042 新手
ミラリオが扉の外にいた男に曲者の死体を引き渡すと、すぐに騒ぎになった。当たり前だ。
とりあえずミラリオはランバートに言われたように、ただ不審者を成敗したと冷静に伝えるだけにとどめていたが当然代官代理側はそれを真に受けてはいない。
代官代行のディアスは反乱分子の主だった者を緊急招集をする。
「監視の者が殺されたそうだな」
「はい、ミラリオが殺害したそうです。部屋に姿を消して潜んでいた者がいたから始末したと言っていました」
ディアスの言葉に密偵を取りまとめている男が答える。
「我らの企みにはすでに気付いたのか?」
「わかりません。しかし、気付くにしては早すぎませんか?」
「確かにな。代官がいない事にある程度は疑いを持ってはいただろうが、その原因まではまだ知らないはずだ」
すでに代官派のシャロがランバートたちに接触している事を知らないので、そういった判断になるのだろう。
ディアスがそこまで言った時に、警備担当の男が口を挟む。
「下手に監視を部屋に潜ませていたのが裏目に出たな」
「それはどういう意味だ!?」
皮肉な言い方に密偵担当の男が気色ばむ。
「言葉の通りだ。通常の警備だけにしておけばよかったのだ」
警備担当のこの男は自分たちを差し置いて密偵がランバートたちを探ろうとしていた事を面白くおもっていなかったのだろう。言葉に棘がある。
「貴様!」
「怒るなよ。実際に疑いをもたれる結果になったではないか」
「ぐっ…」
二人のやり取りを見ていた別の男がとりなすように、
「監視の者は透明マントを使っていたのだろう?しかも一番技量の高い者で。それを仕留める腕があるとわかっただけでも収穫だろう。やはり油断のできる相手ではないということだ」
と言うとディアスも、
「そうだな。執政警邏隊の三番隊隊長ということだし、あの参謀官も噂では相当の腕前らしいからな」
それを認めている。
「代官派の連中はいっそこの屋敷からしめ出した方がよいのではないですか」
警備担当の男がディアスに言うと、
「そうしてやりたいのは山々だが、あのミラリオはここに何度も来ているので見知った顔が一人もいないのは不自然だろう。だからあえて密接な接触をさせないようにして残したのではないか」
「まあ、その辺は我らがしっかりと監視しておれば下手な事は言えまい。そのために代官を生かしているのだからな」
密偵担当が挽回するように皆を見渡す。
「では、このまま視察をさせますか?」
「そうだな。やつらが核心に気付いていないならその方がよいだろう。まだ我らは事を起こすには準備が十分ではないのだからな。参謀官には私の方から少し探りをいれてみよう」
代官代行にして反乱分子の長であるディアスはそう締めくくるのだった。
*
「とまあ、反乱分子側はそんな話をしていると思います」
ランバートは「向こうからはまだ仕掛けてこないはずです」とその理由を解説しているが、なかなか的を得ていて実際の内容とそれほど差異はないものだった。
ただわざわざミラリオから報告させたのにランバートが相当の腕前とバレているのが違うくらいだ。本人は『真面目で冷静な参謀官』を演じているという認識だが、世間ではすっかり『なんかやべー参謀官』と思われている。
「こちらで動けるのが私とミラリオ隊長、そして50名の者たち。その中にミラリオ隊長レベルの者はいないんですよね?」
「そんな、とてもではありませんが執政警邏隊の隊長レベルの者なんていませんよ。私でも仲間の中では強いくらいです」
シャロの言葉に(要は普通の兵士しかいないってことか)とランバートは判断する。シャロも執政警邏隊の平隊員くらいの実力はありそうだが、それくらいでは頼りにはできない。
「もう一人くらい私がいれば打てる手も増えるのですが…」
ランバートが誰に言うでもなくつぶやいているのだが、
「そんな無茶な。ただでさえ援軍なんて望めないのにランバートさんと同レベルなんてそう簡単にいるはずないじゃないですか」
ミラリオは真面目に答えている。
(それはわかってるんだけどなあ…。こいつは真面目だねえ…)
