ちすぎてディアスの叱責の仕方もおかしくなっている。
部下たちは果敢にかかっていくが、ついに立っているのはランバートとディアスだけになってしまう。
「こうなれば、俺自身で貴様を殺してやる!」
ディアスの攻撃はなかなか鋭く、ランバートも一撃では倒せずに何回か刃を交える。
「ほう、あなたはなかなかやりますね」(ジャラ、ジャラ)
「ジャラジャラさせるなあ~!」
ディアスは怒りで限界を超える動きを見せたが、結局ランバートに負けた。
限界は超えてもランバートとの実力差を埋める事は出来なかったのだった。
*
ランバートがディアスを倒した頃には、代官派を襲撃していた反乱分子もほとんど壊滅していた。
ミラリオが代官派をうまく指揮して倍近い反乱分子を撃退していたのだ。ランバートが一人でやりすぎるせいで目立たないが、ミラリオも執政警邏隊の隊長を任せられているほどの優秀な者なのだ。
「それでこの男はどうなるんだ?」
ランバートが領主の館にやってきたミラリオにディアスの処遇をきいている。
ランバートは相手の生死を問わずに好きに戦っていたのだが、首謀者であるディアスはちゃんと生きたまま捕えている。そうは言ってもまだ気絶したままだが。
「まあ、取り調べの後は死刑でしょう。反逆罪は特級犯罪ですからね」
「そうか…」
「まさか、『それ』返さなくていいと思ってませんか?」
ランバートの腰についた革袋を睨みつけているミラリオに、
「お嬢ちゃん、知ってるか?どんなに金があってもあの世には持っていけないんだぜ?」
がめつい金持ちの老人を諭すような事を言うランバート。
(なんか使いどころが違う気がする…)そう思いながらもこの人にはこれ以上言っても無駄だと思うミラリオなのだった。
次回は 登場人物5・6章です。 その次から 第7章 狙われた参謀官 が始まります。
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