030 白龍会会頭 ロウラン②
「私はロウランの顔を知らないのですがどんな方なのですか?」
「そうだな。年のころは50歳くらいのがっしりとした体形をした髭面の男だ。鷹を思わせるような鋭い眼をしているから会えばすぐわかるだろう」
ランバートの質問にサミュエルが答えている。他の者は会ったことがあるのかその説明に納得しているようだ。
(50歳くらいか。一番面倒なところだな)
このくらいの年齢が体力的にもまだまだ動けて、なおかつ経験もつんでいるから思いもよらぬ攻撃を仕掛けてくることがある。
(やはりやり合いたくないな)
そう結論づけるランバートだが、その立場上、先頭のサミュエルに続く位置にいるのが悩みのタネだった。
*
白龍会本部に着いたサミュエルは無言のまま中に入っていく。
「これは、サミュエル様。いったい何があったのでしょうか?」
突然現れたサミュエルたちの物々しい様子に困惑している白龍会の受付をしているひょろっとした若手構成員に、
「御用改めだ。白龍会が第一級犯罪を犯している容疑がかかっている。通るぞ!」
有無を言わせないでサミュエルは構成員を押しのけていく。
「こ、困ります!」と遮ろうとするが「抵抗すれば切り捨てるぞ!」とサミュエルが一喝されて差し出しかけた手を引っ込めている。
(強引だな~。これがまかり通っているのかよ)
ランバートは改めて執政警邏隊のやり口に驚きながらも(これで暗殺の証拠がでなかったら、もしかして俺の責任になるのか?)と第一報を告げただけに、その強硬さが気になっている。
そんなランバートはすばやく知恵を巡らせる。
「サミュエル総隊長、私がこの場にとどまって殿を引き受けましょう」
「ここに残ると言うのか?ロウランを見つけた時はどうする?やつが抵抗してきたら貴殿か私くらいしか相手をできないぞ」
「その時は呼んでください。直ぐに駆け付けますよ。しかし、増援が来るまでは出入り口であるここを確保しておく事も重要ではないですか」
ランバートの言葉にサミュエルも一理あると思う。確かにこの出入口は今回の家宅捜索の要だと言っていいだろう。
「一人でやってくれるのか?」
「ええ。他の方はチームを組んで捜索した方がよいでしょう。私なら一人で大丈夫です」
うまい事を言っているが、下手に踏み込んで責任を負わされたくないだけなのだ。それと、
(ロウランとやらと何もしょっぱなにやり合うことはねえよなあ)
こんな事を考えているのだ。
「わかった。ではここはランバート殿にお任せしよう。後の者は私に続け!」
サミュエルの号令にランバートを除く全員が更に奥に進んでいくのを見届けてしばらくすると、
「あなた様は行かれないのですか?」
恐る恐るきいてくる構成員に、ランバートはにこやかに答える。
「はい。私はここで待機させてもらいます。安心してください。私は手荒なマネをする気はありません」
いかにも今回の強引なガサ入れには関わり合いがありませんよ、というような言い方をするランバートに、
「そうですか」
構成員もホッとしたように胸をなでおろす。
このやり取りには不審な点はない。ランバート自身もそう認識していた。
だが、次の瞬間ランバートの身体は自然に動いて構成員の短剣を受け止めていた。
構成員は信じられない者を見た顔になるが、ランバート自身も驚いていた。
(今のは危なかった。まるで殺気を感じないなんてあり得ないぞ。俺程度が今の一撃を受け止めれたのは完全にまぐれだ)
そう思っている様にランバート自身も意識して防いだわけではない。ただ、長年の経験からたまたま身体が動いただけで、いつも防げるものではないと理解している。それほど鋭い、恐ろしい攻撃だった。
(このレベルを100パーセント防げるなら俺は最強になるのを諦めてなかった)
そう思えるほどの素晴らしい不意打ちだったのだ。
防がれた構成員はわざとらしくため息をつく。
「参謀官ランバートは一筋縄ではいかない切れ者だと聞いていたが、まさにその通りだのう」
「お前は一体…」
「わしはロウラン。この『白龍会』の会頭だ。茶番はよせ。見破っていたからここに残っていたのはわかっておる」
そう言う構成員の顔は若者の顔から老人に変わっていく。顔が変わりながらもロウランは話を続ける。
「これでも誤認魔法には自信があったのだがな。しかも、この部屋にはその効果を増幅させて認識操作する魔法陣を特別に組み込んでいるのだ。今までどんな達人であっても騙せたのだがのう」
「確かに見事な魔法でしたが、わずかな揺らぎが見えたのですよ」.
