037 視察
ある日、ランバートはマーガレットに執政官室に呼び出されていた。
正直なところ身に覚えはいくらでもあるし、執政官がその直属の組織である執政警邏隊の参謀官を呼び出すのは別に普通の事なのだが(なんか嫌な感じがするんだよなあ)とランバートは足取りが重い。
だが、ランバートの予感が外れたのかマーガレットの口調は思いのほか明るいものだ。
「ペットを飼いはじめたそうだな?貴様にそんな趣味があるとは思わなかった。今度ここに連れてきてくるといい。私も見てみたい」
「やめといた方がいいと思うがな。たぶん姫さんは腰を抜かすだろうよ」
ため息交じりのランバートの言葉にマーガレットはニヤリと笑う。
「レッドウルフなのだろう?魔獣とはいえ何度か見た事はあるから大丈夫だ。ちょっと大きな犬みたいなものではないか」
(簡単に言うがワルキューレちゃんを見たら腰を抜かすだろうな。この姫さん)とランバートは思うがそれ以上は反論しない。
魔物使いの事件を解決した後、保護した魔物たちは軍が引き取ったり、害のないものは野に帰したのだがワルキューレちゃんだけはランバートの元から絶対に離れなかったので仕方なくランバートが飼うことなったのだ。
そうはいってもランバートの部屋で飼うにはデカすぎるので執政警邏隊の厩舎におかせてもらっているので、マーガレットの耳にも入ったらしい。
しかしペットを飼うというこの男にあまりにも似つかわしくない事柄をからかっているのだ。
「それを言うために呼び出したのか?」
もう帰っていいか?というような顔をするランバートに、
「もちろん、本題は別にある。実は私の領地が帝都から少し離れた場所にあるのだが、そこに視察に行って欲しいのだ」
「視察ねえ…。なにか厄介ごとがそこで起こっているのか?」
「いや、領地には何も問題はないが、しばらく訪れていないからな。私の名代として執政警邏隊の参謀官を視察に遣わせるということだな」
確かにランバートは一応執政官直属の高官という立場なので名代として視察してもおかしくないのだが、妙に引っかかる。
そんなランバートの気持ちが表に出ていたのだろう。マーガレットは声を少しひそめて続ける。
「というのは建前で最近貴様の事を嗅ぎまわっている者たちがいるのだ。覚えはないのか?」
「ああ、そういえば最近ウロチョロしてる連中がいたな…」
「気づいていたのか?」
呆れたような声を上げるマーガレットに、ランバートはあっさりと答える。
「ああ。まあ、どこの誰かは知らないのだがな。でも、かなりできる連中ではあるな。あれだけ尾行ができれば合格点をもらえるだろうよ」
ランバートは尾行されていることにしっかり気づいていたが、この面倒くさがりな男は相手の素性を知ろうともしていなかったのだ。
「神経が太いというか、鈍感というか…。素性はこちらで調べてある。黒鬼会の手の者らしいぞ」
「げっ、マジかよ」
黒鬼会と聞いてランバートも思わずうめき声を上げる。
黒鬼会はランバートにマーガレット暗殺依頼をした組織だ。結局暗殺をしないで金貨50枚という大金を持ち逃げした相手である。
「そんなわけでお前にしばらく帝都から離れてもらおうと思ってな。私としてもお前の素性がバレるのは好ましくないからな」
「帝都から離れても連中が追ってこないとは限らないだろ?」
「そうかもしれんが、人数は絞られるだろう。なんなら旅先で始末してもらってもいい。その方が面倒がないかもしれんな」
「どんなヤツが尾行してくるかもわからないのに簡単に言ってくれるよ、まったく」
ランバートのボヤキに、
「安心しろ。貴様くらいにしか言わん。ちゃんとできるヤツにしかな」
マーガレットは意味ありげに人差し指を向けてくる。
その人差し指を睨むように見るランバートに、
「もちろん私とて貴様だけに任せる気はない。帝都でやつらを牽制するつもりだ。どっちにしても私とは因縁がある組織だからな」
自分の暗殺を企てた事を言っているのだろう。その言葉にランバートは思い出したように、
「しかし、俺が姫さんの側を離れたら、やつらはまた暗殺者を送り込んでくるかもしれないぜ?」
「なんだ?私の身を心配しているのか?」
こういう時に少しでも嬉しそうに言えば可愛げがあるのだろうが、あいにくこの氷の執政官にはそんな愛嬌はない。完全に真顔できいてくる。
「別にそう言うわけじゃねえが、さすがに目覚めが悪いからな」
こちらも追従の言えないランバートらしい物言いで、どうにもフラグが立ちそうにない二人である。
「貴様に以前指摘された警備の穴は改善しているから大丈夫だろう。忠告通り私も用心を怠らないようにしよう」
とはいえ自分の身を案じてくれている事に対してマーガレットはそれなりに感謝してるよだ。
「わかったよ。だけど視察だからって大名行列みたいなので出かけるのは嫌だぜ。足手まといが大勢いたら守り切れねえよ」
一見、他の隊員の事を安全を考慮したまともな事を言っているように見えるランバートだがそんなわけはない事をマーガレットはよく知っている。
「大名行列はやめてやろう。しかし、貴様を単独で行かせるとロクな事をしそうにないからな。ミラリオを貴様の副官として付けよう。それほど足手まといにはならんだろうし、一人なら守り切れるだろう?」
これを機に羽を伸ばそうとしているランバートのを考えを読み取って先手を打つ。
「…マジかよ」
あからさまに嫌そうな顔をするランバート。だいぶ慣れてはきたがあの世間知らずで真面目一辺倒なお嬢様はランバートとって扱いにくい相手なのだ。あんなのが居たら旅先で羽を伸ばすどころではない。せっかくの視察が台無しだ。
「ブーティカの方が良かったか?だか、あれは人妻だからな。さすがに男と二人旅をさせるわけにもいかんだろう。そうだ、確かギルドの受付嬢とも仲が良かったな。私からギルドに話つけてあの者を…」
「ミラリオの嬢ちゃんでいいよ!」
これ以上状況が悪くなる前にやけくそ気味にランバートは叫ぶのだった。
6章 出張 始まりました。次回は 038 旅路 です。