031 受付嬢ラナ
執政警邏隊参謀官ランバートはこのところ目立ちすぎていた。こう言うとまるで初めは目立っていなかったように聞こえるが、初めからまあまあ目立ってはいた。
なにしろ、素性もよく知れない者がいきなり執政警邏隊参謀官という白服の高官に任官しているのだから当然、注目はされていた。
その上で噂になるような事を日々積み重ねていた。もちろん本人にはその気はないのだが、どうもこの男にはそういうトラブルを引き寄せる何かがあるらしい。
まず、就任初日に執政警邏隊総隊長のサミュエルに完勝している。執政警邏隊最強にして帝国有数の剣士であるサミュエル相手にまるで子供をあしらうようにして勝ったと言われている。
次に、地域住民の反対で難航していた区画整理問題を解決して見せた。これによって単純な戦闘力だけではなく行政的な手腕も示したという。しかも、その区画整理を進めていた主君であるマーガレットにも一切忖度するような事はなく毅然とした意見を述べていたというのだ。
更に、『士官学校伝説の女傑』と呼ばれていたが所在が不明だった者を探し出し執政警邏隊の隊長に迎えるという人材発掘の才も見せた。
そして極めつけは五選会の一つである白龍会の家宅捜索に同行し、抵抗してきた白龍会会頭ロウランを討ち取っている。そのロウランはかつては依頼を受けたたら必ず成功する暗殺者と言われていた男だったらしい。
その他にもカジノで潜入捜査をしたり、不倫疑惑を解決したという、どうでもいいような噂まで流れている。
このように名声とも迷声とも言えないような話が広まることで、ランバートに関心を寄せる者も自然と増えてきていた。
もっとも、関心を寄せると言ってもランバートは仮にも執政警邏隊参謀官という身分なので一般人が興味本位で声をかけれるものではない。
もっぱら貴族連中などがその能力に目をつけて、懇意になろうと招待状などを送りつけているがランバートはマーガレットを通じて丁重に全てお断りしている。
政治的野心のないランバートにしてみれば、この手の招待状はただただ面倒くさいだけのものらしい。
もっとも、その招待状の主の中にウォーベックの名前があり『高名な貴殿とお会いしたい』と書いてあるものを見た時はさすがにドキリとしたものだ。
自分の正体に気付いたわけではないだろうが、ウォーベックに関心を持たれるのはあまりいい事に思えなかった。招待を受けるのはなおさらだ。どんなぼろが出るかわからない。
(とりあえず、今後も誰の招待も受けないようにしよう。一人でも会うと他も断りにくくなるからな)
そう決意していたが、一週間後、とある人物と二人きりで向き合う事になるとはランバートはこの時点ではまだ知らなかった。
*
「すみませぇん。わざわざお越しいただいてぇ」
ランバートは目の前の現実がまだ信じられなかった。
眼鏡をかけた少し化粧の濃い女性がテーブルを挟んで目の前にいるが、正直いつもの自然な化粧の方が美人だなとランバートは思う今はそんな事は言わない。
それどころではないと思ったのと、さすがに失礼だなと思うからだ。このある意味世間知らずな男にもそういう感性が一応あるらしい。
(しかし、何が起こったんだ?マジで反応できなかった。『魔神』かよ…)
ちなみに『魔神』とはかつて世界最強と言われた剣士が倒したと言われる伝説の怪物で、どんな相手でも捕まえる事ができる能力を持っているとされている。この世界では子供が悪さをすると「『魔神』が捕まえにくるよ!」と脅されるものだ。
この日のランバートはたまたまギルドの近くに用事があったのだが(あまりギルドには近づかないようにしている)、ラナの姿を見てビクッとして視線をそらした瞬間に気が付いたら右腕を捕まれていたのだ。そしてそのままギルドの奥のこの部屋まで引っ張られてきている。
以前もラナには捕まったことがあったのだが、あの時は平和ボケしていて不覚をとったと思っていたのだが最近は戦闘の機会も多く、特にロウランと戦った後は昔の勘をかなり取り戻していたはずだ。
それなのにあっけなく捕まっている。
(こいつ、本当になんなんだ?)
捕縛術の達人だとは聞いているが、それにしても規格外だ。まさに神業だと言っていい。
そもそも利き腕である右腕をつかまれるということは、剣士であるランバートにはかなり致命的なことなのだ。制圧されているに等しい。
思い悩んでいるランバートの気持ちも知らずに、
「どうぞ、お召し上がりになって。私が作ったんです」
ラナはそっとクッキーの入った皿を差し出してくる。
それに対して(さすがに毒ははいってないだろうな?)とランバートは少々考えすぎているが、それはないと考え直して改めてクッキーを見る。
見た目はなかなか美味しそうに見える。だが、この手のパターンは見た目は普通でも味はヤバい事がある。
(これはどっちなんだ?)
ニコニコとしているラナを見て、ランバートは油汗を流しながら(くっ、わからん!)と悩むが、思い切って口に入れる。
(これは…!?…普通だな。普通の味だ)
特にまずくもなく、かといって特別美味しいわけでもない。かなり、フツーなのだ。これは逆にリアクションに困るところだ。
ランバートがリアクションに困っていると、
「おいしくないですか?」
「いえ、美味しいですよ。でも、どこかで食べたことがあるような懐かしい味のような気もしますね」
そうなのだ。普通においしいのだが何度か食べた事のある味の様な気もする。
「それはそうかもしれませんね。これは『ラッキーメロン』のクッキーですからね」
「…さきほどラナさんが作ったと言われていたと思いましたが?」
ラナの口から最近はやりの菓子工房の名前がでたのでさすがにランバートもつっこんでいる。
「ええ、そうですわ。ラッキーメロンは私が経営していますから私が作った事に間違いないですわ」
そう言われると間違いではないのだろうが、どこか釈然としないものを感じるランバート。こういう時に自社製品を「私が作ったんです」と出すパターンはあまりないだろう。
『ラナさんは美人で頭もいいんですけど、全くモテないんです。なんででしょうか』とミラリオが言っていたのを思い出すランバートだが、こういうところだろうなと思う。
「これをごちそうしてくれるために私をここに連れて来たのですか?」
かなり変わった角度からのアプローチと判断してランバートはそんな事を言うが、ラナは慌てて手を振る。
「いえ、違います。これはただのお茶請けとしてお出ししただけです。実はランバート様に依頼した事があって、今回お呼び立てしたのです」
(あれを呼び立てというのか?!完全に拉致だろ…)そう思うランバートだが一応話はきくことにする。
「わざわざ私に頼まれるという事は民間では解決が難しいと言うことですか?」
「はい。いいえ、その依頼自体はありふれたものなんですけど…」
ランバートの問いにラナは口ごもるがランバートに手でどうぞと促されて話しはじめる。
「それが『ペットの散歩』なんですが…」
「『ペットの散歩』?!」
久しぶりにきいた依頼内容にランバートは思わず、驚きの声を上げている。
次回は 032 ペットの散歩 です。ブックマーク、いいね!ありがとうございます!