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036 魔物使い

 新たにランバートを包囲してくる者たちはバリトンを含めて全部で5人だ。


 一見すると全員素手で武器を所持している様には見えないが、何かを隠しているのは間違いないだろう。


 (こりゃあ簡単じゃねえなあ…。俺が最初に気づかなかったって事は気配の消し方だけならさっきの連中以上だ)


 ランバートは冒険者たち以上のやりにくさを感じている。


 おそらく単純な戦闘能力だけで考えれば先ほどの連中の方が格上だろうが、今、相対している者たちにはランバートの強みの一つである戦力分析があまり働かないのだ。

 

 元々ランバートの戦力分析はそれまでの戦闘経験から成り立っているものなのでアホみたいに最強を目指していた頃に戦っていた『戦い』を専門とする者たちに対してはかなりの精度を誇るが、今回のように『捕獲』を専門とする者には通じないらしい。


 要するに捕獲術を専門とする者たちとは戦った経験があまりないので、よくわからないのだ。これが真の天才なら戦った事のないもの相手でも瞬時にわかるのだろうが、無いものねだりをしても仕方ない。


 「捕獲するなら姿を相手の前に現さない方が良かったんじゃないのか?」


 とりあえず情報を集めるランバートだ。捕獲に関しては素人だが、狩人などは気配を消して獲物を狙っているイメージがあるので、イメージとのギャップを埋めるためだ。


 素直に答えてくれなくてもその表情で読み取ろうと思っていたが、バリトンはあっさり答えてくれる。


 「もちろんその方が有利ですが、それは最悪、相手を殺してしまっていい場合ですね。確実に生かしてとらえたいときは姿を現した方が不測の事態が起こらなくなったりするのですよ」


 (まあ、実際あの女も目の前にいようが、どうだろうがお構いなしに捕まえてくるからな~。気配を消すのは意外と捕獲には関係ないのかもしれないな)


「相手にこちらの存在をあえて知らせる事でその動きをコントロールする事もできるのです」


 さらに親切にバリトンは自分たちの行動の意図を教えている。もっとも、その言葉自体も罠かもしれないがランバートは、


 (確かにな。俺もあの女の姿を見ると思わず身構えるからな。あれもあの女の術中の一つなのかもしれないな)


 勉強になるなあ、と感心してる。


 実際、ランバートは彼らが姿を見せて捕獲チームだと名乗ってから引き気味になっている自分を感じていた。どうも捕獲というものに苦手意識を持ち始めている。


 とりあえず一歩踏み出してみるが、包囲が少し広がるだけだ。


(うまく距離をとってるな。俺が進めば引いて、引けば前進してくる。捕える気があるかってくらい距離を空けているが、一定以上は離れないようにしている)


 普段のランバートならしびれを切らして、強引に力押しで事態を打開しようとするところだろうが慎重だ。今は捕獲術に対しての分析を優先していて、先ほどの冒険者の一団を倒した時の思い切りの良さがない。


 (俺は最強じゃない。それほどの器じゃない。それは知っているはずだ)


 ここ最近の戦い(受付嬢ラナは例外)がうまくいき過ぎていたから勘違いしかけていたが、本来は最強にはなれない、次点の者であるとランバートは自省する。


 (俺は弱い、弱いんだ。だから慎重になっていても問題はない。むしろそうするべきだ。だって弱いんだから)


 自分自身に言い聞かせていく。


 (いっそ、逃げるか)


 捕獲術から逃れるすべを手に入れるためならここは逃げてもいいかもしれない。


 本来は絶対に負けるはずのない相手に逃げる選択をするのは意味がわからないが、ランバートが逃げる素振りをするとバリトンたちの動きが変わる。


 その動きを目ざとく見たランバートは、


 (『獲物』が襲い掛かってきたり、逃げたりする行動に対するマニュアルはあるって事だな。それなら…)


 剣を収めると何事もなかったかのように歩いていく。それこそ包囲されている事を忘れているようにバリトンたちを無視して進んでいく。


 その存在が視界に入っている者がとれるはずがない行動にバリトンたちは驚愕する。


 今の今まで認知していた者を存在しないように扱うなど普通は無理だ。無視をするふりなら誰でもできるが、ランバートはふりではなく本当に認知していないのだ。


 気配を察知するために感覚を研ぎ澄ます事があるが、その真逆な事をしている。


 実はこの(俺はあなたの存在に気づいていませんよ~。だから無用な戦いを仕掛けないで下さいよ~)はランバートが自分が敵わなないと思った世界最強クラスに出会った時に戦いのを避けるために身に着けたという技なのだ。


 相当情けない技だが、人間何が幸いするかわからないものである。


 奇妙な技を使ってすり抜けようとするランバートを逃がさないように、バリトンたちはまず自分たちの存在を認知させて主導権を取り戻そうとするが、その余計な行動をした時点で勝負はついていた。

 

 無視したままなんとなく相手がいた場所に攻撃していくという器用な事をするランバートによって全員が気絶させられるまでに5分とかからなかった。


(要は相手の行動をコントロールして、優位に立つのが『殺さない捕獲術』の要点と見たね。だから主導権をとれないように完全に無視されたら対処が間に合わないのだろう)


 ランバートは捕獲に対しての苦手意識が払しょくされていくのを感じたのだった。

 


                   

                     *


 

 結局、ランバートはバリトンたちを執政警邏隊本部に引き渡すことにした。軽い気持ちで引き受けた依頼だったが、思ったよりも大掛かりな組織のようなので自分の手に余ると思ったのだ。


 執政警邏隊に尋問されたバリトンは『大量の魔物を操って帝都で暴れさせたあとに、正義の魔物使い軍団がさっそうと現れて事態を収拾させる計画!』をあっさり吐いた。


 どうやらバリトンは司法取引したらしい。自分たちの罪を減じてくれるなら計画を全て話すと。


 さすにが無罪放免とはいかないが計画が実行前だったことと、かなりまぬけな計画だったことが幸いして内乱罪までは適用されなかったので罪は思ったよりも軽くなりそうだった。


 他の者たちはまだ計画を知らされていなかったこともあり、殺しなどの凶悪犯罪もしていなかったからさらに罪はかなり軽くなるようだ。


 バリトンの情報を元にサミュエルは十分な戦力をアジトに向かわせたがそこに残っていたのはワルキューレちゃんを含めた数百頭の魔物だけだ。


 結局、この計画を主導していた魔物使いの老婆は執政警邏隊が踏み込む前に身一つで逃げだしていたらしく行方知らずになっている。


 こうして『ペットの散歩』の依頼から始まった奇妙な事件はいくつかの禍根を残しながらも一応の幕を閉じたのだった。



                    

                         *




 数日後…。


 「まあ、知ってた」


 「え?何かおっしゃいましたか?」


 「いえ、こちらのことです。お気になさらないようにしてください」


 ランバートは自分の右腕にしっかりしがみついているラナを見ながらため息をつくのだった。

以上で5章はおわりです。次回から6章 『出張』 が始まります。エピソードタイトルは 037 巡察 です。なんか今さらですがエピソードタイトル考えるのが下手ですね。特に今回。



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