03 暗殺(破格の報酬)
殺しを依頼したとは思えないほど穏やかな顔でこちらを見ているウォーベックに対してランバートも柔らかく見返しながら返事をする。
「あんたがやればいいんじゃないのか?」
このおっさんは(相当強いはずだ)とランバートは見ている。ウォーベックほどの実力があればたいていの者は殺せるだろう。
「私にも立場というものがあるのでな。なかなか直接手を下すというわけにもいかんのだ。だからこうして人を探している。…報酬は金貨100枚。引き受けてくれるなら前金で50枚渡そう」
「金貨100!そりゃあなかなか豪気だな」
人の命の値段が昨今は上がってきているが、それでも金貨100枚は破格だろう。
金貨100枚と言えば普通の殺し相場の十倍だ。小規模の傭兵団なら3か月は丸ごと雇える。
「それだけ出すなら相当厄介なやつなのか?」
「これ以上話すのは依頼を引き受けてくれると決まってからになる。どうする、引き受けてくれるのか?」
当然のことだろう。ターゲットを明かす以上、依頼をうけるのは最低条件だ。
「いいだろう。ペットの散歩よりはやりがいがありそうだ」
ランバートがさらりと言うのでウォーベックは少し探るような顔でためらっていたが話を続けた。
「…ターゲット自身はそれほど強くない。問題は少々仕留めにくい立場にあると言うことだ」
「警護が厳重なのか?」
「レイ家の第三王女、マーガレット。聞いたことがあるな?」
ウォーベックはランバートの「厳重なのか?」の質問に直接答えずにターゲットの身分を明かす。
ウォーベックの名前は知らなかったランバートだが、このレイ家の第三王女の名前は知っている。むしろこの国にいてマーガレットの名前を知らない者はいないだろう。
「ああ、『氷の』。王族殺しか…。そりゃ100枚じゃ安いぜ」
思わぬビッグネームが出てきたことでこれは更に値を釣り上げる事ができるとふんでランバートがふっかけるが、
「成功したらもう100枚上乗せしてもよい。こちらは金を惜しむつもりはないのだ」
ウォーベックはあっさりと報酬を引き上げる。
「成功したらって、その後に俺を始末するから何とでもいえると思ってそうだな」
あまりにも簡単に引き上げられた報酬に警戒するランバートだが、ウォーベックは他意のない笑みで答える。
「貴公を始末するつもりなら金貨100枚では足りんだろう。金貨100枚で済むならなら安いものだ」
「ずいぶん俺を買ってくれているんだな」
「これでも実力を見る目はあるつもりだよ。私もそれなりに強いのでな」
「それなりに、ね…」
(普通にやれば俺と互角かそれ以上ってとこだな…一対一で戦えば、だが)
ランバートはウォーベックにはそれなりに動かせる人数がいる事を察知している。言動の端々に人を動かしている者特有のしぐさを感じるのだ。
(部下も大勢いるだろうにわざわざ外部の者を使うか。まあ、王族殺しなんていうリスクを背負う奴はそうはいないか)
それ以上質問してこないランバートの様子を承諾のサインと受け取ってウォーベックは金貨の袋を出してくる。
「これで交渉成立だな。これは前金の金貨50枚だ。成功したら残りの150枚を渡そう」
差し出された金貨の袋をランバートは多少不満そうな顔ながら受け取る。
普通なら前金は報酬の半額を渡すのが常識なのだが、今回は後で上乗せした100枚は前金の計算にはいれていないらしい。
(まあ、いいさ。とりあえずこれだけあればしばらくは困らんからな)
そう思いながら残りの料理を平らげるのだった。
*
ランバートが店を出て行った後、ウォーベックは店内にある特別室にいる覆面の男を訪ねていた。
その特別室には監視水晶の投影機がおいてあり、さきほどの部屋の様子が見えるようになっている。
覆面の男はここでランバートとウォーベックのやり取りを見ていたのだ。
ウォーベックが部屋に入ると開口一番で覆面の男は不服そうな声色で言った。
「あのような者に任して大丈夫なのか?」
覆面の男は食い詰め冒険者にしか見えないランバートにあきらかに不満があるようだが、ウォーベックは自信をもって答える。
「かなりの手練れです。このわたくしでも一対一では勝てるかどうか…」
「それほどなのか」
ウォーベックはこの国でも3指に入る使い手だ。そのウォーベックと互角以上と言われて覆面の男は驚きを隠せない。
「ご心配ならば今少しここでお待ちください。あの男の実力を見る事ができるでしょう」
「何か用意しているのか?」
「まっ、そういう事でして」
こういった準備ができるところがウォーベックがただの腕のいい戦士で終わっていないところだろう。確かな野心とそれを叶えるための方策をしっかりと取ることができるのがこのウォーベックなのだ。
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