039 領地
道の側に置かれた古ぼけた石碑を見て、ミラリオが嬉しそうにランバートに言った。
「センビースまであと一時間程度です。あーあ、これでようやくまともなベッドで眠れますね」
センビースはこの旅の目的地、マーガレットの領地だ。このお嬢様にとってはこれまでの官舎のベッドでは物足りなかったらしい。
今回のように従者も連れずに旅をする(むしろ自分がランバートの従者の様な立場)のは初めてだったが、マーガレットに「これも執政警邏隊の隊長として必要な経験だと思いなさい」と諭されていたので頑張ってはいたが根は大貴族の娘なのだ。ベッドで眠れるだけまともという生活はしたことがない。
「それにしても本当に何もしなくて良かったんですか?」
ミラリオはランバートが見つけた追跡者の事を言っている。
「ああ。こっちから仕掛けても逃げられるだけだろうよ。ワルキューレちゃんの嗅覚なら追えないこともないだろうが、あのレベルの相手なら藪蛇になりかねないからな。それなら向こうからくるのを待ち構えていた方がいいだろう」
「そんなものですかね」
ランバートはそれらしいことを言っているが(どうせ面倒くさがっているだけなんでしょうね)とミラリオはその本質を見抜いている。そんな風に思われていると知らないランバートは、
「ところで姫さんの領地はどんなヤツが治めているんだ」
目的地を目前にして今頃こんな事をきいている。
「代官をしているのはシュテファンというご老人です。姫様の教育係をされていた方です」
代官ってきくとなぜか悪のイメージがあるなあ。とランバートは余計な事を考えている。
「かなりのご高齢ですがしっかりした厳格な方ですよ。教育係をされていたので姫様に対しても遠慮なくものを言われますから姫様は少し苦手なようですが、私は好きですよ。たぶん、私の方もシュテファンから気に入られていると思います」
「わかる気がするよ」
頑固な爺さんってのはこういう礼儀正しいクソ真面目な女に弱いもんだからな。あの姫さんは『氷の』って言われている割には実は結構適当なところがあるから頑固爺さんを苦手にしているんだろう。
「しかし、代官相手に呼び捨てなんだな」
「貴族としての格は私のほうが上ですからね。でも、私はちゃんと礼儀正しく接してますよ。ランバートさんも姫様の名代として恥ずかしくない様にしてくださいよ?」
「心配しなくてもお嬢ちゃん以外にはいつも慇懃な参謀官として行動してるだろ」
「私と姫様以外ですよね?」
「それで十分だろ?」
何が悪いのかとランバートは堂々と言い返すのだった。
*
「ようこそセンビーズへ。そろそろお越しになる頃だと思いましてお待ちしていました。わたくしはこの町を預からせて頂いているディアスと申します」
二人を待ち構えていたようにセンビーズの門で大勢の部下とともに出迎えてきた男を前にして、
(きいていたのと違わねーか?)
ランバートはミラリオの方を見る。
名前が違うし、年齢も爺さんどころかどう見ても40代くらいにしか見えない。
「代官はシュテファンではないのか?」
ミラリオが少し戸惑いながら、きくと
「実はシュテファン様は体調を崩されて今は静養中なのです。それでわたくしが代官を代行しております」
「そんな話は聞いてないぞ」
マーガレットの領地の代官を勝手に代行するなど許される事ではないのでミラリオは詰問口調になっているが、ディアスは深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。何分急な事だったのものですから。正式な届出を出すのが遅くなっているのです」
まだ何か言いたげなミラリオを制してランバートがたずねる。
「しかし、よく我々がマーガレット様の使節だとわかりましたね」
「連絡は受けていましたからね。それにお二人はかなり目立つのですぐに分かりましたよ」
ミラリオは(ランバートさんのせいですよ)という目で見てくるが、ランバートは無視する。
「それでは案内していただきましょう。よろしくお願いします」
目下の者に対しても不必要なくらい丁寧な言葉遣いをするのは参謀官モードのランバートの癖なのだが、
「何もないところですが精一杯歓待させて頂きます」
ディアスはそれに対して特に反応しないで二人を領主の館(マーガレットの私邸)に案内するのだった。
*
領主の館で貴賓室に案内されて二人きりになったところでミラリオがランバートに質問する。
「どうして止めたんですか?はっきりとさせておいた方が良かったと思いますが」
「あの場で揉めてもどうしようもないだろう。どうせのらりくらりとごまかされるだけだよ。…ところで、本当にあいつに見覚えはないのか?」
「そうですね。この辺りでも騎士ならたいてい見知っていますが、文官では顔も知らない人も結構いますからね。剣もお飾りの物ようのでしたしずっと事務方だったんじゃないですか?」
「だとしたらおかしいな。たぶん、あいつお嬢ちゃんより強いぜ?」
「え?」
ランバートは相手の強さを見極める事に関しては絶対の自信を持っている。
「あんなバカ強い事務方がいるかよ」
吐き捨てるように言うランバート。
「…謙虚な性格とか?」
「いざって時にどのくらい当てになるかを隠すような奴にロクな奴はいねえよ。強さを隠す奴は何かを企んでいる悪者って相場がきまってるんだよ」
妙につっかかってくるランバートにミラリオは眉をひそめる。
「うーん、でも世の中には『めちゃくちゃ実力あるのになぜか能力不足と認定されて不要な者として追放される善人』がわりといるって私が呼んだ本には書いてありましたよ」
「どんな本を読んでるんだよ」
「若者向けの奴です。ランバートさんだって読んだら…あっなんでもないです」
そういえばこの方は結構なおじさんだったなあとナチュラルに失礼な反応をしている。
「だいたい、ランバートさんだって初めは強いの隠したりした事ないんですか?」
「俺は帝都に初めて来た時はギルドでめちゃくちゃ強いってアピールしたわ!自分から!それこそ炎魔竜を一人で倒したって言ったのに全然信じてもらえなかったんだから!」
アピールしたのに信じてもらえなかった、その時の恨みがあるからランバートは実力を隠しているヤツを悪く言うのかもしれないが、ただの逆恨みだ。
「炎魔竜、単独で倒したんですか…?!さすがにそれは、いや…この人ならあり得るのかな…」
「何をブツブツ言ってるんだよ」
「いえ…ランバートさん、苦労したんですねえ…」
「うるさいわ!」
ランバートとミラリオの話はどんどん脱線していき、今考えるべき事がそっちのけになっていくのだった
次回は 040 代官代行 です。 ブックマークとかして頂けると作者は喜びます。はい。