したり顔で言うランバートだが、そんなわけはない。
(マジか~。このレベルの術者が魔法陣で増幅させていたらそりゃ気づかんよ。むしろこちとら気づいていたらこんなヤバい奴相手にここに残っていないって言うの!)
「こうなったら仕方あるまい。面倒だが少々あらっぽいやり方で切り抜けさせてもらおうかのう」
「そんな事をしたら罪が重くなりますよ」
ランバートは説得を試みるが、
「どのみち死罪だ。それに貴様ならわしの最後の相手にふさわしい」
そう言って笑うロウランを見て、
(これはやるしかないな。生かしてとらえるのは無理だ。こうなってくると一人で良かった。あの技を使う!)
ランバートも覚悟を決めるのだった。
*
結局、ランバートはロウランを殺した。タネを知られると威力が半減する技で殺したのだが、今回はそれはまだ秘密にしておく。
結果としてはあっけないようだったが、ロウランは年をとりすぎていた。すでに実年齢は90は超えていたようなのだ。
むしろその年齢でランバートが殺す以外の選択肢を持てなかった事が驚異的なのだ。
サミュエルたちが戻ってきた時にはロウランはすでに物言わぬ者になっていたが、残っていた白龍会の者たちを尋問することで今回の事件の全容が明らかになってきた。
ロウランは元々暗殺者として名をはせていたようだ。50年前に。
その後、裏稼業から足を洗って20年ほど後に白龍会を設立して五選会に選ばれるほどの強大な民間軍事組織に成長させたのだが、この数ヶ月前から腹心の部下たちの中から優秀な者たちを選んで暗殺者として活動させていたらしい。
それも目立たないように暗殺ではなく辻斬り等に見せかけるような暗殺をしていたらしい。それも元々ロウランがしていた暗殺の技術の一つらしいが。
今回のガサ入れでロウランが育てた暗殺者はその大半はとらえることができたが、何人かはとり逃がしている。ランバートが後を追ったダンケルを襲った暗殺者もその中に含まれている。
執政警邏隊と執政銃士隊がその捜索に当たっているが、まだ捕まっていない。
マーガレットはそこまではサミュエルから報告を受けていたが、今はランバートだけを執政官室に呼び出していた。
「しかし、なぜロウランはこんな事をしでかしたのだ。私からの依頼がなくなっていたとはいえ金に困っていたわけではないだろう。今さら暗殺などに手を染めなくともよかっただろう」
マーガレットにはわからない。裏稼業をしていたとはいえ、足を洗い、成功者と呼ばれるほどの組織を作っていたロウランがどうして再び暗殺にこだわったのか。
マーガレットの疑問にランバートは言葉を選びながら答える。
「はっきりとしたことは言えないが、もしかしたら衰えゆくまえに自分の技を若い者に伝承させたかったのかもな。そして自分の極めていた暗殺の技がまだどれほど通じるか試したかったのかもな。実際、あのじいさんの全盛期だったら死んでいたのは間違いなく俺だったよ」
技をそれ以上極めるのを諦めて、平穏な暮らしをしていても、いざ自分が衰えて来たらそれが惜しくなる。もっと技を極めたかったと思う気持ちはランバートは少しわかる気がした。最強になるのをあきらめたランバートだが、限りなく近づいたのでわかるものらしい。しかし、
「ふむ、伝説的になるほど強い戦士のこだわりは私にはわからないな」
マーガレットはそれを聞いてもピンとこないようだった。
「俺だってわからないさ。俺の師匠が自分の技を伝えきれなかったことを悔やんでいた事を思い出しただけだ」
ランバートは自分自身がそう思っているのを師匠に置き換える事でごまかしたのだった。
次回は 登場人物3・4章です。 その次から 第5章 ギルドの依頼 が始まります。
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