032 ペットの散歩
『ペットの散歩』はランバートが帝都に来た頃に『どぶさらい』『草むしり』とともにギルドで紹介されそうになっていた仕事だ。
金は全くなかったが、なけなしのプライドがあったために断っていた仕事だが、まさかここで再び聞くことになるとは思わなかったのだ。
だが、わざわざここで話してくるという事はただの『ペットの散歩』ではないのだろう。
「それで、その『ペットの散歩』の依頼を受けた者が皆帰らぬ者になっているのですね?」
ランバートはいかにも切れ者っぽい感じで先回りして話す。しかし、ラナは首を横に振る。
「いえ、ちゃんと戻ってきて報酬を受け取っています」
「そっ、そうですか…」
(帰って来てるのかよ!なんか察しのいい感じで言ったのが恥ずかしいじゃないか!)
静かなリアクションをしているがかなり恥ずかしかったのかランバートの頬は赤くなっている。
「戻ってはきますが、その後は次の依頼を受けにギルドに来ないのです。『ペットの散歩』などのお使いクエストを受ける冒険者はお金に困っている者がほとんどです。それらの者が一度報酬を貰った後にそれ以来ギルドに来ないのは不自然です。この依頼も報酬自体もそれほど多いものではないですし、普通ならすぐに次の仕事の依頼を探しに来るはずです」
ラナがランバートが恥ずかしがっている事には気づかないで話を続けると、
「なるほど、それは確かに妙ですね」
ランバートも素知らぬ顔で納得している。
自分も一時は食い詰めていたランバートにはラナの言っている事がよくわかるのだ。『ペットの散歩』程度の依頼を受けざるえない冒険者ならそれこそ日を開けないで毎日のようにギルドの来るはずだろう。
「これが依頼自体を達成していなければギルドとしても調査のしようがあるのですが、依頼は達成していますからギルドとして動きにくいのです。ギルドの依頼外での事柄になりますからね」
『ペットの散歩』の依頼後のプライベートで冒険者が消息不明になっていても、本来ならギルドとしては感知しないし、できないのだ。
だが、実際に冒険者たちを派遣している受付嬢のラナとしては、冒険者たちが消えている事が気にかかるところなのだ。
執政警邏隊に入る前のランバートに冷たい態度をとっていたラナだが結構ちゃんと受付嬢をしているらしい。
「それで部外者である私に調査してほしいということなのですね?」
ランバートが確認すると、ラナは頷いている。
だが、ラナの言う事が本当なら別に自分に頼まなくても執政警邏隊でも他の治安組織でも正式なルートで依頼すれば一応動いてはくれそうな事案だとランバートは思う。
(なんでこれを俺に直接持ってきたかなあ…)
ランバートはラナの意図を探ろうとその顔を見るがどこか誇らしげだ。
ラナはランバートに対して余計な厄介ごとを持ち込んでいる立場なのだが、まるで「私、いい仕事するでしょう?」とでも言いたげな雰囲気を出しているのだ。
「どうですか?なかなか興味深い事件じゃないですかぁ?」
ランバートの観察を裏付けるように得意げに言うラナに、
「あの…興味深い事件とはどういう事でしょうか?私はどんな事件でも同様に扱っていますが…」
ランバートが冷静に指摘すると、ラナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「???ランバート様は難しい事件を解決するのが趣味なんですよね?ですからわざわざ難題を探しだして自分から首を突っ込んでいるときいたのですが…」
「だっ、誰からそのような事を!?」
(酷い誤解だ!そんな悪趣味なヤツがいるか!)とランバートは思わず心の中で叫ぶが、この世の中には割と結構いたりするのだ。悪趣味な奴が。
「誰って…、みんな言っていますよ。だって、意図的でなければこの短期間であれほど色んな事件に関わるはずがないですよね?」
ランバートが厄介ごとに巻き込まれているのは、自分から探して巻き込まれに行った結果で、そうでなければそんなに頻繁に厄介ごとに巻き込まれるわけがないはずだ、と言いたいらしい。
「あの…本当にたまたまですよ?」
念を押すように言うランバートに、
「ああっ!そうですよね!偶然ですよね!確かにそうです!わかりました!かんっぜんに偶然ですね!」
(なるほど、そういうスタンスで行くんですね!)とラナは目を輝かせている。
「いや、何か誤解があるのでは…」
「いえ、わかってますって!私、ちゃんとその方向でいきますから!それで実際の依頼内容なんですが…」
たんたんとデキる受付嬢として説明していくラナに、苦笑いを見せながらランバートは(完全に勘違いしてるよなあ…)と心中で盛大にため息を吐くのだった。
*
結局ランバートは『ペットの散歩』の依頼を受けることにした。もちろんこの面倒くさがりな男が難事件に興味があるわけはないのだがもはや断れる状況ではなかったからだ。
いや、何度かは断ろうとしたのだが、
「わかってますって!ランバート様は自分から事件には関わろうとしていません!私が無理やり押し付けているだけですから!」
と話にならなかったのだ。みなまで言わないでも私にはわかっていますよ、ということらしい。
「しかし、こんなものまで用意しているなんて初めから俺にやらせる気まんまんじゃないか」
さすがに執政警邏隊の白服で行くわけにもいかないので、ラナが用意していたこぎれいな冒険者風の装備に着替えている。
一応ペットの種類もきいていてレッドウルフという犬に近いタイプの魔物らしい。一応魔物に分類されるので使用人が怖がってあまり散歩に行きたがらないらしい。レッドウルフ程度なら駆け出し冒険者でも十分対応できるが一般人にはやはり恐ろしいものらしい。
「ここか…」
ランバートはラナに教えられた街外れの金持ちの邸宅に着くと、またため息をつくのだった。
次回は 033 値踏み です。ブックマーク、いいね!は作者が喜びます。