ランバートはミラリオのこういう所が苦手だと思いながら、ふとつぶやく。
「私と同レベル…」
その時に口の端が上がっているを見て(…またランバートさんが何か悪い事を考えついている)と思うミラリオなのだった。
*
ランバートは代官代行のディアスから呼ばれて一人で代官室に来ていた。
現状について話したいとの事だったので、なぜ外出できないのかと聞いてみると視察に来た高官を狙った不逞の輩がいるとの情報が入ったため不自由をおかけしていると言い訳してくる。
「しかし、これでは視察になりませんよ?」
「申し訳ございません。治安の維持ができていない事を心よりお詫びいたします。ですが外に出れないのはランバート様たちのお身を守るためですのでご容赦下さい」
この場にミラリオがいたら(ランバートさんが出歩けないってどんな治安ですか)と思うところだが今はいないのでスムーズに話がすすんでいる。
「その代わりといっては何ですが…」
そう言ってディアスが差し出す革袋に、ランバートは目を細める。
「ほう?これは…」
「ほんの迷惑料と言ったところで…。どうかこれで今回の事はランバート様のお力で穏便にすましていただけないかと」
媚びるような感じで押し付けてくる革袋を受け取ったランバートはその重みに満足したように笑みをこぼすと、
「代官代行…」
「はい?」
「お主も悪よのう…」
「いえいえ、参謀官様ほどでは…」
くっくっく、と二人は顔を見合わせて笑い合う。その姿は完全に悪役のそれである。
やがてランバートはあさっての方をむくと、
「これは独り言なのですが…」
そうことわってから話しつづける。
「実は私とミラリオ隊長とは別行動でここを調査をさせている者がいるのです。たぶん、今ごろはこの館の周辺をうろついているんしゃないですかね~。しかも性格的に融通が利かないタイプなので治安が悪いと言っても調べ続けそうでして、困ったものです」
「参謀官様からその者に調査をやめるように命令できないのですか?」
「ええ、困ったことに融通が利かない者なのでこちらの話を聞かないでしょう」
革袋を見ながら言うランバートは暗に買収できる者ではないと伝えているのだろう。
「その方は行方知れずになっても…?」
「隠密の者ですからさして不自然な事にはならないでしょうね。隠密の行方不明はよくあることです」
「わかりました。では、こちらで対処しておきましょう」
「たぶんこの屋敷の様子をうかがっていますから周辺をしらみつぶしに探せばみつかるでしょうが、くれぐれも気を付けてくださいよ、強いですから」
ランバートはディアスたちを気遣うように念押しをするのだった。
*
ウォーベックは油断していた。というよりはまさかこんなところで自分を襲ってくる者がいるとは思っていなかったので、ナイフが飛んでくるまで気付かなかった。
しかし、さすがにそこは達人なので自分を狙ってきたナイフをあっさりとかわして、
「何者だ?」
とナイフが飛んできた方角を探るとすでに自分が包囲されつつあるのを知った。相手はどうも金品狙いのゴロツキ等ではなく、この土地の兵士たちのように見える。
「私は不審な者ではないぞ。帝都のある高貴な方の密命を帯びてここに来ているのだ」
相手が答えないのでさらに呼びかけるが返事はない。
ウォーベックとしてはランバートの事を調査したいだけなのでこの土地の者とは余計な揉め事はおこしたくないのだが、今のセリフで襲撃者たちは『帝都のある高貴な方』の事をランバートの事だとすっかり思い込んでいる。
「あいつで間違いないようだな。やれ」
反乱分子の密偵担当の男が静かに命令を下すとその部下たちは一斉にウォーベックに襲い掛かっていく。
かなりの腕前ときいているので出し惜しみなしで自分の部下を全て動員している。そのためすぐに片が付くだろうと思っていたが、
「ええい、何をするか!」
ウォーベックがその剛刀で迫ってくる男を一刀のもとに切り捨て、その後も次々と倒していく姿を見て(化け物か!?こんなやつがなぜセコイ隠密などをしているのだ)と驚愕するのだった。
次は 043 救出 です。